最終話 2つのEDルートの混戦
(〝電谷〟はこんなに豆腐メンタルじゃないだろうに)
電谷は大業に嘆息する。まだ胸の奥で火花を散らしている怒りに、何とか折り合いをつけることにした。「必殺・忘れられないなら知らない振り」である。
何時までも外部との接触を断って自身の次元空間に引き籠もっているわけにはいかない。やらなければならないことは山のようにあるのだ。
何度か深呼吸を繰り返して両頬をパチパチと手で叩く。気分的なものだが気合いも入れ直した。自宅リビングのホワイトボードを確認しようと次元空間を出る。
(ではでは、とりあえず両親の予定を見ておきますかね)
次の瞬間、真っ暗な闇の中に電谷はいた。
電谷は驚く時間さえ与えられず、唐突に胸ぐらを掴まれる。
「〝電脳技術屋の電谷〟。お前、翡翠領主か……!」
苛立ちが滲む男の声が間近で吐き捨てられる。まるで降り積もる雪のように寒々とした硬質な声音の迫力に圧倒され、電谷は恐怖で震え上がった。
男は答えない電谷に舌打ちすると乱暴に電谷の胸ぐらを放り出す。
よろめいた電谷は直ぐに男がこのまま消え去ると思った。無我夢中で、闇の中全く姿が見えない男へ飛びかかる。ガシッと男の足にしがみついた感触があった。方向は間違っていなかったらしい。
「でっデンスサヨシ様!? 電須佐由様ですよねっ!? うわあん! 後生ですから待って下さいー!! 話を聞いてタスケテ!! お願いしますお願いします!!」
恥も外聞もないのである。電谷は必死に叫んだ。佐由に思い切りガツンっと頭を殴られ、一瞬意識がふっ飛ぶ。それでも足を離さないでしがみつき続ける。
すると、突然ぱっと視界が明るくなった。
「うおっ、眩しッ」
電谷が眩しさに閉じていた瞼を恐る恐る上げた。闇の空間が消え、電気を点けた室内のように明るい世界に変わっている。……というか室内である。かなり立派な和風の室内はどう考えても一般人が住むような広さの部屋ではなく、学校の運動場がすっぽり入りそうなもので呆然とする。
「離せ」
「は!? うおっ、すみませぬ電須佐由様!!」
慌てて身体を離し、額を板間に擦りつけて土下座した。
佐由は土下座をする電谷を視界にも入れず、几帳と畳が置かれた部屋の中央に向かいそこに腰を下ろした。近くの高坏の上にある小瓶を手に取って開け、中に入っていた金平糖を口に含んでガリガリと噛む。佐由の機嫌は非常に悪そうだった。
「お前のせいであの愚図が来ていたことに気付かなかった。まんまと攫われたぞ。このままだと篁朝に俺のせいにされる。どうしてくれるんだ。今の俺は御高月煌夜に次元移動以外の力を封じられて無害になっていると言うのにだ!」
「はあ……? 申し訳ありません??」
さっぱり何の話だか分からない。電谷は佐由の機嫌を窺い、とにかく謎の非礼を深く頭を下げて謝っておく。それから、そろりと顔を上げた。
「あのぉ……電須佐由様? 俺とてるやんが『黄泉オンライン』で連絡して欲しいってメッセージ残してたんですけど届いてたんでしょーか?」
佐由は特に反応もなくポリポリと金平糖を食べてそっぽを向いている。だが噛み砕くような音ではなくなったので、電谷の言葉をそれなりに聞いてくれている気がした。
「ま、まぁ、それはもういいデス! こうして会えましたし、俺是非ともお聞きしたいことがありまして!」
「その質問を俺は既に知っているぞ」
佐由の面倒臭そうな呟きに、電谷は目を見開いてゴクリと唾を飲み込む。
「で、では遠慮なく。俺は〝誰〟ですか? 俺の〝名前〟が知りたいんです! 本当はどこの誰という存在なのか、別世界を知る電須佐由様ならご存じでしょう!? どうか教えて下さい……!!」
電谷は今まで生きてきた中で最も真剣に頭を下げて懇願した。
それこそが6歳の幼い日から、長年電谷が探しているものだ。
