第7話 地下に響く絶望への足音
暗闇の地下通路の中。
敦美、響華、透、篁朝の4人の目の前に現れたのは、死んだはずの電拳剣と、現在行方不明中の藍領地『二位』ランカー雷秀寿だった。
剣と秀寿は、共に白いジャケットとシャツとスラックス、白いトレンチコートを羽織り白い手袋と革靴を着用している。更に剣の方は大きなバックパックを背負っていた。
確か、翡翠領地の監視カメラに映っていた2人もこの服装だったはずである。この剣と秀寿は、間違いなく別の世界の剣と秀寿だ。
2人の格好に一堂は眉を潜めて顔を見合わせる。
敦美は、神経質なほど白に統一した服装は何の意味があるのかと胸中で首を傾げた。
響華も「ペアルック?」と小声で呟く。透は響華の呟きに反応して眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、頭が痛そうに眉間に皺を寄せると小声で指摘する。
「……あれは喪服ではないでしょうか」
「喪服って普通は黒でしょ?」
「いえ、その常識はこの800年の間で出来た新しい慣習なんです。昔は葬儀も神聖視されていて白服でした。その名残で、死者には現在も白の着物を着せているんです。彼らの世界では現在も喪服は白なのではないでしょうか」
「葬式帰り……?」
透の解説に、響華は怪訝な表情をした。かくいう透も「あれは本当に雷様ではないんですか……?」と未だに眼前の光景に戸惑っている。
(一体、誰が亡くなったんだろう)
敦美は代表として一歩前に出た。
「――領境防壁のチップの話が詳しく聞きたいそうだね」
「正確には、別世界から来た人間の居場所を知りたいんだ。俺達以外のね。素直に話してくれると手間が無くて助かるよ」
秀寿の応えは、敦美に対して威圧的だった。
(雷のこんな態度、初めて見た)
敦美の知る秀寿は、自身の出す放電の影響を気に病み、他人の顔色を窺っていつも笑顔で気を配っている人柄だ。敦美とは別のベクトルで秀寿は感情を表に出すことが不得手だった。
敦美は目の前の秀寿に新鮮な心地を抱きながら、秀寿と剣にどう対応すべきか逡巡する。輝夜を探しに行く上で敵に回る人物達なのかどうか判断に迷っていた。
彼らは『藍らふらいふ』アプリのメモで、
《 ★☆☆☆☆ 雷秀寿
☆☆☆☆☆ 電拳剣 》
と危険度の表記がされていた2人だ。
あの星の数は、単に強さの指標ではないと思う。別世界の電谷の方が、《★★☆☆☆ ???》と星の数が多いからだ。秀寿より電谷が強いというのは、まずありえない。
(電拳族長が星0だったのは、私達の世界にとって不穏分子ではないって解釈でいいのかな……)
不意に、低いガラガラとした声が響いた。
「じらさないで、彼らに居場所を教えてあげてちょうだいよ。翡翠領地から藍領地まで折角来たんだから、ね?」
足音も気配も無く、その声の主は敦美の傍に忍び寄っていた。敦美は軽く目を瞠る。いくら暗闇の中と言っても、声をかけられるまでその存在に全く気付けなかったことに驚いた。
響華が素早く敦美とその人物の間に割り込む。背に庇われた敦美は、険しい表情の響華に静かに尋ねた。
「――響華、知っている人?」
「顔見知りと言えばそうかしらね。前に地下で会った電牙葦成の仲間の1人だわ。ダイビングスーツのお姉さんよね」
「〝お姉さん〟……。年上の女に口汚くない子供は好きよ。ええ、そう。私は土菊理砂。そちらは藍領地『九位』の炎乃響華様と機國敦美『領王』様よね」
土菊理砂はペンライトを取り出して自身の顔の傍で掲げる。光の中に現れた理砂の顔には、額と顔半分に焼けただれたような火傷の傷跡があり、それが美醜の善し悪しよりも先に飛び込んできて目に焼き付く。敦美は驚愕したが、胸中の動揺は表情には出さなかった。
理砂は冷静な態度を崩さない敦美に喜色を浮かべる。
「まぁ、素敵な『領王』様。施政者はこうでなきゃ駄目よ。やっぱりあの女はクズ!」
理砂は暗く笑った。狂気を醸し出す彼女の様子に、敦美は畏怖を覚える。
(怖い。話が通じない――……ううん、話を絶対に聞く気がない人だ、この人は)
敦美は理砂の気配の無さにも警戒心を持った。大地族の足音がしないという特性は知っていたが、まさかここまでのものとは思わなかったのだ。
