第4話 敦美と水族分家の決裂
想像通り、『三位』水名透と『八位』水瀬英貴、そして数人の水族の下位領地ランカーが水城家の前に来ている。
英貴とその下位領地ランカー達が、塀にもたれて虚ろに空を眺める篁朝を一定の距離を置いて囲み、透は獣櫛家の護衛をしていた下位領地ランカー水雲滋と獣伏武に事情を訊いている様子だった。
水城家から出てきた敦美の姿に皆がざわめく。驚愕の目が敦美に注がれた。『領王』がここにいるとは予想外だったようだ。
更に響華が英貴の背後からやって来る。透が驚いて響華を凝視し、その視線に気付いた英貴が振り返って目を釣り上げた。
「何でここにっ!?」
「あら。藍領地を守るために元凶を排除しに来るのは上位領地ランカーの務めでしょ」
響華は茜色のウェーブを手で掻き上げながら、不敵に英貴へと笑い返した。
英貴はギリッと歯噛みし、忌々しげに響華から敦美へと視線を戻す。
「この事態は『領王』様の仕業ですか!!」
「――……」
「は? 何なの、その言い掛かり。っていうかアンタ、『領王』に向かってそんな偉そうな口きいていいと思ってるわけ」
響華が冷ややかに英貴を咎め、冷徹な真紅の瞳に怯んだ英貴はぐっと口を閉じて後ずさった。響華はぐるりと手振りで水に覆われた空を示す。
「誰のせいか明らかじゃない。視力が悪いなら眼鏡かけなさいよ。頭が悪いならご愁傷さま」
「みっ、水岐広早っ……さんを刺激したのは『領王』様ではないのか!? だからこんなことに!」
「ミズキ……? ああ、兄の篁朝さんね。弟さんが誘拐されたわ。この事態を収拾したいならさっさと見つけなさい」
「何!?」
英貴は目を剥いて身を翻し、水城家内に駆け込んだ。家の中を見て回り、呆然としながら外へ出て来る。
「輝夜様……何故だ……どこに」
「輝夜君が本当にいないんですか!?」
透が血相を変えて尋ねる。
すると頭上から遠慮した声音の答えが降ってきた。
「……あ、あのう。別世界の電須佐由様に連れてかれたそうデス」
「電谷君!?」
「電脳族! お前藍領地から出て行ったんじゃないのか!?」
ひょっこりと獣櫛家の屋根の上から顔を出した電谷に、透と英貴が驚く。電谷は自分を指差して「へ?」と目を瞬かせた。2人の言葉を聞き、敦美は鋭く問う。
「――水名、水瀬。出て行ったって、一体いつ領境防壁通行許可書を発行したの? 私は目を通したことも許可を出した覚えもない」
透は言葉に詰まり、英貴はすっと視線を下に逸らす。その様子に、響華が敦美の視界の端で不快感も露わに顔を顰めてヒールの底を地面に打ちつけていた。
敦美は響華のように感情は出さず淡々と指摘する。
「――1ヶ月半前までの、私が全部水名に押しつけていた頃とはもう違う体勢だよ。今、いくら『二位』の雷が不在で『三位』の水名が領王代行でも、話すら私に通してないなんておかしい」
「……はい。申し訳ありません……」
透は静かに敦美へと頭を下げた。眼鏡に隠れて、伏せた顔はどんな表情をしているのか分からない。
「――水名、謝罪じゃ済ませられない」
「まだ昼間のことですよ。報告が行き違いになっただけなんじゃないですか?」
白々と英貴が付け足し、敦美の眉間に軽く皺が寄る。
(報告以前に、もう許可が出ていることが問題なんだけど……)
この流れでは英貴に水族本家の総意という免罪符を持ち出され、煙に巻かれるのが予想出来る。しかし『領王』の地位を地に落としたままにして終わらせるわけにはいかない。俯く透に、ズキリと痛む胸中を堪えて告げる。
「――『領王』の権限によって、本日同時刻をもって『三位』水名透を領地ランカーから除名、解任処分とする。……異議はある?」
「異議は……ありません。承りました。犯罪とせず、解任だけで済ませていただいた寛大な処分に心より感謝致します……」
英貴はこの敦美の断罪には異を唱えてこない。そもそも、元『十一位』ランカーの砂岳巽以上の刑罰処分のところを解任で許したのだから、異を唱えられる謂れは全くないのだが。