「知るか。答えは『無い』」
突き放すような冷たい返答に電谷は愕然とする。
佐由は電谷から顔を背けたまま頬杖を突き、胡座をかいて天井をぼんやり見つめていた。
「勘違いしている輩ばかりだな。俺の多次元世界を渡る力は無限の可能性を知る能力じゃない。
個人の性格や気質で絶対に選ばない選択肢は存在し、だからこそ世界の事象として発生せず、もしもの可能性世界すら存在しない物事がある。俺の多次元世界はその法則を前提とした可能性世界の集まりで有限なんだよ」
「そ……それじゃ……」
「お前の名前が消失しない世界はない」
「っ……!」
「お前の力は、世界から存在を消し去る強力な次元能力だ。それまでの記憶さえも世界から無くなる。
お前は気質上、その能力を初めて使う際に決して他人には向けない。必ず自分に向けて試す。そして自分の存在をこの世から消す結果に収束する。その収束にもしもの可能性が入り込む余地は無い。俺の多次元世界に、お前以外の名前を消すお前はどこにもいない」
「は……はは……」
電谷は雷に打たれたようにショックを受けて放心し、笑ってへたり込んだ。ぐったりとうなだれる。
「俺は……一生〝名無しの電谷〟なんですか……」
絶望した声に、佐由は初めて電谷へと顔を向けた。
「お前の問題点は名前が無いことじゃない、存在が無いことだ。存在しないから、誰もお前に名前が無いことを疑問に思わない。いくら口調で工夫してもお前の個性は他人の中に残らない。他人が一番成りすましやすいのは存在しないお前で、だからこそ無意識にお前を選択する。どれほど演者が棒読みでもお前だと誰もが認識してしまう」
「……俺の渾身のあだ名見分けシステムも口調も、あんま意味ないんですか……」
「それよりお前、いつから藍領地にポップしていた?」
「はい!?」
唐突なゲーム用語の詰問に、電谷は虚を突かれて目を丸くした。
「いやそんな敵リポップみたいに言わんで下さいよ! えーと、生まれも育ちも藍領地のつもり、はず? ……ひょっとして違うって言うんですか。そもそも「電谷」って名字すら俺のか怪しいと……?」
「お前の名前で〝電谷〟は初耳だ」
「ギャッ!? 俺の両親は俺のマジ両親じゃない疑惑!?」
「そもそも翡翠領主、お前が俺の世界だと藍領地に居るとはどういう了見だ。御天日凰十の領王制度廃止案は廃案されるべくして廃案されたのか。宙地原族も翡翠領民も、俺でも剣でも、まして涼ちゃんのせいでもなく、お前がいないせいでの世界の収束結果が翡翠革命だったのかよ。ふざけるな」
「えっえっ!? また何か俺のせいデスカ!? ゴメンナサイ!!」
「電脳族で領地を統治する奴を、俺は翡翠領主しか観測していない」
電谷は告げられた事実が理解出来ず、ぽかんと口を開けた。
「……あ、あのう? 〝翡翠領主〟ってさっきから俺のこと呼んでますけど、それって『黄泉オンライン』の話っすか? それともガチの現実の話だったりします……? うぅ、聞くのも恐ろしいのですが!」
「お前の存在を固定するには地位をつけるのが一番手っ取り早いからな」
電谷の質問の答えになっていない。再度佐由に問い直すのも恐ろしく思い、電谷はすごすごと引き下がって口を引き結んだ。
「問題はお前がいたせいで、引きずられたあちらの翡翠領主がここに出現していたことだ。お前だったせいで誰も気付かないまま藍領地の情報を持って堂々と出て行った。領境防壁を越えた途端、律儀にあの愚図へと御高月煌夜の情報を流したんだろうな。だから速攻で攫われた」
佐由は苛立ちを滲ませた独り言を呟いた後、立ち上がり電谷の目の前に来る。冷ややかに電谷を睥睨した。
「責任を取れ、翡翠領主。第一発見者になって潔白の俺を擁護しろ」
「よ、擁護って『マスター』にっすか……? っつか、ミタカ某って人が藍領地で誘拐される事件が起きてるんですか!?」