理砂はどの程度の強さなのだろうか。これが一般的な大地族のスペックだと言うなら、考えていた以上に恐ろしく厄介な種族だと思う。
「貴女達、どこに行くにしてもこの地下通路を通るんでしょう。私に協力するなら、この地下通路にある大地族の検問をパスさせてあげる。ただし片道だけ。帰りは無理。地原族長に気付かれたら終わりだからね」
「私が大地族をぶっ飛ばす案もあるんだけど?」
「炎乃様は考え無しの子供ね。全宙地原世界の大地族を敵に回す気? 藍領地外で大地族を貴女が殺したら犯罪。やるなら皇族の身分が必要よ。いずれ皇族になって白紙に出来る可能性がある葦成ならともかく、今後の人生をまともに生きたいなら他種族との殺し合いはやめときなさい」
「……皇族で白紙、ねぇ……」
「――貴女にそんな力があるんですか」
「大地族の中にだって味方はいるわ。あの女と地原族長に反感を持つのは、何も当事者だけじゃないのよ」
理砂の言葉に、あの大地族すら内部では派閥争いがあるのかと敦美は微かに息をつく。
「――居場所は雉子領地です」
「雉子っ!?」
その領地名に、理砂が顔色を変えた。強張った表情で北西の方角に顔を向ける。
成り行きを見守っていた秀寿と剣が目配せをし、剣が密かに口角を上げたのを敦美は見逃さなかった。
(……今の薄ら笑い、見覚えがある。順調にことが進んで余裕があると見せる電拳族長の笑い顔にそっくり。世界の終焉能力で、場所の未来予知はあった……? 今、その予知が現実になったところなのかな)
別世界の彼らは、未来予知を実現させて自分達の世界を救うために動いているのだろうか。それにしては――と敦美は訝る。
剣の瞳がギラギラと暗く輝き、不穏なのだ。秀寿も似たり寄ったりの剣呑さが漂っている。
2人を観察していた敦美は、理砂に思考を中断された。
「じゃあ、雉子領地までこの2人も一緒に連れて行って。……私は近寄るなって言われてるからここまでね」
「あのね、こっちはそいつらを連れて行くメリットが見えないわよ」
「じゃあメリットは、この入り組んだ地下通路での雉子領地への最短ルートね。これで手を打ちなさい」
「信用が出来ないって言ってるわけ」
「それはこっちも同じだ。だから互いに割り切って――頼むよ」
秀寿が笑みを浮かべながらも、じっと敦美達の背後にいる篁朝を睨んで言う。
響華もその視線に気付き、どうする? と問う眼差しを敦美に向けた。敦美は、受ける、と響華に意志を伝えてから、理砂に了承の返答をする。
理砂の手振りでパッと誘導灯のようなライトが点灯した。地下通路が薄暗く照らされる。ごつごつとした岩肌と土の壁ではあるものの、先が見えないほど伸びた道が続き、地下通路はかなり広大なトンネルだった。そして、敦美達から少し離れた場所にジープが2台止めてある。
「雉子領地までの足がいるでしょ。歩いて着く距離じゃなし、この通路、古い分結構な悪路よ」
敦美はジープを見て少し考えてから口を開く。
「――ジープなら持ってます。その後の運転手の処遇と返却が面倒だからいりません」
「は?」
次の瞬間、敦美の足元から黒い布の束のような次元空間が現れ、くるくると転がり一帯に広がった。
「きゃあっ!」
「!?」
「なっ!?」
突如、次元空間に覆われた足元に理砂達は悲鳴を上げる。その次元空間内から翼を畳んだ戦闘機が一機持ち上がる形で出現した。姿を現わした戦闘機は変形し、8人乗りの大きな車体のジープに姿を変える。
仰天する理砂達とは対照的に、響華は感心して口笛を吹く。透も少し戸惑いはしたものの動揺は薄く、篁朝の反応も淡泊に床を眺めるに留まっていた。
「――この自動操作のジープは私の私物です。これで行きます」
「あ……あっそう……」
理砂は呆気に取られたままジープを凝視していたが、敦美に促されて意識を引き戻すと慌てて地下通路の地図を敦美に渡した。敦美はそれをスキャンして電脳内に保存し、現物は次元空間内に放り込む。
「ばっ、馬鹿な……何で次元空間が出せる!? 電拳、ここは出せない場所じゃないのか!?」
秀寿が説明を求めて剣を問い詰める。剣は目を見開いたまま、敦美の次元空間を見つめて硬直していた。
彼らと同じ疑問を持つ響華は敦美に直接訊く。
「仁芸の話だと、地下では次元空間が出せないんじゃなかった?」
