第13話 告白
携帯電話から聞こえてきた透明感のある綺麗な声に、輝夜は頭の中が真っ白になっていた。名乗りの言葉だけはするっと出たが、その後が何も浮かばない。
真っ白になっている頭のせいで焦りに焦ってバクバクと心臓が鼓動を打つ。頭に血が上っていくのを感じる。頬が熱い。
『――水城君……?』
敦美の声音は優しく、その声に輝夜は勇気づけられて口を開いた。
「さっき、仁芸君から番号変えたって連絡もらって。だからその時に機國さんの本当の連絡先を……教えてもらったんだ」
『――うん』
「勝手に……ごめん」
『――気にしないで。私も水城君の番号、知りたかったから』
柔らかく告げられる言葉に感激して目頭が熱くなる。
「俺、機國さんに……つた、伝えたいことがあるんだ……っ」
どもりながらそう言い切った後、続く言葉がなかなか口から出て来ない。ドキドキと鼓動は早く、緊張で汗が噴き出しそうだ。
少しの間。電話越しに流れる沈黙。
敦美は急かすでもなく、じっと輝夜を待ってくれている。
(落ち着け……落ち着け……)
呪文のように頭の中で唱え、息を吐き出す。軽く緊張が緩んだ。そのことに心底ほっとする。
「機國さん、俺は月族です」
『――うん』
「皇族だから、近いうちに多分会えなくなる奴で――」
『――会いに行く』
「……え……」
『――必ずどこに居ても会いに行く。会えなくなる日なんて来ない』
敦美の力強い断言に、これから言おうと思っていた悲観的な言葉を呑み込んだ。驚きの後はただただ歓喜して、込み上げてくる熱い想いに白練色の瞳がうるんだ。
くしゃりと泣き笑いの表情を電話越しで隠し、震えた声音にならないように神経を注いで呟いた。
「会いに、来てくれるんだ……」
『――私が会いたいから。会って、くれるよね……?』
「うん……。俺も、機國さんに会いたい……」
(会いたい――そうだ……。俺は機國さんと会えなくなるのは嫌だ。家出も、月族本家も。どっちも選びたくない。選びたくなんてないんだ)
「昔一緒に見た桜を、もう1度……機國さんと見たい。来年咲くかは分からないけど……」
『――あの古木なら、毎年綺麗な桜を咲かせているよ』
「本当……?」
『――うん。だから春になったら一緒に見よう。お花見、だね』
「お花見……」
ツキンッと微かに胸の奥で刺さる棘がある。
――昔、そう約束をして2度と会えなくなった人がいた。
輝夜は胸中で生まれた不安に頭を振り、腹に力を込めて再び強く気持ちを奮い起こす。
「き、機國さん……!」
『――はい』
「俺はっ、見た目は男らしくないし、得意なことなんて何もなくて、臆病で意気地無しだけどっ……」
『――待って!』
「え……?」
『――誰の話……?』
「お、俺の話、だけど」
(え?! あれ、俺の話してたよな? え? 違うこと言ってた?)
