第3話 藍『領王』の少女は恋を識る
――御速海佐善『皇帝』――
敦美はうろんげな眼差しを佐由に向ける。頭のどこかで「電脳族が『皇帝』……?」と訝る声が上がるのだ。
藍領地ランカー達が遠方から向かってくる姿を視界に捕らえる。ここは藍領地本部ビルから近い。上位領地ランカー達も直ぐに駆けつけるだろう。
すうっと水城家と獣櫛家を囲っていた水の水槽が消え去り、両家は水中から解放される。既に佐由も姿を消していた。
篁朝も敦美に携帯端末を投げ渡し、水の階段を降りて道路の塀にもたれ掛かる。篁朝はぼうっとした虚ろな表情だ。敦美はその様子に、胸中で少し燻っていた憤りを滲ませてむっとする。彼はまだ精神を病んでいる演技を続けるつもりのようだ。
藍領地を包む水の檻は継続している。篁朝は領地支配の手を緩めはしない。
護衛の下位領地ランカーと獣櫛家の面々は無事だった。水中だったのは一瞬で、その後は空気のある空間が作られていたらしい。
敦美は次元移動で篁朝の傍へ降りた。降りられたことに驚く。
(私、次元移動が出来る?)
自然と屋根の上から道路に移動したが敦美が力を使えるのはおかしい状況だ。現状、篁朝が力で藍領地を閉じ込めている事態は続いているのである。
そういえば、篁朝の演技を知って輝夜を騙していたことに腹を立てた時も出せていたように思う。篁朝が敦美の力だけ発揮させることを許しているのだろうか。
試しに自前の電脳を空中に呼び出そうとしたが出来なかった。
(次元能力だけ使える……?)
これほど断片的に他人の能力を抑えつけたり緩めたりして制御出来るものなのだろか。いくら篁朝が強者だからと言っても、他人の力の制御まで可能なものなのかと疑問に感じた。
敦美は首を傾げながら水城家の玄関へと戻る。道路の篁朝に聞こえるように「――失礼します」と断りの言葉を言い、頭を下げて家の中に踏み込んだ。
一通り室内を見回る。自分の目で輝夜がいない現実を確認した。
まるで何事も無かったかのように、敦美の足元で子犬のロボットの甲斐が小さな尻尾をはち切れんばかりに振っている。
動揺は、無い。
不安が全く無いと言えば嘘になるが、それでも敦美の心は比較的落ち着いていた。取り乱さず、輝夜がいないことを冷静に受け止められている。
(『藍らふらいふ』アプリで事前にワンクッションあったからかな……。〝水城輝夜失踪ED〟。そうなる可能性をずっと掲示されていて、どこかで覚悟が出来ていたのかもしれない)
敦美はパニックにならずにいられる自分自身に安堵した。おかげで冷静に次の行動が考えられる。
次元空間から敦美自身の携帯端末を取り出して、炎乃響華へ電話をした。
『敦美、良かったわ。無事みたいね』
「――響華、今直ぐこっちに来て欲しい。車そっちに用意したから」
『修羅場に部外者がいいのかしら』
「――修羅場?」
『彼に告白して、兄に交際反対されたんでしょ?』
「違うよ……!!」
敦美らしからぬ早口で強く否定する。
響華は「そうなの?」とからかうように笑った。笑い声の背後では、扉を開ける音や雑踏などの環境音が聞こえる。こちらに向かってくれているようだ。
「――いくら何でも、輝夜君のお兄さんがそんなことで藍領地を乗っ取るはずないから」
『アンタが藍の『領王』だし、普通にやりそうだと思ったわ。それじゃ何があって水浸しなわけ?』
「――輝夜君が誘拐された」
響華が電話越しに息を呑む気配がする。
『……確かなの』
「――お兄さんと電須佐由のお墨付きだよ。藍領地のどこにもいない。家から直接次元移動で誘拐されたって。今、どこの領地にいるのか分からない」
『敦美』
「――私は大丈夫」
『なら、いいけど……。ちょっと待ってちょうだい。次元移動って言った?』
「――別世界の電須佐由がこの世界に来ているんだって。彼の仕業みたい」
『は?』
「――彼の多次元世界を渡る力で、他にも別世界の人が来ているらしい。『藍らふらいふ』で詳しい人数が書かれてる。別世界の雷と電拳族長も、翡翠領地のカメラ映像でこの世界に居るのを確認した。夢物語じゃない」
『……』
「――『黄泉』オンラインのモデルになった世界の人達だそうなの。その世界で電須佐由は、御速海佐善って名前で『皇帝』だって」
『……――ゲームでは『皇帝』じゃなかったわよね……?』
何とか言葉をひねり出したらしい響華の問いに、敦美もゲーム内容を思い出す。
「――こっちの現実と同じで、ゲームも御天日凰十って名前の『皇帝』陛下だったね。ひょっとして御速海佐善は最近『皇帝』になったのかな」
(いくら電脳族の地位が高い世界でも、皇族御三家の血縁でもない養子の電脳族が『皇帝』になるって、揉めるなんて言葉じゃすまない争いが起こってそう。怖いな……)
その結果が今の現状ではないかと思わずにはいられない。揉めるなら自分の世界でだけでやって欲しい。まして輝夜を巻き込むなんて言語道断だ。
「――私は輝夜君を見つけて助けに行く」
『そう。本当アンタは迷わないわね』
「――これから水族とその話をすることになる。だから響華も、藍領地の『九位』ランカーの立場としては知っていた方が良いと思う」
