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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 最終話 2つのEDルートの混戦

(〝電谷でんや〟はこんなに豆腐メンタルじゃないだろうに)


 電谷でんやは大業に嘆息する。まだ胸の奥で火花を散らしている怒りに、何とか折り合いをつけることにした。「必殺・忘れられないなら知らない振り」である。

 何時までも外部との接触を断って自身の次元空間に引き籠もっているわけにはいかない。やらなければならないことは山のようにあるのだ。

 何度か深呼吸を繰り返して両頬をパチパチと手で叩く。気分的なものだが気合いも入れ直した。自宅リビングのホワイトボードを確認しようと次元空間を出る。


(ではでは、とりあえず両親の予定を見ておきますかね)




 次の瞬間、真っ暗な闇の中に電谷でんやはいた。



 電谷でんやは驚く時間さえ与えられず、唐突に胸ぐらを掴まれる。


「〝電脳技術屋の電谷でんや〟。お前、翡翠ひすい領主か……!」


 苛立ちが滲む男の声が間近で吐き捨てられる。まるで降り積もる雪のように寒々とした硬質な声音の迫力に圧倒され、電谷でんやは恐怖で震え上がった。

 男は答えない電谷でんやに舌打ちすると乱暴に電谷でんやの胸ぐらを放り出す。

 よろめいた電谷でんやは直ぐに男がこのまま消え去ると思った。無我夢中で、闇の中全く姿が見えない男へ飛びかかる。ガシッと男の足にしがみついた感触があった。方向は間違っていなかったらしい。


「でっデンスサヨシ様!? 電須でんす佐由さよし様ですよねっ!? うわあん! 後生ですから待って下さいー!! 話を聞いてタスケテ!! お願いしますお願いします!!」


 恥も外聞もないのである。電谷でんやは必死に叫んだ。佐由さよしに思い切りガツンっと頭を殴られ、一瞬意識がふっ飛ぶ。それでも足を離さないでしがみつき続ける。

 すると、突然ぱっと視界が明るくなった。


「うおっ、まぶしッ」


 電谷でんやが眩しさに閉じていた瞼を恐る恐る上げた。闇の空間が消え、電気を点けた室内のように明るい世界に変わっている。……というか室内である。かなり立派な和風の室内はどう考えても一般人が住むような広さの部屋ではなく、学校の運動場がすっぽり入りそうなもので呆然とする。


「離せ」

「は!? うおっ、すみませぬ電須でんす佐由さよし様!!」


 慌てて身体を離し、額を板間に擦りつけて土下座した。

 佐由さよしは土下座をする電谷でんやを視界にも入れず、几帳きちょうと畳が置かれた部屋の中央に向かいそこに腰を下ろした。近くの高坏たかつきの上にある小瓶を手に取って開け、中に入っていた金平糖を口に含んでガリガリと噛む。佐由さよしの機嫌は非常に悪そうだった。


「お前のせいであの愚図ぐずが来ていたことに気付かなかった。まんまとさらわれたぞ。このままだと篁朝たかときに俺のせいにされる。どうしてくれるんだ。今の俺は御高月みたかつく煌夜こうやに次元移動以外の力を封じられて無害になっていると言うのにだ!」


「はあ……? 申し訳ありません??」


 さっぱり何の話だか分からない。電谷でんや佐由さよしの機嫌を窺い、とにかく謎の非礼を深く頭を下げて謝っておく。それから、そろりと顔を上げた。


「あのぉ……電須でんす佐由さよし様? 俺とてるやんが『黄泉よもつオンライン』で連絡して欲しいってメッセージ残してたんですけど届いてたんでしょーか?」


 佐由さよしは特に反応もなくポリポリと金平糖を食べてそっぽを向いている。だが噛み砕くような音ではなくなったので、電谷でんやの言葉をそれなりに聞いてくれている気がした。


「ま、まぁ、それはもういいデス! こうして会えましたし、俺是非ともお聞きしたいことがありまして!」

「その質問を俺は既に知っているぞ」


 佐由さよしの面倒臭そうな呟きに、電谷でんやは目を見開いてゴクリと唾を飲み込む。


「で、では遠慮なく。俺は〝誰〟ですか? 俺の〝名前〟が知りたいんです! 本当はどこの誰という存在なのか、別世界を知る電須でんす佐由さよし様ならご存じでしょう!? どうか教えて下さい……!!」


