第12話 『黄泉オンライン』 その6・皇族派閥の差違
《 >>水城輝夜:俺、家から出たらだめなんだけど!?
ハナヤギヒビキ>>敦美が帰って来たら教えるから電話してみて
>>水城輝夜:電話!?
ハナヤギヒビキ>>前に連絡したって聞いてる。履歴に敦美の番号あるでしょ 》
(いやいやいや、仁芸君の番号しかないよ!? これ本当に電話して大丈夫!?)
ヒイイィ……ッと輝夜は内心絶叫して自身の携帯電話履歴を見つめていた。持つ手がブルブルと震える。バクバクと動悸もしてきた。
想いを伝える――一体どんな言葉で告白すればいいのだろう。「好き」の一言でいいとは思えない。「付き合って欲しい」と――? いや、輝夜は家出する算段をしているのに今後も一緒に居て欲しいと伝えるのはおかしいことである。では何をどう告白すればいいのだろう。そもそも何故告白するのが決定になっているのだろうか。
輝夜はぐるぐると色々な思いが頭の中を駆け巡り、混乱の極みだった。
響華はそんな輝夜の胸中を慮ることもなく、敦美への告白を決定事項としてサクサクと話を変える。
《 ハナヤギヒビキ>>じゃ、それまでレベル上げする? まだ他領地に移動出来るほどレベル上がってないみたいだし付き合うわ。団を作ってもいいわね 》
そういえば、響華のキャラクターは辛夷領地出身として作ったと聞いていた。輝夜がいるのは竹領地。響華は既にレベル25になっているのだ。輝夜の方は未だレベル4である。
《 ハナヤギヒビキ>>太陽族派閥は経験値アップの恩恵が大きいから。輝夜は経験値の恩恵無い月族派閥だからレベルが上がりにくいみたいね 》
輝夜は響華とパーティーを組んでレベル上げをすることになった。告白のことで気もそぞろな輝夜に、響華はこれまでのゲーム内での話を語る。
響華達には、逐一電谷から進行状態やゲーム内容について細かい報告があるらしい。その報告で比較すると、それぞれのゲーム内容にはかなりの差違があるのだそうだ。
《 ハナヤギヒビキ>>メインの神祇官。選んだ皇族派閥によって内容がスッカスカになるみたい。太陽族派閥の私と宙地原族派閥の敦美だと、霞も出て来ないしコウヨウ様のムービーがほとんど無い 》
(へ……?)
《 >>水城輝夜:何それ。領地が違うせいで?
ハナヤギヒビキ>>攻略サイトの皇族派閥を見てみなさい 》
輝夜は響華に促され、〝よもぎ〟というプレイヤーが管理している『黄泉オンライン』の攻略サイトを開いた。皇族派閥の項目を見る。
《 【所属する皇族派閥の比較】
キャラクター作成時に選べる皇族派閥の恩恵は以下のものである。
●太陽族派閥……経験値+5%
●月族派閥……特になし
●宙地原族派閥……領地間移動費の半額
※※一見、何もメリットが無い月族派閥には重大な隠し恩恵が存在する※※
①メインストーリーの増量
②メインストーリーにムービー増加(他派閥には存在しないムービー有り)
③闇族の神祇官見習いキャラクターの追加と、闇族と光族の特殊シナリオ
④大規模種族戦争イベント参加不可(※デメリット)
⑤パーティーを組んだ際、他派閥プレイヤーの取得経験値を半減。更に敵の攻撃30%カット(※デメリット?)
