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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第4章 平行世界の簒奪者
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 第7話 地下に響く絶望への足音

 暗闇の地下通路の中。

 敦美あつみ響華きょうかとおる篁朝たかときの4人の目の前に現れたのは、死んだはずの電拳でんつかつるぎと、現在行方不明中のあい領地『二位』ランカーあずま秀寿ひでとしだった。


 つるぎ秀寿ひでとしは、共に白いジャケットとシャツとスラックス、白いトレンチコートを羽織り白い手袋と革靴を着用している。更につるぎの方は大きなバックパックを背負っていた。

 確か、翡翠ひすい領地の監視カメラに映っていた2人もこの服装だったはずである。このつるぎ秀寿ひでとしは、間違いなく別の世界のつるぎ秀寿ひでとしだ。


 2人の格好に一堂は眉を潜めて顔を見合わせる。

 敦美あつみは、神経質なほど白に統一した服装は何の意味があるのかと胸中で首を傾げた。

 響華きょうかも「ペアルック?」と小声で呟く。とおる響華きょうかの呟きに反応して眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、頭が痛そうに眉間に皺を寄せると小声で指摘する。


「……あれは喪服ではないでしょうか」

「喪服って普通は黒でしょ?」

「いえ、その常識はこの800年の間で出来た新しい慣習なんです。昔は葬儀も神聖視されていて白服でした。その名残で、死者には現在も白の着物を着せているんです。彼らの世界では現在も喪服は白なのではないでしょうか」

「葬式帰り……?」


 とおるの解説に、響華きょうかは怪訝な表情をした。かくいうとおるも「あれは本当にあずま様ではないんですか……?」と未だに眼前の光景に戸惑っている。


(一体、誰が亡くなったんだろう)


 敦美あつみは代表として一歩前に出た。


「――領境防壁りょうきょうぼうへきのチップの話が詳しく聞きたいそうだね」

「正確には、別世界から来た人間の居場所を知りたいんだ。俺達以外のね。素直に話してくれると手間が無くて助かるよ」


 秀寿ひでとしの応えは、敦美あつみに対して威圧的だった。


あずまのこんな態度、初めて見た)


 敦美あつみの知る秀寿ひでとしは、自身の出す放電の影響を気に病み、他人の顔色を窺っていつも笑顔で気を配っている人柄だ。敦美あつみとは別のベクトルで秀寿ひでとしは感情を表に出すことが不得手だった。

 敦美あつみは目の前の秀寿ひでとしに新鮮な心地を抱きながら、秀寿ひでとしつるぎにどう対応すべきか逡巡する。輝夜てるやすを探しに行く上で敵に回る人物達なのかどうか判断に迷っていた。

 彼らは『あいらふらいふ』アプリのメモで、


 《  ★☆☆☆☆ 雷秀寿  

    ☆☆☆☆☆ 電拳剣   》


 と危険度の表記がされていた2人だ。

 あの星の数は、単に強さの指標ではないと思う。別世界の電谷でんやの方が、《★★☆☆☆ ???》と星の数が多いからだ。秀寿ひでとしより電谷でんやが強いというのは、まずありえない。


電拳でんつか族長が星0だったのは、私達の世界にとって不穏分子ではないって解釈でいいのかな……)


 不意に、低いガラガラとした声が響いた。


「じらさないで、彼らに居場所を教えてあげてちょうだいよ。翡翠ひすい領地からあい領地まで折角来たんだから、ね?」


 足音も気配も無く、その声の主は敦美あつみの傍に忍び寄っていた。敦美あつみは軽く目を瞠る。いくら暗闇の中と言っても、声をかけられるまでその存在に全く気付けなかったことに驚いた。