透は頭を下げ続け、再び上げた顔は悄然として疲れ切っていた。周りの下位領地ランカー達は三者三様の反応をし、透を沈痛な面持ちで見ている者と特に動揺もない者とに別れていた。前者は水族本家筋の水族で、後者は水族分家なのだと思われる。「ナー様……」と悲しげに萎れた声を頭上から絞り出していたのは電谷だ。
(それにしても、電谷に通行許可書か――……)
有益な情報だ。敦美は漆黒色の瞳を微かに光らせ、ちらりと響華に視線を向ける。透に背を向けていた響華は、敦美からの視線にそっと敦美の方へと移動をし始める。
屋根の上の電谷は、そんな響華の動きに気付いて目で追っていたところ、敦美が電谷を見上げたので追うのをやめた。
「――私は輝夜君を取り戻しに行くから、しばらく藍領地を留守にする。電谷はどうする?」
「ファッ!? やっ、おおお俺は留守番しますデス! 足手まといにっ! なので……!!」
大慌ての電谷の答えに、「――そう」と敦美は無表情で頷く。
その会話に英貴が目を剥いた。
「『領王』様!? 何をふざけたことを言っているんですか!? それともどこか心当たりが!?」
「――他領地だってことは分かっている。これから探すよ」
「なっ!? 探す場所も分からない状態で、他領地に乗り込むなど何を馬鹿馬鹿しいことをっ……!!」
「――藍領地を今の状態にしておけないから、輝夜君のお兄さんを連れて行く。お兄さん、一緒に行きませんか」
敦美は篁朝に手を差し出す。
篁朝は虚ろな表情で身体を預けていた塀を離れ、ふらふらとした怪しい足取りながら敦美の方へと歩を進めて来た。篁朝を囲っていた下位領地ランカー達は戸惑いながら道を開けることになる。
敦美は胸中で、これが演技なんて……と苦笑した。敦美と電谷以外誰も見破れず、皆が騙されているなんて滑稽だ。一旦怒りが過ぎ去り冷静になった今となっては、まるで喜劇みたいだと人ごとのように思う余裕があった。
「待って下さい!!」
透が、敦美と篁朝の間に飛び込んでくる。敦美も響華も驚いた。透は篁朝を背に庇い、必死に敦美に言いつのる。
「篁朝さんは正常な精神状態じゃありません! そんな篁朝さんを連れ回すなんて無茶なことはやめて下さい……!!」
「そっ、そうだ! こんな有害な病人を連れて、まともに他領地を動き回れるはずがない!! それこそ他領地でその病人が力を使えば戦争になりかねないだろうが!!」
英貴が追随して口を挟む。
敦美は、逆に透へと問い直す。
「――お兄さんを薬で大人しくさせるのも限度がある。まさか輝夜君が見つかるまで、ずっと薬漬けにでもするつもり? 水名、それこそ非人道的処置だよ」
「っ……!」
透はぐっと唇を噛んだ。しかし、一瞬逡巡を見せてから表情を引き締めて顔を上げた。
「……では、せめて僕を付き添わせて下さい。このような事態に陥った時、溺れることのない水族の介助者が必要だと思います」
「!? 何をッ!! ただの領民に落ちた奴は黙ってろッ!!」
英貴が形相を変えて透を怒鳴りつける。
「――水瀬。貴方が黙って」
鈴を転がすような愛らしい声音が、力強さを帯びてこの場に響いた。
英貴は反射的に顔を歪めたが、眼前に突きつけられたものに顔色を失せて凍り付く。
場は静まり返った。
英貴の身体を易々と呑み込みそうなほどの巨大な銃口が、英貴を捕らえていた。ガトリング砲というには巨体過ぎるそれが、更に巨大な正方形の次元空間から覗いている。
英貴は戦慄き、唇を震わせる。「な、ぜ……力が……」と消え入りそうな呻きを発した。
「――水瀬。貴方は私の副官として、水名に劣って不満しかないよ」
敦美は毅然と言い放ち、ふんわりと微笑を浮かべた。
次の瞬間、ドゴォッ! と轟音と突風を起こし、4本の巨大な杭が敦美達の近くの道路に突き刺さる。敦美達の足元には一見黒い布に見える、家一軒を包み込めるような大きさの次元空間がガトリング砲のものとは別に出現していた。更にその次元空間の端が波立ち、自然と動いて敦美とその近くの人間を包んで覆い隠す。
いつの間にか、空の水の檻が消えている。
いち早く気付いた電谷が次元移動で退散し、獣櫛家から獣羽恵兎が子猫を抱えて窓から飛び出したのを見てから、獣伏はさっと全速力でこの場を離れる。
英貴や下位領地ランカー達は唖然として立ち竦んでいた。
ドガァンッ!!