「――とりあえず、私も出せないかを試してみた」
「よく出せるか分からないのに先にジープを断れたわね。アンタらしいわ」
響華が肩を竦めて呆れた。
敦美は若干気恥ずかしくなり、少し頬を赤くする。
「――まだ検証は3例目だけど。私の次元能力は巫倉と同じような、力か空間への破壊か干渉系な気がする」
「敦美、巫倉の次元能力を知ってるの?」
「――うん。巫倉は他人の次元空間を溶かして、その人物を強制的に表に引っ張り出す力だよ」
「他人を引っ張り込む兄とは真逆ね」
「――電脳族なのに電脳族の天敵みたいな能力だから、巫倉は一部の電脳族に〝女王様〟って電脳で陰口たたかれてる」
「……色々つっこみどころが多いけど、つっこまないわよ」
敦美は事実しか言っていないので、どこにつっこみどころがあったのかと首を捻る。
その様子に首を横に振って苦笑した響華は、微動だにしない剣と呆然とした表情の秀寿を手を叩いて急かした。
「はいはい。そっちの2人、さっさと乗りなさいよ。こっちは時間が惜しいわ」
「――雷、これを被って」
「えっ……」
床とは別に、タオルケットサイズの黒い次元空間を秀寿の上から被せてくるむ。
敦美に「――これで放電の心配しなくて大丈夫」と淡々と言われた秀寿は、ぽかんと口を開ける。虚を突かれた素の表情は、敦美の知る秀寿だった。
全員をジープに乗せ、敦美達は藍領地から出発する。席順は1列目に敦美と響華、2列目に秀寿と剣、3列目に篁朝と透となった。
雉子領地はかなり遠い。その道のりは最低5時間はかかる。自動運転で時速120kmを維持しながら、ジープはビュンビュンと景色を飛ばして走り出した。
響華は真紅の瞳を細めて呆れたように溜息を零す。透が顔色を白くして「道がでこぼこだった場合ひっくり返ったりしませんか!?」と細かい心配をしていたので、敦美は平気な旨を説明してなだめた。前方の道を事前にスキャンしながらジープは突き進んでいる。障害物があればレーザー光線を打ち込んで消し去るのだ。
その話をしたら「ジー……プ……?」と誰かが疑念を含んだ呟きをした。元は戦闘機だった姿を見せていたはずなので、そんな声を上げられる謂れはないと敦美は思う。
「さて、アンタ達の話を聞かせてもらうわ。何が目的で一緒に来るのか。答える内容によってはジープから落とすからそのつもりでね」
響華が背後の剣と秀寿に振り返り、堂々とした脅しをかける。
剣と秀寿は、敦美の次元空間を目にしてから威勢が無くなった。特に剣は紫電の瞳に怯えと焦りの色がある。忙しなく目を泳がせ、「……5分だけ時間が欲しい」と絞り出すように答えた。
「――いいよ」
「『領王』様」
「――水名、そのくらい大丈夫だよ」
透が苦言を口にする前に制して、敦美は剣に頷いた。彼らが話す内容を吟味しようとしたところで、この狭いジープ内で敦美達の監視の中、大した口裏合わせは出来ない。
剣は両腕で大事に抱きかかえているバックパックから280mlのペットボトルを取り出し、蓋を開けて突然飲み始めた。
敦美達が目を丸くする間に、剣は目をトロンとさせ、気絶するように深く眠りにつく。隣の秀寿は真剣な眼差しでそんな剣の横顔を見守っている。
敦美はペットボトルの液体が睡眠薬だと察した。この別世界の剣はどうやら世界の終焉能力を熟知しており、未来予知の悪夢を見るために強制的に自身を眠らせたらしい。
奇妙な緊張感を孕む沈黙が、しばらく車内で流れた。
「――5分だよ」
敦美の声を合図に秀寿が剣の肩に手を伸ばし、バチッと電気を流した。ビクゥッと身体を震わせ、剣が目を覚ます。
強引な目覚めさせ方に、透が口を引き攣らせてドン引きしていた。敦美も内心は引いていたが、無表情を崩さずに流すことにする。
起きた剣からは、先ほどまで瞳に宿していた怯えと焦りが消えていた。再び暗い光を宿し、クククッと肩を揺らして嗤い出す。秀寿が「いいんだな」と慎重に訊き、剣は「ああ!」と異様なほど晴れやかな声音の返答をした。
「俺達は、先帝の御天日凰十『皇帝』陛下と御神地皇皇女殿下の弔いのため、御速海佐善『皇帝』の弑逆を目的としている」
秀寿がその言葉を口にした瞬間、敦美には、嗤う剣の顔が絶望に染まったように見えた。