〈他2つの隠し恩恵〉
・太陽族派閥……『皇帝』勅令イベント(大規模種族戦争の戦争先投票権)
・宙地原族派閥……電脳族族長会談イベント(他派閥では発生しない) 》
(え……何だこれ……)
月族派閥はキャラクター作成時に説明されないのがおかしいほど、メインストーリー面で優遇されているらしい。それと同時に、月族派閥を選んで検証した人がいたのだということがこのサイトの情報量から窺え、輝夜は少し嬉しくもあった。
響華の話によると、メインストーリーは更に出身領地でも分岐しているらしく、辛夷領地スタートだと牢獄から始まる。獄中で辛夷領主と会い、記憶喪失の旨を話して神祇官に会う流れだとか。辛夷領主は火辺権太という人物で、現実では火族族長だそうだ。
《 >>水城輝夜:辛夷って火族本家の土地だったんだ
ハナヤギヒビキ>>違う。火族の支配領地の1つが辛夷ってだけ。本家は椿
>>水城輝夜:火族は領地が1つじゃないのか
ハナヤギヒビキ>>そ。火上領王じゃなく族長に出てこられるとは思わなかった 》
ゲーム内でヒビキが頭を抱えるエモートをする。響華にとって、とてもショッキングな人選らしい。考えてみれば、本家の領地以外で出て来た人物はつまるところこのゲーム内で族長では無いということである。輝夜も、水族本家のある竹領地の領主として水名晴樹族長以外が出てきたら、少なからずショックを受けたと思う。
《 ハナヤギヒビキ>>宙地原族派閥のみが会える電脳族族長なんてもっとぶっ飛んだ配役だったし
>>水城輝夜:え? 》
興味を惹かれてチャットを待ってみたが、響華からその返答は無かった。
代わりに、
《 ハナヤギヒビキ>>それより輝夜。ゲームは上の空でいいから告白内容ちゃんと考えときなさいよ 》
強い念押しが入り、輝夜はPC前で真っ赤な顔を覆った。
この外堀を埋められた感は何なのだろう。恥ずかしさで人は死ねるんじゃないかと半ば本気で思った輝夜である。
◇◇◇
15時。敦美は朝から詰めていた領王執務室から一旦自宅に帰った。
藍領地の共用電脳の支配権を握った相手を、幼馴染みの電照巫倉と仮想敵に定めた敦美は、今日はずっと電脳ハッキング戦をしていた。そして遂に支配権を奪い返したのである。
いくら電脳能力で巫倉の方が格上でも、『領王』の敦美とは精神メンタルに雲泥の差がある。気弱で常に全力が出せない巫倉の性質上、敦美が粘れば粘るほど、彼女だったならプレッシャーと焦りでミスを増やしていくだろうと思っていた。勝てなくても、完璧に敦美が引き分け続ける操作をしていれば、時間が経つごとに盛り返して軍配が上がるのだ。
何より相手が巫倉なら手の内を知り尽くしていると言っていい。ここでこけるだろうなと思うところで本当にミスを出した時は、つい吹き出してしまった。やっぱり相手は巫倉だなぁと再確認もしたのである。
電脳ハッキング戦は敦美の勝利で終わり、再び奪い返しに来る気配もない。流石に疲れたので家に戻って来たのだ。
「――ただいま」
「おかえり」
母親以外の女性の声音に、敦美は自室ではなくリビングに顔を出す。
「――響華、進んだ?」
「アンタ開口一番に聞くのがゲーム進行なわけ? やっぱり電脳族のようね」
「――……」
無言でジロリとソファでくつろぐ響華を睨む。
しかし軽口を叩いた響華は飄々と敦美の抗議を流してアップルティーを飲んでいた。
昨夜、『黄泉オンライン』で宙地原族派閥を選んだ敦美は、ゲーム世界の電脳族族長会談イベントで非常に奇怪なものを見せられていた。
――電脳族族長、電照敦美。
名前どころか見た目も敦美そっくりのNPCで、未だにどう受け止めるべきか悩んでいる。
敦美はこの設定について考えるたびに、機械族の機条族長の言葉を思い出していた。
『私には、君が機械族の族長に収まる未来が見えない』
あれは、機械族族長ではなく電脳族族長になる未来の可能性を示唆していたのだろうか――……?
馬鹿馬鹿しいと思う。敦美はまごう事なき機械族なのだから。
だが、この『黄泉オンライン』の世界は、どうやら電脳族の地位が機械族より高い。その影響が機械族の敦美を電照家の養子にしている配置なのだと考えられる。
まさか電須佐由の願望が反映されているのだろうか。彼に対しては、いまいち権力志向のイメージが湧かない。もしその志向があるのなら、別次元の藍領地の裏側に引き籠もっている意味が分からなくなる。
(『黄泉オンライン』に電須佐由は居るのかな。もし居るならそっちはどんな考えの人間……?)
あまり深く意識してこなかったが、佐由は巫倉の実兄で、敦美のもう1人の従兄弟に他ならない。敦美をゲーム内で義妹に設定している彼の心情は一体どんなものなのだろう。
敦美のことを彼は憎からず思っている――いや、本当に親しい親戚だと思っていたのかと、ゲームに触れて面食らったぐらいだ。そういう面からも敦美は困惑している。
「敦美。最近学校で何かあった?」
「――学校?」
「変な噂とか」
響華が静かにアップルティーのカップを見つめている。敦美はその凜とした横顔を眺めながら、響華と同じくらい学校に近寄っていないと、ここ最近の自身の状況に胸中で溜息を零す。
「――そういえば少し前に、電谷が水城君のことで変な噂が流れてて、多分大地族が流してる! って息巻いていたと思う」
「その電谷。今日キレて英貴達に噛みついてたわよ」
(電谷が……?)
