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眠る月の皇子  作者: 古波萩子
第3章 叡智の眺め、MMO『黄泉オンライン』
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 第13話 告白

 携帯電話から聞こえてきた透明感のある綺麗な声に、輝夜てるやすは頭の中が真っ白になっていた。名乗りの言葉だけはするっと出たが、その後が何も浮かばない。

 真っ白になっている頭のせいで焦りに焦ってバクバクと心臓が鼓動を打つ。頭に血が上っていくのを感じる。頬が熱い。


『――水城みずしろ君……?』


 敦美あつみの声音は優しく、その声に輝夜てるやすは勇気づけられて口を開いた。


「さっき、仁芸にぎ君から番号変えたって連絡もらって。だからその時に機國きぐにさんの本当の連絡先を……教えてもらったんだ」

『――うん』

「勝手に……ごめん」

『――気にしないで。私も水城みずしろ君の番号、知りたかったから』


 柔らかく告げられる言葉に感激して目頭が熱くなる。


「俺、機國きぐにさんに……つた、伝えたいことがあるんだ……っ」


 どもりながらそう言い切った後、続く言葉がなかなか口から出て来ない。ドキドキと鼓動は早く、緊張で汗が噴き出しそうだ。

 少しの間。電話越しに流れる沈黙。

 敦美あつみは急かすでもなく、じっと輝夜てるやすを待ってくれている。


(落ち着け……落ち着け……)


 呪文のように頭の中で唱え、息を吐き出す。軽く緊張が緩んだ。そのことに心底ほっとする。


機國きぐにさん、俺は月族つきぞくです」

『――うん』

「皇族だから、近いうちに多分会えなくなる奴で――」

『――会いに行く』

「……え……」

『――必ずどこに居ても会いに行く。会えなくなる日なんて来ない』


 敦美あつみの力強い断言に、これから言おうと思っていた悲観的な言葉を呑み込んだ。驚きの後はただただ歓喜して、込み上げてくる熱い想いに白練色の瞳がうるんだ。

 くしゃりと泣き笑いの表情を電話越しで隠し、震えた声音にならないように神経を注いで呟いた。


「会いに、来てくれるんだ……」

『――私が会いたいから。会って、くれるよね……?』

「うん……。俺も、機國きぐにさんに会いたい……」


(会いたい――そうだ……。俺は機國きぐにさんと会えなくなるのは嫌だ。家出も、月族つきぞく本家も。どっちも選びたくない。選びたくなんてないんだ)


「昔一緒に見た桜を、もう1度……機國きぐにさんと見たい。来年咲くかは分からないけど……」

『――あの古木なら、毎年綺麗な桜を咲かせているよ』

「本当……?」

『――うん。だから春になったら一緒に見よう。お花見、だね』

「お花見……」


 ツキンッと微かに胸の奥で刺さる棘がある。

 ――昔、そう約束をして2度と会えなくなった人がいた。

 輝夜てるやすは胸中で生まれた不安に頭を振り、腹に力を込めて再び強く気持ちを奮い起こす。


「き、機國きぐにさん……!」

『――はい』

「俺はっ、見た目は男らしくないし、得意なことなんて何もなくて、臆病で意気地無しだけどっ……」

『――待って!』

「え……?」

『――誰の話……?』

「お、俺の話、だけど」


(え?! あれ、俺の話してたよな? え? 違うこと言ってた?)


 突然止められてクエッションマークが頭の中を占領する。

 電話越しにしっかりとした声が聞こえてきた。


水城みずしろ君の目はびっくりするぐらい凜々しいことがあるし、お人好しなくらい人に優しくて、自分より強い人を止めようとする勇気を持っているよ』

「っ!?」


 思わぬ敦美あつみの褒め言葉に、輝夜てるやすは度肝を抜かれる。パクパクと口を開け閉めして必死に言葉を喉の奥からひねり出した。


「あ、え!? だっ誰の話!?」

『――水城みずしろ君の話だけど』

「えええぇ!? かっ、過剰評価!!」

『――正しい評価です』


 軽くふて腐れたような声が返ってきた。

 輝夜てるやすは焦って言い返す。


「いやいやいや! そんなの俺じゃないよ!? 俺は機國きぐにさんに誉められるような奴じゃないんだって! むしろ機國きぐにさんの方が凜々しいし、勇気も強さもあるし、優しい人じゃないか……!!」