『敦美。私も彼を助けに行くわよ。藍領地に残らないわ』
「――え……?」
虚を突かれた様子の敦美を、響華は不敵に笑い飛ばす。
『藍領地なんてどうなろうと知ったことじゃないわね』
「――響華……?」
『私は初めから、敦美が『領王』だから領地ランカーを続けていただけよ。藍領地を大事に思っていたわけじゃないわ。知っているでしょ。それに私、味方相手を変えたの』
「――響華より強い男の味方にって……?」
『そう。勇気を出せる男だって私に証明するなら味方になるって決めた人』
「――誰なのか、聞いていい?」
『秘密。……悪いわね、敦美。アンタの一番の味方はやめたわ』
「――私の一番も響華じゃないから謝る必要ないよ」
『あ、なら遠慮することなかったわね。ただ、そうね。アンタとそう目指す先は違わないと思うわ。共に同じ領地で歩む道は無くなりそうだけど、ね』
(……輝夜君、かな)
輝夜からの告白の電話を、響華がどこか訳知り顔でニヤニヤとしていた顔を思い出す。
「――あんまり個人的な気持ちだけの決断じゃなさそうだね」
『いずれは敦美も似たような決断するんじゃない? 機械族族長の打診あるんでしょ』
「――その前に、藍領地の『領王』の地位がどうなるか問われるよ」
『あー、そっちね。ったく水族鬱陶しいわね。私も両親と火辺族長の顔色を窺うのやめるから敦美もどう?』
「――そうだね。便乗しようかな」
『決まり。楽しくなってきたじゃない』
響華は、これまで目を逸らしてきた〝炎乃姓〟と火族族長の問題を片付けるために動きだしたのだと思う。
火族も、水族も、機械族も、電脳族も族長問題で一族内が揺れている。争いの火種が爆発せずにいられるのは、領地の支配者として個別に『領王』がいるからだ。大昔のままそれぞれの種族が領地を統治していたら、今頃後継者争いで内戦が起こっていても不思議じゃないと思えた。
「――響華。今、力使える?」
『使えないわね。どうして?』
「――私、次元空間が出せるんだよ」
『敦美が彼の兄の領域まで能力があって、私より強いってことかしら』
「――それは無い」
『そう?』
「――うん。最初は使えなかったし、何より変な感じだよ。だって電脳は使えない。機械族の設計図も脳内から消えてる」
『次元空間で移動は出来るわけ?』
「――出来る。収納していた物も出せる。でもこのお兄さんの支配下で電谷は次元空間が出せない。電須佐由の方は次元空間を出していたけど……あの人は最初から出せていたし、別世界では『皇帝』になっているようだから、お兄さんの領域に近い強さで影響を受けないんだと思う。判断基準にならない」
『そういえば最近知った知識で、電脳族の能力上位陣は個別に特殊な次元能力を持ってるっぽいってものがあるわね。電脳族の力のトップの巫倉の兄が多次元世界の能力で、ストーカー族長が悪夢の未来予知を独自に持ってるんでしょ。なら、敦美も何かあるわよね。アンタ、電脳族の上位クラスの力もあるんじゃなかった?』
「――確かに電谷より上ではあるけど、どうだろう」
『じゃあ、敦美の独自の次元能力がそれなんじゃない? 自分より強者の支配下で限定的に次元空間が出せる、もしくは出すことも可能にするような特殊能力なのかしらね』
「――でも私、機械族だよ」
『アンタ、ゲーム内で電脳族族長やらされてなかった?』
そう突っ込まれると反論出来ない。
『黄泉オンライン』のゲームは別世界をモデルにしている。あのゲーム内の設定は佐由の気まぐれや感情に関係なく、敦美が電照家の養子となり電脳族族長となる事実が実際にあったから設定されているのだろう。
しかも電脳族の地位が高い皇族御三家の支配世界で、電照巫倉や電拳剣、電谷などの生粋の電脳族を押しのけて機械族の敦美が電脳族族長として選ばれるという折り紙付きの事実で――……
敦美は自分の手の平をじっと見つめる。
(私に電拳族長達のような何か特別な次元能力が本当にあるのかな。あまり電脳族の次元能力だけで戦おうとしたことが無いし……自分の力なのに、よく分からないけど)
広げていた手の平を握り込み、顔を上げた。
――必ず、輝夜君を助ける。
はっきりと進む目的が定まると何もぶれずに進める。どこか清々しくもある感情が敦美を満たしていた。ただただ前へ。到達点は輝夜だ。
(貴方への気持ちが、私をどこまでも迷いなく進ませてくれる)
誰かを好きになるのは、もっとドロドロとした後ろ向きな感情だと思っていた。創作物の恋愛は人と取り合い、いがみいが多くて苦しそうなものばかり。
でも、多分それは恋というものの一面でしかなくて人の数だけ生まれる気持ちも違うのだ。
尊敬と信愛、憧れにも似た眩しい恋心で輝夜を想う。これは敦美だけの気持ち。
そうして、これからもきっと沢山の気持ちや感情を知る――恋を識っていくのだろう。
その、これからのために敦美は輝夜を取り戻すのだ。
家の外から騒ぐ声が聞こえる。
聞き覚えのある青年達の声にきゅっと口を引き結び、気合いを入れた。耳元で『着いたわ』と短く告げられ、通話が切れる。
次元空間に携帯端末を投げ込み、敦美は外へと歩き出した。




