戦争
さっきまでとは違う理由で部屋が静まり返る。
ムトさんがさっき言った言葉はそれだけの効果を持っていた。
「ムト、冗談なら笑えないぞ」
部屋のどこかから聞こえてくる声。
冗談だと思ってしまうのも無理は無いと思う。
普通の人なら、国と戦争をする、なんてことを言いだしたりしない。
「お前の言う戦争というのは魔女全体を巻き込んでするものだろ? これだけの魔女を集めたんだからそのつもりなのはわかる。でも戦争をして何になる? 無駄な死体が積まれていくだけだろ」
またどこからか声が聞こえてきた。
今度は本気だと思いながらもそれを否定する意見。
もっともな意見だと思う。
魔女魔法は強いけど、国の兵士だってそれなりの強さは持っている上に数が圧倒的に多い。
魔女側にだって少なくない犠牲が出てしまうだろう。
やっと状況が飲み込めたのか、今までムトさんの言葉に唖然としていて静かだった部屋がざわめき始める。
そんな中、ヴェイルさんの声が響く。
「ムトの話が終わる前に勝手に話し始めないでちょうだい。これじゃあ、何もわからないままだわ」
「……ヴェイル、ありがとう」
2人の言葉にムトさんが反応するより前に、ヴェイルさんが他の人達を止める。
ヴェイルさんが止めていなかったら、このまま各々が好き勝手に自分の意見を言っていただろう。
「それじゃあ、何でこんなことを言い出したかについて話そうと思う」
再び静かになった部屋でムトさんは話し始める。
他の人達も取りあえずは最後まで話を聞くことにしたみたいだ。
「まず、ロアの兄、ケイトが新しい王になったことはみんなも知っていると思う。これも知っているとは思うが、ケイトは魔女が嫌いだ」
ここにいる僕以外の魔女達が一斉に首を振る。
ケイトの魔女嫌いは僕も知っていることだけど、魔女の間では常識らしい。
「ここからは知らないヤツもいるだろうが、ケイトは王になってから魔女狩りを始めている。最近までは俺達が見つかることもなく済んでいた。だが、一昨日の昼に1人殺された」
魔女達に動揺が走るのが見える。
話を聞くために静かになっていた部屋が一瞬の内にまたざわめきだす。
落ち着いている人は1人としていない。
魔女の1人が殺されたことは誰も知らなかったんだろう。
僕は魔女狩りの時点でもう知らなかったけど。
王になったばかりで忙しいはずのこの時期に、やらなくてもいい魔女狩りをやるなんてケイトは馬鹿なのかな。
「もうわかってるかもしれないが、その殺された魔女は――」
「リア様ね」
ムトさんの言葉を奪う形でヴェイルさんが続きを言う。
リアさんと言うのは今、唯一ここに来ていない魔女の人。
だから殺された魔女がその人だということは誰でもわかることだ。
「そうだ。ここまで言えばみんなもわかるだろ? 俺が何で戦争をする、だなんて言い出した理由が」
「…………」
「復讐だっ! リアを殺したこの国に魔女の力を教えてやるんだよ!」
今までのムトさんとは変わって、怒りが満ちている声で叫ぶ。
リアさんがどんな人なのか、僕は知らない。
でもムトさんにとって大切な人だったことはこの様子を見ればわかる。
「みんな! 俺のために力を貸してくれ!」
ムトさんはその場で勢いよく頭を下げる。
その様子を僕達はジッと見つめているだけで、誰も返事をしない。
どうするべきなのか迷っているからだと思う。
隣に座っている人と顔をチラチラと見ている人もいる。
ほとんどの人が誰か何か行動を起こすのを待っているみたいだ。
きっと最初の行動を見てから自分はどうするかを決めようとでも思っているのだろう。
そんな中、ヴェイルさんが口を開く。
「いいわ。その戦争に手を貸してあげる」
「えっ…………ヴェイルさん、何言ってるんですか!? お母さんとの約束で復讐はしないって……」
あんまり大きい声を出したつもりは無かったけど、周りが静かだったから声が響く。
部屋にいる人達が僕の方を見る。
そしてヴェイルさんも。
「別に復讐しようだなんて思って無いわよ。あたしはちゃんと考えた結果、この戦争に手を貸すって言ってるの」
復讐のためでは無いと言うヴェイルさん。
じゃあ、何のために? リアさんのため以外に何か理由があるとは思えないけど。
「この戦争はやるべきだわ。ここで国に何も仕返さないと、向こうは調子に乗って魔女狩りを今まで以上に進めるはずよ。戦力も今より増やしてね。そうなったらこっちの被害も増えていく。それなら今、叩いておくべきだわ」
なるほど、そういうことか……
確かにケイトなら自分の思う通りに上手くいけば、調子に乗ってそうする可能性は高い。
ケイトはプライドが高いし、負けず嫌いだし、すぐ人を馬鹿にするし。
「ヴェイル、お前……」
「リア様のことで何も思わない訳では無いわ。でも戦う理由なんて大体が自分のためでしょ? ムトだって自分の気持ちが抑えられないから戦争をするだけ。リア様は争いが嫌いなお方だったわ。本当にリア様のためを思うなら見つからない様に静かに暮らすべきよ」
「…………」
何か言おうとしたムトさんだけど、ヴェイルさんの言葉を聞いて黙る。
それが正しいとわかっているからだろう。
「あたしはあたしのために戦う。それだけよ」
ヴェイルさんははっきりと言い切る。
僕も戦う理由は人それぞれだと思っているけど、ムトさんとしては魔女のみんなにリアさんのために戦って欲しいんだと思う。
リアさんを弔うためにも。
「……私も戦う! 人のことを気にするんじゃなくて、最初から自分がしたいようにすれば良かったね。私は魔女を嫌うこの国が嫌い。そしてこの国を統べる王族が嫌い。だから戦う。理由なんてそれで充分!」
「ムト、俺はリア様のために戦う。リア様には昔からお世話になってたんだ。その恩を返すためにも俺は戦う!」
それから口々に戦いに参加すると言っていく。
ヴェイルさんの言葉が効いたみたいだ。
そしておそらく部屋にいるほとんどが参加することを示した。
まだ何も言っていないのは僕とアドアだけだ。
アドアは付き添いで来たようなものだから、何か言う必要は無いと思うけど、僕は違う。
魔女としてこの場にいるのだ。
それなら僕は言わなければならない。
この戦争に参加するのか、しないのか、を。
「あたしがやるからって、ロアちゃんは別にやらなくてもいいのよ。みんなが言うように自分が思うように行動すればいいわ」
自分が思うように……
僕はリアさんのことを知っている訳では無いから、復讐のために戦うなんてことはない。
でも僕はこの戦争に参加する。
これは僕にとって良い機会だ。
この戦争に乗っかればカエデのいる城に辿り着ける。
そして魔女達が暴れている間にカエデに会いに行けるかもしれない。
今の僕1人の力ではカエデに会うことも出来ない。
でもこの戦争に参加すれば上手くいくかもしれない。
僕はカエデのことを守るって約束した。
だから僕は――
「僕もやります!」
どんな手段を使ってもカエデの所まで行ってみせる。