『――水城みずしろ君こそ『領王』だからそう見えているだけだよ。『領王』が強さを示して領地を守るから、結果的に人を助ける優しい人に見える。『領王』じゃなきゃ、私は水城みずしろ君以外助けないよ。やりたくて勇気と優しさを他人に出しているわけじゃない』

「えぇーっ!?」


 輝夜てるやすは目を剥いた。とんでもない爆弾発言をされている。


『――私は自分から他人と親しくなるのが億劫にしか思えない無情な人間だよ。人と居るより一生1人でいることを苦痛に思わないし、やっておいた方がいいことでも今すぐ問題もないなら余程のことがない限りやらない。本当に重度の面倒くさがりなの』

「そ……そんなにやる気がないんだ……?」


 これは電谷でんやも似たようなことを言っていたはずである。防衛の仕事に関しては放置していた敦美あつみ自身が悪いのだと。


『――失望した……?』

「あ、いや……前から何となくドライな人だとは思ってたから、……大丈夫」

『――前から』

「さっ、佐由さよしさんが親戚だって話していた時、佐由さよしさんにどう思われているか、もの凄くどうでもよさそうな感じだったからさ」

『――そんなどうでもいい親戚の話をした?』

「忘れてる!?」

『――えっと、冗談を少し……』


 ぽそりと恥ずかしげに呟かれた声が耳に届く。


(か、可愛いなぁ……)


 初めはひとめぼれだった。敦美あつみの儚げで美少女然とした横顔を見て好きになったのだ。けれどいつの間にか、敦美あつみの芯の強い性格の方に強く惹かれている。

 敦美あつみは普段無表情で淡々とした様子だが、話していると結構表情が豊かな人だと分かる。それに無口なわけではなく、いつもワンテンポ遅くゆっくり喋り出しているだけだ。

 敦美あつみを無口な人間にするかどうかは相手次第。

 本人は「他人と親しくなるのは億劫」と言っていたが、輝夜てるやすよりも遙かに喋ることが得意だと思う。全然どもらないし物怖じもしない。響華きょうかのようにはっきりとものが言える人なのだ。


(俺もこんな時ぐらい機國きぐにさんみたいに堂々としていなきゃ!)


 そう思うと、自然と気持ちが出てきた。


「俺は機國きぐにさんが好きです! 再会した時からずっと好きでした……!!」


 電話越しに息を呑む気配がした。

 輝夜てるやすはぎゅっと目をつぶり、敦美あつみの答えを待つ。

 その間に流れた沈黙は一瞬だったのか数十分だったのか。時間の感覚が狂う。


『――輝夜てるやす君』


 名前を呼ばれて顔を上げる。

 敦美あつみは恥ずかしいのか、微かに擦れた声音だった。


『これからは輝夜てるやす君って呼びたい』

「いっ、いいよ」

『――私のことも下の名前で呼んで欲しい』

「っ……あ、あつっ敦美あつみさん……!」


 肝心なところで噛んでしまった。


『――その、今から家に行ってもいい?』

「え!? ……う、うん?」

『――私の気持ち、直接聞いて欲しい』

ぐ……あ、敦美あつみさん――……」

『――じゃあ、これで』

「うん……」


 そこでお互い電話を切った。輝夜てるやすはぼんやりと通話の切れた携帯電話を見つめる。

 段々と冷静になってきた頭で敦美あつみとの会話を反芻し、顔を真っ赤に染めた。


(こここ……「これから」って! きぐっ敦美あつみさん「これからは」って言ってた……!! そ、それはつまり告白の返事は敦美あつみさんも俺のこと――……だってことだよな!?)


 ぐにっと頬を摘まむ。その痛みに口元が緩む。これは現実だ。


(うわぁっ! どうしよう、き……敦美あつみさんが来る……!!)


 心臓はずっと忙しなくバクバクと鼓動を打っていた。緊張して意味も無く机に置いていた古代くずし字事典をパラパラと何度もめくる。いや、こんなことをしている場合ではない。玄関に行っておくべきなのだが、気恥ずかしくて落ち着かないのだ。無意味にそわそわした。


(あ! 鏡ぐらいみて髪を――)



 輝夜てるやすがそう思った瞬間、視界が闇に染まった。



 ピンポーンと玄関からチャイムの音が鳴り響く。

 その音が輝夜てるやすの耳に届くことはない。












 11月16日15時13分――その日を最後に、水城みずしろ輝夜てるやすという名の少年はあい領地から消え失せた。




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