 響華きょうかが素早く敦美あつみとその人物の間に割り込む。背に庇われた敦美あつみは、険しい表情の響華きょうかに静かに尋ねた。


「――響華きょうか、知っている人?」

「顔見知りと言えばそうかしらね。前に地下で会った電牙でんかび葦成あししげの仲間の1人だわ。ダイビングスーツのお姉さんよね」

「〝お姉さん〟……。年上の女に口汚くない子供は好きよ。ええ、そう。私は土菊つちくく理砂りさ。そちらはあい領地『九位』の炎乃えんの響華きょうか様と機國きぐに敦美あつみ『領王』様よね」


 土菊つちくく理砂りさはペンライトを取り出して自身の顔の傍で掲げる。光の中に現れた理砂りさの顔には、額と顔半分に焼けただれたような火傷の傷跡があり、それが美醜の善し悪しよりも先に飛び込んできて目に焼き付く。敦美あつみは驚愕したが、胸中の動揺は表情には出さなかった。

 理砂りさは冷静な態度を崩さない敦美あつみに喜色を浮かべる。


「まぁ、素敵な『領王』様。施政者はこうでなきゃ駄目よ。やっぱりあの女はクズ!」


 理砂りさは暗く笑った。狂気を醸し出す彼女の様子に、敦美あつみは畏怖を覚える。


(怖い。話が通じない――……ううん、話を絶対に聞く気がない人だ、この人は)


 敦美あつみ理砂りさの気配の無さにも警戒心を持った。大地族だいちぞくの足音がしないという特性は知っていたが、まさかここまでのものとは思わなかったのだ。

 理砂りさはどの程度の強さなのだろうか。これが一般的な大地族だいちぞくのスペックだと言うなら、考えていた以上に恐ろしく厄介な種族だと思う。


「貴女達、どこに行くにしてもこの地下通路を通るんでしょう。私に協力するなら、この地下通路にある大地族だいちぞくの検問をパスさせてあげる。ただし片道だけ。帰りは無理。地原ちはら族長に気付かれたら終わりだからね」

「私が大地族だいちぞくをぶっ飛ばす案もあるんだけど?」

炎乃えんの様は考え無しの子供ね。全宙地原(そらちのはら)世界の大地族だいちぞくを敵に回す気? あい領地外で大地族だいちぞくを貴女が殺したら犯罪。やるなら皇族の身分が必要よ。いずれ皇族になって白紙に出来る可能性がある葦成あししげならともかく、今後の人生をまともに生きたいなら他種族との殺し合いはやめときなさい」

「……皇族で白紙、ねぇ……」

「――貴女にそんな力があるんですか」

大地族だいちぞくの中にだって味方はいるわ。あの女と地原ちはら族長に反感を持つのは、何も当事者だけじゃないのよ」


 理砂りさの言葉に、あの大地族だいちぞくすら内部では派閥争いがあるのかと敦美あつみは微かに息をつく。


「――居場所は雉子きぎす領地です」

雉子きぎすっ!?」


 その領地名に、理砂りさが顔色を変えた。強張った表情で北西の方角に顔を向ける。

 成り行きを見守っていた秀寿ひでとしつるぎが目配せをし、つるぎが密かに口角を上げたのを敦美あつみは見逃さなかった。


(……今の薄ら笑い、見覚えがある。順調にことが進んで余裕があると見せる電拳でんつか族長の笑い顔にそっくり。世界の終焉能力で、場所の未来予知はあった……? 今、その予知が現実になったところなのかな)


 別世界の彼らは、未来予知を実現させて自分達の世界を救うために動いているのだろうか。それにしては――と敦美あつみいぶかる。

 つるぎの瞳がギラギラと暗く輝き、不穏なのだ。秀寿ひでとしも似たり寄ったりの剣呑さが漂っている。

 2人を観察していた敦美あつみは、理砂りさに思考を中断された。


「じゃあ、雉子きぎす領地までこの2人も一緒に連れて行って。……私は近寄るなって言われてるからここまでね」

「あのね、こっちはそいつらを連れて行くメリットが見えないわよ」

「じゃあメリットは、この入り組んだ地下通路での雉子きぎす領地への最短ルートね。これで手を打ちなさい」

「信用が出来ないって言ってるわけ」

「それはこっちも同じだ。だから互いに割り切って――頼むよ」


 秀寿ひでとしが笑みを浮かべながらも、じっと敦美あつみ達の背後にいる篁朝たかときを睨んで言う。

 響華きょうかもその視線に気付き、どうする? と問う眼差しを敦美あつみに向けた。敦美あつみは、受ける、と響華きょうかに意志を伝えてから、理砂りさに了承の返答をする。