想像がつかず眉を潜めた。響華は不快感を隠さず、その表情は酷く険しい。
「あんまり聞き取れなかったのよね。でも廊下まで電谷の怒鳴り声が聞こえていたわ。噂のことでくってかかってたっぽいのよ。電谷に事情聞いておいた方がいいわ」
敦美は頷き、空中に電脳画面を出した。電谷に連絡するが繋がらない。
「――電源切ってる」
「あー……、結構酷い目に遭わされてたから1人になりたいんじゃない。あれから時間は経ってるけど、まだ無理みたいね」
「――酷い目って、水瀬達に……?」
「まさか上位領地ランカーの人間に、卑劣な弱い者苛めをしている現場を見せられるとは思わなかったわ。藍の上位ランカーの男って最低なのしかいないわね!」
響華が怒りを滲ませて声を荒げる。
敦美は響華の剣幕に、眉間の皺を寄せた。余程のことがあったのだ。
「――響華、雷は今いないから」
「……そうだったわね。秀寿以外は愚鈍男どもで訂正しておく。秀寿がいたら英貴達を止めてたわよ。非戦闘種族に力の暴力なんてありえないわ」
敦美も嫌悪感に顔を顰める。何も攻撃手段のない電谷に、英貴達は種族能力を使ったのか。
「――雷と電谷、結構仲良いからね」
「そう、意外とね。雷族は電脳族の天敵種族なのに電谷は懐いてるわよね」
(それに比べて、電拳族長は雷のことを物凄く怖がってた。藍領地から直接実力行使で追い出したのが雷だったからかな。……懐かしい)
「――あ」
「何?」
敦美は電拳剣の顔で次元に投げ入れて放置していた花束を思い出し、次元空間から取り出した。白薔薇の花束はくたりと色あせている。
「――忘れてた」
「うわっ、何よそれ」
「――灰兼『領王』の挨拶」
「……引くわね」
「――百本あるよ。半分いる?」
「枯れてるじゃないの」
「――まだ元気な子も……」
枯れていない薔薇をより分けると、奥からメッセージカードが出て来た。敦美はそれを手に取り、無表情でじっと見つめる。響華がからかうように口角を上げた。
「あら、ナンパ? まさか通じもしない連絡先でも書いてるの」
「――似たようなものだよ」
シュッと指の間に挟んだカードを響華へ投げる。響華は受け取ったカードに口笛を吹いた。
『しじまの鐘、ひなたぼっこ』
一見、意味不明の羅列だが、2人は『黄泉オンライン』のプレイヤー名と所属団名だと察する。ここのところ覗いている攻略サイトの管理人〝よもぎ〟が、自身のプロフィールに〝ひなたぼっこ団所属〟と記載していてよく目に入る言葉でもあった。
「敦美、葛領地の『領王』にマークされてたわけね」
「――おかしい。灰兼『領王』は私を侮ってたはず……。こんなコンタクトを取ろうとする感じじゃなかったよ」
「うちに水城篁朝がいたから、アンタがゲームやっているかの一応の確認じゃない? どうせゲームやってない奴には謎の文字の羅列だし、その意味に敦美が頭を悩ませて勝手に混乱してれば、それはそれであざ笑える。でも敦美の反応を特に見る気は無い。どうでもいい――要は悪意のある悪戯ね」
敦美が微かに眉根を寄せる。藍領地を巻き込んで翡翠領地ランカー達をはめた策といい、灰兼思の印象がどんどん悪くなっていく。
そんな敦美とは対照的に、響華は真紅の瞳を細めて楽しげにカードを見ていた。
ガチャッと玄関の扉を開ける音がして、弟の仁芸がリビングに入って来る。響華と敦美の姿に驚いて固まった。
すかさず、仁芸の頭に敦美が手刀を落とす。「――ただいまは?」と凄むと、「た、ただいま……っ」と響華をチラチラ見ながら頬を赤くして、怒ったようなふて腐れた顔で仁芸は敦美の横を通り、冷蔵庫を開けて飲み物を出した。
その背中を見て敦美は嘆息すると、再び響華に視線を戻す。響華はカードをテーブルに放り投げて不敵な笑みを零した。
「灰兼『領王』、ね。興味出てきたわ。折角藍領地に来ていたんだから会っておくんだった。惜しいことしたわね」
「――響華。こんな陰険な人が好みなの……?」
「こう、自分より強くて、すかしてちょっかいかけてくるような男の横っ面って張り倒してやりたくならない?」
「――……」
同意しかねる。敦美は全くやり返したいとは思わないので無言を返す。
すると、飲み物を持ってさっさと地下の自室へ引っ込むと思っていた仁芸が、響華の近くで足を止めた。
「きょ、響華さんは、自分より強い男がタイプなんですか……!?」
「は?」
響華は脈絡のない仁芸の問いに片眉を上げた。
「……まぁ、そうね。中途半端に強い男にろくなのがいないって分かったから、私より弱い男はもう論外でいいわ。つき合うのもウンザリ。期待するのも馬鹿みたいだわ」
「――響華……風我師匠と同じこと言い出してる」
「うっさいわねぇ」
敦美が呆れを含んだ目を響華に向け、響華はそんな視線を流してふっと柔らかく笑った。
「だから、悪いわね……敦美」
「――え?」
「私、アンタより強い男の味方になることにしたわ」
響華が満面の笑みを敦美に浮かべる。これまで見たことがない晴れ晴れとした笑顔の表情だった。
敦美は真っ正面から向けられたその華やかな笑顔に戸惑いを抱く。
(響……華……?)