突然止められてクエッションマークが頭の中を占領する。
電話越しにしっかりとした声が聞こえてきた。
『水城君の目はびっくりするぐらい凜々しいことがあるし、お人好しなくらい人に優しくて、自分より強い人を止めようとする勇気を持っているよ』
「っ!?」
思わぬ敦美の褒め言葉に、輝夜は度肝を抜かれる。パクパクと口を開け閉めして必死に言葉を喉の奥からひねり出した。
「あ、え!? だっ誰の話!?」
『――水城君の話だけど』
「えええぇ!? かっ、過剰評価!!」
『――正しい評価です』
軽くふて腐れたような声が返ってきた。
輝夜は焦って言い返す。
「いやいやいや! そんなの俺じゃないよ!? 俺は機國さんに誉められるような奴じゃないんだって! むしろ機國さんの方が凜々しいし、勇気も強さもあるし、優しい人じゃないか……!!」
『――水城君こそ『領王』だからそう見えているだけだよ。『領王』が強さを示して領地を守るから、結果的に人を助ける優しい人に見える。『領王』じゃなきゃ、私は水城君以外助けないよ。やりたくて勇気と優しさを他人に出しているわけじゃない』
「えぇーっ!?」
輝夜は目を剥いた。とんでもない爆弾発言をされている。
『――私は自分から他人と親しくなるのが億劫にしか思えない無情な人間だよ。人と居るより一生1人でいることを苦痛に思わないし、やっておいた方がいいことでも今すぐ問題もないなら余程のことがない限りやらない。本当に重度の面倒くさがりなの』
「そ……そんなにやる気がないんだ……?」
これは電谷も似たようなことを言っていたはずである。防衛の仕事に関しては放置していた敦美自身が悪いのだと。
『――失望した……?』
「あ、いや……前から何となくドライな人だとは思ってたから、……大丈夫」
『――前から』
「さっ、佐由さんが親戚だって話していた時、佐由さんにどう思われているか、もの凄くどうでもよさそうな感じだったからさ」
『――そんなどうでもいい親戚の話をした?』
「忘れてる!?」
『――えっと、冗談を少し……』
ぽそりと恥ずかしげに呟かれた声が耳に届く。
(か、可愛いなぁ……)
初めはひとめぼれだった。敦美の儚げで美少女然とした横顔を見て好きになったのだ。けれどいつの間にか、敦美の芯の強い性格の方に強く惹かれている。
敦美は普段無表情で淡々とした様子だが、話していると結構表情が豊かな人だと分かる。それに無口なわけではなく、いつもワンテンポ遅くゆっくり喋り出しているだけだ。
敦美を無口な人間にするかどうかは相手次第。
本人は「他人と親しくなるのは億劫」と言っていたが、輝夜よりも遙かに喋ることが得意だと思う。全然どもらないし物怖じもしない。響華のようにはっきりとものが言える人なのだ。
(俺もこんな時ぐらい機國さんみたいに堂々としていなきゃ!)
そう思うと、自然と気持ちが出てきた。
「俺は機國さんが好きです! 再会した時からずっと好きでした……!!」
電話越しに息を呑む気配がした。
輝夜はぎゅっと目をつぶり、敦美の答えを待つ。
その間に流れた沈黙は一瞬だったのか数十分だったのか。時間の感覚が狂う。
『――輝夜君』
名前を呼ばれて顔を上げる。
敦美は恥ずかしいのか、微かに擦れた声音だった。
『これからは輝夜君って呼びたい』
「いっ、いいよ」
『――私のことも下の名前で呼んで欲しい』
「っ……あ、あつっ敦美さん……!」
肝心なところで噛んでしまった。
『――その、今から家に行ってもいい?』
「え!? ……う、うん?」
『――私の気持ち、直接聞いて欲しい』
「機ぐ……あ、敦美さん――……」
『――じゃあ、これで』
「うん……」
そこでお互い電話を切った。輝夜はぼんやりと通話の切れた携帯電話を見つめる。
段々と冷静になってきた頭で敦美との会話を反芻し、顔を真っ赤に染めた。
(こここ……「これから」って! きぐっ敦美さん「これからは」って言ってた……!! そ、それはつまり告白の返事は敦美さんも俺のこと――……だってことだよな!?)
ぐにっと頬を摘まむ。その痛みに口元が緩む。これは現実だ。
(うわぁっ! どうしよう、き……敦美さんが来る……!!)
心臓はずっと忙しなくバクバクと鼓動を打っていた。緊張して意味も無く机に置いていた古代くずし字事典をパラパラと何度もめくる。いや、こんなことをしている場合ではない。玄関に行っておくべきなのだが、気恥ずかしくて落ち着かないのだ。無意味にそわそわした。
(あ! 鏡ぐらいみて髪を――)
輝夜がそう思った瞬間、視界が闇に染まった。
ピンポーンと玄関からチャイムの音が鳴り響く。
その音が輝夜の耳に届くことはない。
11月16日15時13分――その日を最後に、水城輝夜という名の少年は藍領地から消え失せた。