 理砂りさの手振りでパッと誘導灯のようなライトが点灯した。地下通路が薄暗く照らされる。ごつごつとした岩肌と土の壁ではあるものの、先が見えないほど伸びた道が続き、地下通路はかなり広大なトンネルだった。そして、敦美あつみ達から少し離れた場所にジープが2台止めてある。


雉子きぎす領地までの足がいるでしょ。歩いて着く距離じゃなし、この通路、古い分結構な悪路よ」


 敦美あつみはジープを見て少し考えてから口を開く。


「――ジープなら持ってます。その後の運転手の処遇と返却が面倒だからいりません」

「は?」


 次の瞬間、敦美あつみの足元から黒い布の束のような次元空間が現れ、くるくると転がり一帯に広がった。


「きゃあっ!」

「!?」

「なっ!?」


 突如、次元空間に覆われた足元に理砂りさ達は悲鳴を上げる。その次元空間内から翼を畳んだ戦闘機が一機持ち上がる形で出現した。姿を現わした戦闘機は変形し、8人乗りの大きな車体のジープに姿を変える。

 仰天する理砂りさ達とは対照的に、響華きょうかは感心して口笛を吹く。とおるも少し戸惑いはしたものの動揺は薄く、篁朝たかときの反応も淡泊に床を眺めるに留まっていた。


「――この自動操作のジープは私の私物です。これで行きます」

「あ……あっそう……」


 理砂りさは呆気に取られたままジープを凝視していたが、敦美あつみに促されて意識を引き戻すと慌てて地下通路の地図を敦美あつみに渡した。敦美あつみはそれをスキャンして電脳内に保存し、現物は次元空間内に放り込む。


「ばっ、馬鹿な……何で次元空間が出せる!? 電拳でんつか、ここは出せない場所じゃないのか!?」


 秀寿ひでとしが説明を求めてつるぎを問い詰める。つるぎは目を見開いたまま、敦美あつみの次元空間を見つめて硬直していた。

 彼らと同じ疑問を持つ響華きょうか敦美あつみに直接訊く。


仁芸にぎの話だと、地下では次元空間が出せないんじゃなかった?」

「――とりあえず、私も出せないかを試してみた」

「よく出せるか分からないのに先にジープを断れたわね。アンタらしいわ」


 響華きょうかが肩を竦めて呆れた。

 敦美あつみは若干気恥ずかしくなり、少し頬を赤くする。


「――まだ検証は3例目だけど。私の次元能力は巫倉みくらと同じような、力か空間への破壊か干渉系な気がする」

敦美あつみ巫倉みくらの次元能力を知ってるの?」

「――うん。巫倉みくらは他人の次元空間を溶かして、その人物を強制的に表に引っ張り出す力だよ」

「他人を引っ張り込む兄とは真逆ね」

「――電脳族でんのうぞくなのに電脳族でんのうぞくの天敵みたいな能力だから、巫倉みくらは一部の電脳族でんのうぞくに〝女王様〟って電脳で陰口たたかれてる」

「……色々つっこみどころが多いけど、つっこまないわよ」


 敦美あつみは事実しか言っていないので、どこにつっこみどころがあったのかと首を捻る。

 その様子に首を横に振って苦笑した響華きょうかは、微動だにしないつるぎと呆然とした表情の秀寿ひでとしを手を叩いて急かした。


「はいはい。そっちの2人、さっさと乗りなさいよ。こっちは時間が惜しいわ」

「――あずま、これを被って」

「えっ……」


 床とは別に、タオルケットサイズの黒い次元空間を秀寿ひでとしの上から被せてくるむ。

 敦美あつみに「――これで放電の心配しなくて大丈夫」と淡々と言われた秀寿ひでとしは、ぽかんと口を開ける。虚を突かれた素の表情は、敦美あつみの知る秀寿ひでとしだった。