響華が何かを決断したと思った。
今まで『領王』の地位も、領地ランカーの立場も、普通の学生生活すら投げ捨てて、何も選ばず縛られずに自由に生きてきた響華が――……
「ねぇ、敦美。今日はこれから仕事の予定あるかしら?」
手元に戻ってきた藍領地の共用電脳の支配権を電徳遙一に渡す必要があるが、それは明日でもいい。頭の片隅で明日の予定を立てて響華に答える。
「――今日はもう無いよ」
「そう」
響華がニヤリと笑った。真紅の瞳をキラリと輝かせ、どこか悪戯をたくらんでいる表情である。敦美は長年の付き合いから、この幼馴染みが何か仕掛けてくると内心身構えた。
ふと思い立ち、敦美はポケットから仁芸の携帯端末を取り出す。『藍らふらいふ』アプリのために、『黄泉オンライン』を遊んでいる響華の姿を撮っていないことを思い出したのだ。
仁芸は携帯端末を見て、はっとすると慌てた。
「そっ、そうだ、姉ちゃん! 俺の携帯番号、別のに変更しといた! 知り合いにも新しい番号教えたし、その……姉ちゃんに連絡する人には姉ちゃんの番号教えといたから……」
最後はごにょごにょと尻すぼみになる仁芸に、敦美は頷きつつも「――私に連絡?」と首を傾げる。それだけ言うと、そそくさとこの場から仁芸は去って行った。
敦美の自室に移動して、響華と『黄泉オンライン』の画面が入るように写真を撮ってみる。ところが『藍らふらいふ』アプリは反応しなかった。
「――?『黄泉オンライン』を響華が遊ぶのが条件のはずだけど」
「もしかして、私自身より私の作ったキャラが重要なんじゃない?」
響華に言われて、響華のキャラクター〝ハナヤギヒビキ〟のステータスを映したPC画面を撮る。そうすると『藍らふらいふ』アプリのゲーム内で『終焉回避キーワード、『黄泉オンライン』炎乃響華がプレイを確認』とアナウンス表示が出た。
認識されたことにほっとする。響華を見ると、キーボードをぽちぽちと触っていた。
「――何してるの?」
「ちょっとチャットをね。……あら、プレイヤー検索で〝しじまの鐘〟って奴、本当にいるわね。後でゲーム内メール送ってみたら?」
「――響華は送らないの? 張り倒したいって言ってたじゃない」
「メッセージカード貰ったのはアンタでしょ」
直後に、敦美の目の前に受話器のアイコンが浮かぶ。電話だ。
しかし、見覚えの無い番号だったので瞬時に発信元の解析をする。
水城家からだった。敦美は目を瞠る。
(えっ……まさか水城君……!? どうして!?)
わたわたと焦る敦美の視界の隅で、響華がにんまりと笑う姿が目に入る。綺麗な真紅の瞳は喜色を滲ませ、悪戯が成功したと語っていた。
敦美は瞬間的に頬を朱に染める。仏頂面を作り、響華を睨み付けて1度深く息を吐き出す。
落ち着かなければ。仁芸が敦美の連絡先を教えたと言っていたのはこのことだろう。きっと用事があるのだ。
出来るだけ落ち着いた声音を出せるように咳払いをして、敦美は電話のアイコンを押す。
「――はい」
『も、もしもし……機國さん。み、水城です』
緊張した輝夜の声が聞こえてきて、敦美の鼓動が高鳴った。




