開戦
凍てつくような緊張感が辺り一帯に広がっている。
それもそのはずだ。
今日は魔女達にとって大切な日、グリーム王国の城を攻める日なのだから。
僕とアドア、そしてヴェイルさんは城下町のすぐ近く、城が見える平地に来ていた。
あの話し合いがあってから3日経った今日、あと10分後には戦争が始まる。
今はムトさんを中心に魔女の中でも偉い人が作戦の確認をしている。
一度は全員に話してあるから、あくまでも確認だけで何か変わったりということは無いらしい。
だから僕達の役目はもう決まっている。
それはカエデを連れ去ること。
この役目を聞いたのは話し合いがあった後、ヴェイルさんの家に帰ってからのことだった。
「さっきムトと話してきたことなんだけど、あたしとロアちゃんとアドアちゃんは他の魔女とは別行動することにしたわ。そしてその目的はカエデちゃんを誘拐すること」
「どういうことですか!?」
突然のことで僕は驚きを隠せず食い気味に聞く。
戦争の間にどこかで抜け出してカエデに会いに行くという計画を考えていたけど、正式な役目としてカエデに会えるなら願っても無いことだ。
「ロアちゃんはこの戦争であたし達魔女は何を目標として戦うと思う? リア様を弔うための戦いと言っても、ずっと戦い続けるわけにはいかないわ。どこかで終わりにしないといけないのよ。でもこっちに明確な勝利条件が無いと終わりの見えない戦いをすることになる」
「だから終わらせるために目標がいるってことですか?」
「そうよ」
この戦争の目標……。
ムトさんは国に復讐をするためにこの戦争をするって言っていた。
復讐は何が出来れば達成出来たと言えるんだろうか。
僕がムトさんだったら、大切な人を殺されてしまったとしたら、殺した相手を殺すまでその憎しみは無くならないと思う。
今回で言うとその相手はケイトだ。
つまり一番早く戦争が終わる目標はケイトを殺すというもの。
一応は僕の兄だけど、向こうは僕を殺そうとしてくるようなやつだから問題は無い。
「ケイト・ノーブルを殺すこと。それが目標ですか?」
「それも考えたけど違うわ。それだとこの先もっと魔女が生きにくくなるじゃない。あたし達にはその覚悟があるからいいとしても、あたし達の子供とか孫にまで影響が出るのはかわいそうだわ」
一瞬、「ヴェイルさんには結婚する相手がいるんですか?」と聞きそうになったけど、真剣な話の途中だから止めておいた。
ヴェイルさんの言った通り、この戦争が終わった後、魔女は今まで以上に嫌われるだろう。
王国に戦争を仕掛け、国王を殺した重罪人達として。
ヴェイルさんの言い方だと他の目標ならそうならないみたいだけど、僕には思いつかない。
「じゃあ、目標って何なんですか?」
「国王を倒す。そこまではロアちゃんと一緒よ。でもここからが重要なの。2人には悪いと思っているけど、あたし達はカエデちゃんを利用することにしたわ」
「……どういうことですか?」
ヴェイルさんがカエデに危害を加えるようなことをするとは思えない。
でももしも、カエデに対して良くないことをするつもりなのなら――
「まあまあ、最後まで話を聞きなさい。今のロアちゃんの顔、すごく怖いわよ」
「…………すいません」
「あたしも言い方が悪かったわ。利用するよりも協力してもらうっていう方が正しいわね。カエデちゃんに魔女側の味方をしてもらうの」
利用と協力では意味が大分変わると思うんですけど……。
僕は無意識の内に鋭くなっていた目を意識して元に戻す。
「国王をただ倒しただけだと国民があたし達を悪者扱いするのは当然だわ。だからカエデちゃんから国民に本当に悪いのは国の方だって言ってもらうの。ついでに魔女と仲良くしてる所を見せつけたりして魔女の株を上げてもらうわ」
「ちょっと待ってください。いくらカエデが勇者だとしても、国民に対してそんなに影響はないと思います」
カエデがこの世界に召喚されて1ヶ月くらいは経ったけど、まだ勇者らしいことは何1つしていない。
他の国では勇者の召喚に成功した時にそれを祝う式典が行われているらしいけど、グリーム王国はやっていない。
だからそもそもカエデが召喚されたことを知らない人だっているはずだ。
そんな中、カエデが国民に何か言っても効果は無いと思う。
「ロアちゃんは知らないと思うけど、ここ最近で勇者様の人気が跳ね上がっているのよ。それにカエデちゃんのための祭りも3日前に開かれたし、時間が空いてる時は城下町をウロウロしてるらしいから、この辺りの人ならほとんど全員カエデちゃんのことを知っているはずよ」
「いつの間にそんなことが……」
「ロアちゃんがここで修行してる間にね。まあ、だからあたし達にとってカエデちゃんに協力してもらうことは重要なのよ。協力してもらうように説得するなら知り合いの方が絶対に良い。だからロアちゃんとアドアちゃんが選ばれた。でも2人だとカエデちゃんに辿り着けないだろうからあたしも入れて3人でカエデちゃんの所に行くの」
そういうことならこの作戦に納得だ。
何と言ってもヴェイルさんの力を借りることが出来るのはありがたい。
元は僕とアドアでカエデに会いに行くつもりだったから少し心配だったけど、ヴェイルさんがいるなら安心だ。
「作戦はわかりました。僕はそれでいいですよ。アドアもいいよね?」
「もちろんです! カエデ様を助け出しましょう!」
「2人共これでいいのね? じゃあ、詳しいことがわかり次第また教えるから、それまではとにかく修行を続けなさい。少しでも強くなっておくのよ」
「「はい!」」
あれから3日、あっという間に過ぎていった。
僕達は必死に修行をがんばった。
その成果がどれ程のものなのかはわからないけど、出来ることはちゃんとやったから不安は無い。
「ロアちゃん、アドアちゃん、そろそろ始まるわよ」
隣に立つヴェイルさんの顔はいつになく険しい。
国に戦争を仕掛けるのだから当然と言えば当然なのだけど。
集団の前の方に見えるこの戦争の魔女側のトップの様子は前と変わりない。
戦争の合図を出す重要な役目なのに、その様子からは緊張や焦り、怒りすら感じない。
むしろ少し楽しそうに頬を緩めながら目を閉じている。
数十秒後、パッと目が開かれる。
そこからはさっきまでとは違い、強い決意と憎しみ、負の感情が溢れていた。
「魔導士魔法『フレイム』!!」
ムトさんの手のひらから放たれた火の弾は城に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
手のひらから飛んだとは思えない程大きいそれは、城の一番上にある部屋、王がいるであろう所に向かっている。
そしてそれが城に触れた瞬間――山が噴火したかのような激しい衝撃と雷が落ちたような轟音が辺り一面に響く。
誰も予期していなかったであろう攻撃に城の中から悲鳴が聞こえる。
ムトさんはそれを歪んだ笑顔で聞きながら魔女達に告げる。
「開戦だっ!」