 全員をジープに乗せ、敦美あつみ達はあい領地から出発する。席順は1列目に敦美あつみ響華きょうか、2列目に秀寿ひでとしつるぎ、3列目に篁朝たかときとおるとなった。

 雉子きぎす領地はかなり遠い。その道のりは最低5時間はかかる。自動運転で時速120kmを維持しながら、ジープはビュンビュンと景色を飛ばして走り出した。

 響華きょうかは真紅の瞳を細めて呆れたように溜息を零す。とおるが顔色を白くして「道がでこぼこだった場合ひっくり返ったりしませんか!?」と細かい心配をしていたので、敦美あつみは平気な旨を説明してなだめた。前方の道を事前にスキャンしながらジープは突き進んでいる。障害物があればレーザー光線を打ち込んで消し去るのだ。

 その話をしたら「ジー……プ……?」と誰かが疑念を含んだ呟きをした。元は戦闘機だった姿を見せていたはずなので、そんな声を上げられるいわれはないと敦美あつみは思う。


「さて、アンタ達の話を聞かせてもらうわ。何が目的で一緒に来るのか。答える内容によってはジープから落とすからそのつもりでね」


 響華きょうかが背後のつるぎ秀寿ひでとしに振り返り、堂々とした脅しをかける。

 つるぎ秀寿ひでとしは、敦美あつみの次元空間を目にしてから威勢が無くなった。特につるぎは紫電の瞳に怯えと焦りの色がある。忙しなく目を泳がせ、「……5分だけ時間が欲しい」と絞り出すように答えた。


「――いいよ」

「『領王』様」

「――水名みずな、そのくらい大丈夫だよ」


 とおるが苦言を口にする前に制して、敦美あつみつるぎに頷いた。彼らが話す内容を吟味しようとしたところで、この狭いジープ内で敦美あつみ達の監視の中、大した口裏合わせは出来ない。


 つるぎは両腕で大事に抱きかかえているバックパックから280mlのペットボトルを取り出し、蓋を開けて突然飲み始めた。


 敦美あつみ達が目を丸くする間に、つるぎは目をトロンとさせ、気絶するように深く眠りにつく。隣の秀寿ひでとしは真剣な眼差しでそんなつるぎの横顔を見守っている。

 敦美あつみはペットボトルの液体が睡眠薬だと察した。この別世界のつるぎはどうやら世界の終焉能力を熟知しており、未来予知の悪夢を見るために強制的に自身を眠らせたらしい。


 奇妙な緊張感を孕む沈黙が、しばらく車内で流れた。


「――5分だよ」


 敦美あつみの声を合図に秀寿ひでとしつるぎの肩に手を伸ばし、バチッと電気を流した。ビクゥッと身体を震わせ、つるぎが目を覚ます。

 強引な目覚めさせ方に、とおるが口を引き攣らせてドン引きしていた。敦美あつみも内心は引いていたが、無表情を崩さずに流すことにする。


 起きたつるぎからは、先ほどまで瞳に宿していた怯えと焦りが消えていた。再び暗い光を宿し、クククッと肩を揺らしてわらい出す。秀寿ひでとしが「いいんだな」と慎重に訊き、つるぎは「ああ!」と異様なほど晴れやかな声音の返答をした。


「俺達は、先帝の御天日みあめひ凰十おうと『皇帝』陛下と御神地みかむちすめらぎ皇女殿下のとむらいのため、御速海みはやみ佐善さよし『皇帝』の弑逆しいぎゃくを目的としている」


 秀寿ひでとしがその言葉を口にした瞬間、敦美あつみには、嗤うつるぎの顔が絶望に染まったように見えた。

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