第7章 2つの種族はひそひそ話
領王執務室から退出した『三位』水名透と電谷は、移動中の車内にいた。
部屋では出来なかった話を電谷は切り出す。
「電脳族の〝電須佐由様〟を、水族の方々はご存知なんっすね。しかも今回のなんか隠し案件だったみたいで」
「僕も噂程度で本人にあったことなぞありませんよ。「隠し案件」のくだりは貴方に答えるつもりはありません」
――しくじった、と電谷は内心なげく。
「うわあ……じゃあ、とにかく名前出しちゃってすみませんでした。てるやんのお取り調べをうやむやにするのにちょうどいいやって短絡的に考えちゃったんっすよ」
「その点はかまいません。結果的に輝夜君から目を逸らせることには成功しました。貴方が乱入してくるまでは、獣櫛殿に全ての目を向けさせて疑いもなすりつける算段でしたから」
「うは。自領地に呼び出した客人に対する仕打ちすごいっすね……」
「いえ、そもそも我々水族が呼び込んだ客人ではないですし、藍領地に密入領していますからね。無実じゃないですよ。獣櫛殿は篁朝さん個人が内密に連絡を取られた御方で……。こちらもまさか獣櫛殿だったとは驚きました。知っていたら待ったをかけたんですが」
透は、くいっと眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら溜息を吐く。
電谷が申し訳なさそうに声を潜めた。
「ジュークシ様はうちの殿に……現電脳族族長に目を付けられて粘着されてますもんね。知ってます? うちの殿、藍領地の電脳掲示板でうさんくさかったり、怪しい奴は全員ジュークシ様って書き込みしまくってるんっすよ。殿自身はヨソの領地から好きに書き込めるからってやりたい放題! 恥ずかしいっす。なーんで殿ってば、あんなにジュークシ様を目の敵にしてんだろ……?」
「電拳剣族長ですか……。彼は『領王』様の弟君へのストーキング行為で1年前に藍領地から永久追放をされてからずっとああですね」
「あ。念のために言っときますが、うちの殿がストーカーやってたのは博士が作ったヒナちゃん! 愛してるのはロボットの方っすよ! 博士のことは創造主として父として? 崇拝してるだけなんで!」
「〝博士〟……ですか。電脳族は『領王』様の弟君が本当に好きですね」
少し、他とは違うらしいロボットが造れるという噂の『領王』の弟。
だがロボットなんて機械族でなくても作れるご時世で、多少出来のいいロボットに価値があるとは透には思えない。
だいたい『領王』もロボットは造れるし、戦闘で使用している。
姉と違って電脳族の力は受け継いでおらず、闘うことも出来ない敦美の弟は、ロボットが作れるだけの平凡な機械族でしかないのだ。
しかしそのどこにでもいる中学生に過ぎない彼を、何故か電脳族は『領王』の姉よりも熱狂的に崇拝している節がある。
「――喫茶店の件、単純に獣櫛殿狙いが本命だとありがたいのですが。獣櫛殿を狙っての、別の人物のあぶりだしが電拳族長のたくらみだと厄介です。
その場合、複数の本命が予想されます。電須殿に、篁朝さん、下手をすれば輝夜君。
そもそも電拳族長は今どこの領地で暮らしているんでしょうか。不明のせいでどこの領地や種族に組みしているのかわからないですね」
「あのー、ナー様。『マスター』に協力を仰いだりとかは――」
「あのようないい加減な方に、水城家を紹介するなんてありえません!
当初は風我様の弟子の中で1番真面目な方だと思ってましたが、間違いでした。年々雑になる藍領地の防衛姿勢は無視できません! 他領地の侵攻を許す前に、何としても再度の闘技大会開催を実現しなければ」
意気込む透の機嫌を隣で窺いながら、電谷は探るように言う。
「いやぁ、しかし偶然とは恐ろしいというか。俺の行きつけの店で、まさかお兄さん方が待ち合わせをされていたなんてびっくりなんですよ」
「偶然で輝夜君を連れてこられた獣櫛殿の方が仰天したと思いますがね……」
苦笑いを浮かべた透に、電谷は真剣な口調で詰め寄る。
「あの、俺はまだ水族の方々に雇っていただけるんでしょうか? 雇い続けてもらえるなら、これから先も詳しい事情は聞かず〝水城篁朝の記録映像を極力残さない〟という依頼をこなしていきます。軽率な行動で不評を買ったのは充分承知しているんですが、使っていただけるなら他の依頼も喜んで引き受けます」
「呆れることはありましたが、不評というほどのことでもありませんでしたよ」
透の柔らかな答えに電谷は一安心した。
「良かったっす! 俺にとって生まれ育ったこの藍領地が故郷なんっす。骨を埋める場所って思ってるんで! やっぱ『マスター』がいてもそれは別って言うか、この領地は水族の土地だって思うんで水族の一員になったつもりで働きたいんですよ!」
満面の笑みで喜ぶ電谷に、透は意図をはかるように尋ねた。
「ずっと何も事情を聞かずに依頼をこなすのは不安になりませんか?」
「いーえ。あ、でも……や、何でもないです!」
「聞かせてください」
「え!? いやーそのぉ……ここだけの電波野郎の妄言ってことで聞き流してくださいよ……?」
電谷は頭を掻きながら遠慮がちに呟いた。
「てるやんの親御さんは皇族オタ……?」
「は?」
予想だにしなかった単語が飛び出し、透もさすがに面食らう。
「歴史の教科書には載らないマニアックな話っすけども、皇族御三家の月族で〝輝夜〟ってネーミングがたまにあるんです。皇族序列落ちした際に名前を改名させられるんですけど、その時に使われる名前として。まあ、改名用の不名誉な名前なんで皇族以外が使っても不敬にはならないんですが、ちょっと皇族の歴史に詳しい俺としては引っかかる名前だったり……ハハ」
「……」
笑う電谷を、透は冷ややかににらんだ。
「――さては、それが理由で輝夜君と接触しましたね」
「え?! や、やだなぁ、ちょっとした好奇心じゃないですか! いや、ホントすんませんって!! もう何も探りません聞きません!!」
透の機嫌が急降下したのを悟り、電谷は狭い車内で、はいつくばるように頭を下げたのだった。