 電谷でんやは今まで生きてきた中で最も真剣に頭を下げて懇願した。

 それこそが6歳の幼い日から、長年電谷(でんや)が探しているものだ。


「知るか。答えは『無い』」


 突き放すような冷たい返答に電谷でんやは愕然とする。

 佐由さよし電谷でんやから顔を背けたまま頬杖を突き、胡座あぐらをかいて天井をぼんやり見つめていた。


「勘違いしている輩ばかりだな。俺の多次元世界を渡る力は無限の可能性を知る能力じゃない。

 個人の性格や気質で絶対に選ばない選択肢は存在し、だからこそ世界の事象として発生せず、もしもの可能性世界すら存在しない物事がある。俺の多次元世界はその法則を前提とした可能性世界の集まりで有限なんだよ」


「そ……それじゃ……」

「お前の名前が消失しない世界はない」

「っ……!」

「お前の力は、世界から存在を消し去る強力な次元能力だ。それまでの記憶さえも世界から無くなる。

 お前は気質上、その能力を初めて使う際に決して他人には向けない。必ず自分に向けて試す。そして自分の存在をこの世から消す結果に収束する。その収束にもしもの可能性が入り込む余地は無い。俺の多次元世界に、お前以外の名前を消すお前はどこにもいない」


「は……はは……」


 電谷でんやは雷に打たれたようにショックを受けて放心し、笑ってへたり込んだ。ぐったりとうなだれる。


「俺は……一生〝名無しの電谷でんや〟なんですか……」


 絶望した声に、佐由さよしは初めて電谷でんやへと顔を向けた。


「お前の問題点は名前が無いことじゃない、存在が無いことだ。存在しないから、誰もお前に名前が無いことを疑問に思わない。いくら口調で工夫してもお前の個性は他人の中に残らない。他人が一番成りすましやすいのは存在しないお前で、だからこそ無意識にお前を選択する。どれほど演者が棒読みでもお前だと誰もが認識してしまう」


「……俺の渾身こんしんのあだ名見分けシステムも口調も、あんま意味ないんですか……」

「それよりお前、いつからあい領地にポップしていた?」

「はい!?」


 唐突なゲーム用語の詰問に、電谷でんやは虚を突かれて目を丸くした。


「いやそんな敵リポップみたいに言わんで下さいよ! えーと、生まれも育ちもあい領地のつもり、はず? ……ひょっとして違うって言うんですか。そもそも「電谷でんや」って名字すら俺のか怪しいと……?」

「お前の名前で〝電谷でんや〟は初耳だ」

「ギャッ!? 俺の両親は俺のマジ両親じゃない疑惑!?」


「そもそも翡翠ひすい領主、お前が俺の世界だとあい領地に居るとはどういう了見だ。御天日みあめひ凰十おうとの領王制度廃止案は廃案されるべくして廃案されたのか。宙地原族そらちのはらぞく翡翠ひすい領民も、俺でもつるぎでも、ましてりょうちゃんのせいでもなく、お前がいないせいでの世界の収束結果が翡翠ひすい革命だったのかよ。ふざけるな」


「えっえっ!? また何か俺のせいデスカ!? ゴメンナサイ!!」

電脳族でんのうぞくで領地を統治する奴を、俺は翡翠ひすい領主しか観測していない」


 電谷でんやは告げられた事実が理解出来ず、ぽかんと口を開けた。


「……あ、あのう? 〝翡翠ひすい領主〟ってさっきから俺のこと呼んでますけど、それって『黄泉よもつオンライン』の話っすか? それともガチの現実の話だったりします……? うぅ、聞くのも恐ろしいのですが!」

「お前の存在を固定するには地位をつけるのが一番手っ取り早いからな」


 電谷でんやの質問の答えになっていない。再度佐由(さよし)に問い直すのも恐ろしく思い、電谷でんやはすごすごと引き下がって口を引き結んだ。


「問題はお前がいたせいで、引きずられたあちらの翡翠ひすい領主がここに出現していたことだ。お前だったせいで誰も気付かないままあい領地の情報を持って堂々と出て行った。領境防壁を越えた途端、律儀にあの愚図ぐずへと御高月みたかつく煌夜こうやの情報を流したんだろうな。だから速攻で攫われた」