水城家と獣櫛家前の道路が爆発した。咄嗟に水の壁を展開し、彼らは命からがら衝撃と破片混じりの暴風を防ぎきる。かなりの力を消耗し、ほとんどの者がゼエゼエと息荒く崩れ落ちた。茶色い砂塵が収まった先に見える光景は、穴が開いた道路の陥没の景色だろうという想像は裏切られ、金属の板が道路のように打ち付けられている。
英貴は絶句しながら金属の道路に恐る恐る足を乗せた。カンッという無機質な音の反射に、「は……ハ、ハハ……」と乾いた笑いを零してうなだれ、へたり込んだ。
真っ暗な闇の空洞。土の壁に囲まれているであろう地下通路。4人の男女が降り立った。
「こっちの通路でいいわけ?」
「――地下運河のことなら仁芸から詳しく訊いてるけど、あれは水族の隠し通路のようだから、とりあえず公然の秘密らしいこっちの地下が移動に便利でいいと思う。……核星爆弾も持ち合わせてないし」
「本音は最後ね。まぁ、いいわ。ここを見張っている大地族が来たら倒すわよ? このメンツで二次災害の遠慮なんてしないからね」
「――了解」
「ああ」
敦美と響華の会話に、涼やかな声音も了承の返事をする。その声音が聞こえた方に呆然と顔を向け、透は1人固まっていた。
「透もいいな?」
篁朝に返答を促されるが、透は状況についていけず、口を開けたままぼんやりとしていた。
バンッと背中を響華にはたかれる。
「!?」
「しっかりしなさいよ!」
響華の少し弾んだ明るい声に励まされ、透も漸く意識を戻した。恐る恐る確認する。
「た、篁朝さん……?」
「……何だ」
「っ!! 良かった……お元気になられたんですね! きっと輝夜君も喜びます……!!」
「そういえば、普通に喋っているわね。初めましてでいいのかしら。炎乃響華です。顔は見えないですが知っています」
「ああ、あの『九位』の炎乃か。こっちも顔は知っている。水城篁朝だ。ところで藍の『領王』、探しの目処は?」
「――つきました。だいぶ藍領地からは遠い場所ですが……」
「え!? もうどこか特定したの。仕事早いわね、敦美」
「――この間、補修工事が完了した藍領地の領境防壁は、通った人間の身体の細胞にチップを刻むように変わって、チップの信号で手軽に追跡出来る仕様なんだよ。別世界の電谷がそれを知らずに通ったみたいで、おかげで現在地が分かる」
「は……?」
「……え……」
響華と透がマッドな装置の内容に恐怖で絶句し、後ずさって引いた。
「通行の記録管理が便利だな」と篁朝だけが感心して呟く。敦美は「――私と機械族族長の共同開発なので、向こうの世界では無いシステムなのかも知れません。向こうの私は機械族として暮らしてないようなので発明していないものが多そうです」と付け足した。
「そのお話、俺達にも話していただけませんか?」
目映いライトの光源が敦美達に照らされる。眩しさに目を眇めて、敦美は2人の人間を視認する。
(やっと話し掛けてきた――ううん、遂に会ってしまったと言うべきなのかな)
彼らは息を殺して気配を消し、地上から落ちてきた敦美達をずっと窺っていたのだ。3日前には翡翠領地にいたはずの人物達である。
「良ければ、俺とあずちゃんも道連れてくれてイイーんですよぉ?」
勘に障る猫なで声で、電拳剣が嗤った。
その隣で、雷秀寿が肩を竦めて苦笑する。
敦美は酷く懐かしく思える2人の青年の姿に、
(死者と遭遇するなんて縁起が悪過ぎる)
と胸中で大業な溜息を吐いた。