「篁朝を何とかしろ」
「無茶振りぃッ!? 会話も無理なタカ様を説得とか!?」
「あいつはとっくに正気だ」
「……へ?」
電谷が間の抜けた声を出した瞬間、目の前にいたのは敦美だった。
「――電谷」
「うおぉっ『マスター』!?」
キョロキョロと周りを見渡す。水城家の玄関前に電谷はいた。玄関のチャイムを押していた敦美が指を離す。電谷は頭を抱えて呻いた。
「うはあっ、第一発見者とやらになるためにミタカ某って人の家スタートではないんっすかー!? 何故てるやんのおうちスタート!? 先にタカ様説得フェイズセレクトは謎過ぎなんですぞォッ!!」
「――元気そうだね、電谷」
騒ぐ電谷に敦美が淡々と声を掛ける。敦美の気遣いを感じた電谷は急いでにへらっと照れ笑いを浮かべた。
「ハハー、お騒がせしました! 『マスター』こそお仕事デス?」
「――そんなのじゃないよ。……輝夜君に会いに来たの」
(「輝夜君」)
電谷は目を瞬いた。
敦美は軽く目を伏せると、俯いて気恥ずかしげにしている。何となくだが雰囲気が甘い。
(ええええぇぇ!? 『マスター』まさかてるやんに告白を!? 嘘ぉんっ、俺ってばてるやんに脈無いみたいに言っちゃったよ! だって立場的に告白とかする雰囲気なさそうだったじゃん!!)
電谷が挙動不審に動揺している隣で、敦美が待っていても反応のない玄関の扉に首を傾げた。それを見た電谷も「あれ?」と訝しみ、玄関のチャイムを何度か押してみる。
「ぬう。出ませんね。てるやん寝てるのかな」
「――そんなはずない。さっきまで電話で話していたから」
「ほ、ほう……?」
敦美は直ぐに電脳画面を空中に出して、輝夜へと電話を掛ける。
電谷も倣って水城家の固定電話の方に掛けてみた。扉の向こうから電話の着信音を知らせる音色が聞こえてくる。だが、電話を取ろうとする物音が聞こえない。自宅待機をしているのだからいるはずなのだ。
電谷は背中に嫌な汗が流れる。先ほど佐由に言われた言葉が脳裏にこびりついていた。
『あの愚図にミタカツクコウヤの情報を流したんだ。だから速攻で攫われた』
(まさか、まさか攫われたミタカ某って――……!)
思い至った可能性に真っ青になり、電谷はよろめいた。
そんな折、敦美の電脳画面に緊急の通信が横から入る。
相手は翡翠領地に渡った藍領地『五位』ランカーの刃佐間逍遙からだった。現在、翡翠領地の電脳や通信は藍領地に対して強制的にフルオープンである。刃佐間の姿が通信画面に映った。
『『領王』様、急に申し訳ありません。今すぐに見ていただきたい映像があります』
「――翡翠領地で問題が?」
『異質の問題と申しますか……』
はっきりとした気質の刃佐間が珍しく言葉を濁す。
通信と同時に刃佐間から送られて来た映像を再生して敦美は目を瞠った。
それは翡翠領地のコンビニの監視カメラの映像。日付は11月13日、2人の青年が店員に詰めよっているものだった。
敦美は青年2人の姿にぞっとする。
「――これ……は……」
『……彼らは暦を聞いてきたそうです。岩陰蝕800年の11月13日だと店員が告げると、そんな暦は有り得ないと突っかかってきたと証言しました。その後の足取りは――』
刃佐間の声が遠くなる。
足元がぐにゃりと揺れた気がした。
これは本当に現実なのか。
悪い冗談を……悪夢でも見せられている心地がする。
11月13日。
その日藍領地のショッピングモールで行方不明となった人物と、通夜があった人物が――
――雷秀寿と電拳剣が、翡翠領地にいたと言うのだから。
【第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』・終】
第3章はここでおしまいです。
次回から閑話を挟まず、第4章が始まります。