 佐由さよしは苛立ちを滲ませた独り言を呟いた後、立ち上がり電谷でんやの目の前に来る。冷ややかに電谷でんやを睥睨した。


「責任を取れ、翡翠ひすい領主。第一発見者になって潔白の俺を擁護しろ」

「よ、擁護って『マスター』にっすか……? っつか、ミタカなにがしって人があい領地で誘拐される事件が起きてるんですか!?」

篁朝たかときを何とかしろ」

「無茶振りぃッ!? 会話も無理なタカ様を説得とか!?」


「あいつはとっくに正気だ」


「……へ?」



 電谷でんやが間の抜けた声を出した瞬間、目の前にいたのは敦美あつみだった。


「――電谷でんや

「うおぉっ『マスター』!?」


 キョロキョロと周りを見渡す。水城みずしろ家の玄関前に電谷でんやはいた。玄関のチャイムを押していた敦美あつみが指を離す。電谷でんやは頭を抱えてうめいた。


「うはあっ、第一発見者とやらになるためにミタカなにがしって人の家スタートではないんっすかー!? 何故てるやんのおうちスタート!? 先にタカ様説得フェイズセレクトは謎過ぎなんですぞォッ!!」

「――元気そうだね、電谷でんや


 騒ぐ電谷でんや敦美あつみが淡々と声を掛ける。敦美あつみの気遣いを感じた電谷でんやは急いでにへらっと照れ笑いを浮かべた。


「ハハー、お騒がせしました! 『マスター』こそお仕事デス?」

「――そんなのじゃないよ。……輝夜てるやす君に会いに来たの」


(「輝夜てるやす君」)


 電谷でんやは目を瞬いた。

 敦美あつみは軽く目を伏せると、俯いて気恥ずかしげにしている。何となくだが雰囲気が甘い。


(ええええぇぇ!? 『マスター』まさかてるやんに告白を!? 嘘ぉんっ、俺ってばてるやんに脈無いみたいに言っちゃったよ! だって立場的に告白とかする雰囲気なさそうだったじゃん!!)


 電谷でんやが挙動不審に動揺している隣で、敦美あつみが待っていても反応のない玄関の扉に首を傾げた。それを見た電谷でんやも「あれ?」といぶかしみ、玄関のチャイムを何度か押してみる。


「ぬう。出ませんね。てるやん寝てるのかな」

「――そんなはずない。さっきまで電話で話していたから」

「ほ、ほう……?」


 敦美あつみは直ぐに電脳画面を空中に出して、輝夜てるやすへと電話を掛ける。

 電谷でんやも倣って水城みずしろ家の固定電話の方に掛けてみた。扉の向こうから電話の着信音を知らせる音色が聞こえてくる。だが、電話を取ろうとする物音が聞こえない。自宅待機をしているのだからいるはずなのだ。

 電谷でんやは背中に嫌な汗が流れる。先ほど佐由さよしに言われた言葉が脳裏にこびりついていた。


『あの愚図にミタカツクコウヤの情報を流したんだ。だから速攻で攫われた』


(まさか、まさか攫われたミタカなにがしって――……!)


 思い至った可能性に真っ青になり、電谷でんやはよろめいた。



 そんな折、敦美あつみの電脳画面に緊急の通信が横から入る。

 相手は翡翠ひすい領地に渡ったあい領地『五位』ランカーの刃佐間はざま逍遙しょうようからだった。現在、翡翠ひすい領地の電脳や通信はあい領地に対して強制的にフルオープンである。刃佐間はざまの姿が通信画面に映った。


『『領王』様、急に申し訳ありません。今すぐに見ていただきたい映像があります』

「――翡翠ひすい領地で問題が?」

『異質の問題と申しますか……』


 はっきりとした気質の刃佐間はざまが珍しく言葉を濁す。

 通信と同時に刃佐間はざまから送られて来た映像を再生して敦美あつみは目を瞠った。

 それは翡翠ひすい領地のコンビニの監視カメラの映像。日付は11月13日、2人の青年が店員に詰めよっているものだった。

 敦美あつみは青年2人の姿にぞっとする。


「――これ……は……」

『……彼らはこよみを聞いてきたそうです。岩陰蝕いわかげのしょく800年の11月13日だと店員が告げると、そんな暦は有り得ないと突っかかってきたと証言しました。その後の足取りは――』


 刃佐間はざまの声が遠くなる。

 足元がぐにゃりと揺れた気がした。


 これは本当に現実なのか。

 悪い冗談を……悪夢でも見せられている心地がする。




 11月13日。

 その日(あい)領地のショッピングモールで行方不明となった人物と、通夜があった人物が――







 ――あずま秀寿ひでとし電拳でんつかつるぎが、翡翠ひすい領地にいたと言うのだから。






            【第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』・終】



 第3章はここでおしまいです。

 次回から閑話を挟まず、第4章が始まります。

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