魔法の天才
「も、もう無理ですぅ……」
「はいはい、『リザレクション』」
走り始めて数時間、アドアはすでに何回か体力回復の魔法『リザレクション』を掛けてもらっている。
そしてその時に気づいたことがある。
それは魔女が魔女魔法以外の魔法を使う時のことだ。
本来なら魔法名を言う前に何の職業の魔法かを付けないと魔法の効果が弱くなる。
例えば戦士魔法『サークルエッジ』と唱えた時と『サークルエッジ』と唱えた時では、戦士魔法を付けた方が威力が高い。
何でそんなことになるかは未だにわかっていないけど、それが正しいことは実験で分かっている。
そのはずなのにヴェイルさんは魔法を唱える時に魔法名しか言っていない。
だからそれは魔女の能力の1つだと僕は考えた。
何か考えてないとずっと同じ所を走り続けるなんてやってられないから、僕はこうやって色々と考えながら走ることにしている。
だから次は魔女の存在について考えようと思う。
今の世の中で魔女は全ての人に嫌われている。
このグリーム王国程ではないにしろ、他の国でも嫌われている。
それは何でだろう?
まず考えられる理由は、僕が産まれるより前に魔女が何か大きな事件を起こしたから。
大量殺人だとか、国を滅ぼしただとかの一生忘れられないようなことを魔女がやった。
だからその子孫である他の魔女も危険な存在として見られている。
……うーん、ないね。
もしそうなら嫌われるというよりは恐れられる気がする。
今は嫌われているけど恐れられている訳ではない。
僕もヴェイルさんに会うまで魔女魔法の強さを知らなかった。
他の人達もおそらくは魔女魔法についてほとんどわかっていないと思う。
だから魔女の強さのせいで嫌われているというのは多分ない。
じゃあ何で嫌われているのだろう?
次に考えられる理由は、魔女の人格には問題があるから。
人を襲ったり、無意味に生物を殺したりするとかの普通じゃない行動をして、人々に迷惑を掛ける。
うーん、これもないかな。
僕の知っている魔女はヴェイルさんだけだからはっきりとは言えないけど、頭がおかしかったり、性格が歪んでいたりということはない。
おそらく今のヴェイルさんには国を滅ぼすくらいの力があるはず。
それでも復讐をしようとは考えていない。
それは力の使い方がちゃんとわかっている証拠だ。
それに魔女は出来るだけ人と関わりを持たないように暮らしているはずだから、人に迷惑を掛けてしまうことはほとんどないはず。
それなのに何で嫌われているのだろう?
「ロアちゃん、そろそろ昼ご飯にするわ」
僕が考え込んでいるとヴェイルさんから午前の修行の終了が告げられた。
確かに朝から始めて、もうそろそろ昼になっているころだろう。
何かを考えていると時間がすぐに過ぎるからちょっと得した気分だ。
「アドアはどこですか?」
「アドアちゃんならここにいるじゃない」
ヴェイルさんが指差すのは僕の隣。
そこを見ると、アドアがぐったりして倒れていた。
「アドア!? ちょっとこれ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけだわ」
「…………」
「返事しないんですけど!」
しゃがみ込んでアドアを揺する。
アドアの体には力が入ってなくて僕が動かした方にそのまま動く。
「ロア様、私はもう無理です……」
本当に無理そうな声だ。
もう自分の力だと動けなさそうだったから、僕がおんぶしてヴェイルさんの家まで運ぶことにした。
家に着くまでの間、ヴェイルさんがニヤニヤしていたけど僕は気にしない。
家に着くと当たり前かのように僕が昼ご飯を作ることになった。
無言のヴェイルさんに食べ物を渡されて台所まで連れて行かれた。
そこで僕は悟った、ここにいる間は僕がご飯を作るんだと。
それから30分、僕は普通の一般的な昼ご飯を作った。
「お待たせしました。どうぞ」
「さっそくいただくわ」
「ロア様、ありがとうございます」
ご飯が出来上がった時にはアドアも話しが出来るくらいには回復していた。
僕は1回も『リザレクション』を掛けてもらってないけど、アドアは10回以上掛けてもらっていた。
同じ魔法を間隔をあまり空けずに何回も掛けると効果が薄くなる。
だからアドアは体力の回復が最初の時よりも遅くなっている。
それに元々の体力が少ないから回復してもすぐに無くなるみたいだ。
やっぱりああいう体力を付ける訓練は今までにやったことがないのかもしれない。
「ロアちゃんは思っていたよりもかなり体力があるわね。冒険の時に見た感じだと、一時間も走れば体力が無くなると思っていたんだけど……」
「自分でもこんなに走れるとは思っていませんでした。城にいた時よりも体力が付いたみたいです」
ヴェイルさんの『リザレクション』があるから、今日は訓練で走っていた時よりも速めに走ったけど、結局最後まで体力が残った。
レベルというものがどんな基準で付けられているのかは知らないけど、やっぱりレベルが上がれば体力も付いているのかな?
「それにしてもあの体力はおかしいと思うわ。何かずるいことはしてないわよね?」
おいしそうにご飯を食べながらヴェイルさんは僕をジッと見る。
もちろんそんなことはしていないし、やろうとも思わない。
そんなことをしたらせっかくの修行の意味が無くなる。
「もちろんですよ」
「それなら……昨日の儀式のせいかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「ロアちゃんが倒れた後、本で調べてみたら儀式のやり方が違ったのよ。本当なら魔女の血を薄めないといけなかったみたいね」
やっぱり違ったのか……
でももう終わってしまったことだから仕方ない。
「もう済んだことだからいいじゃないですか」
「それがね、血を薄めないと、その血の提供者に体の性質が似るらしいのよ」
「……?」
体の性質というと、太りやすいとか、敏感だとか、そういうことしか思いつかない。
でもそれはヴェイルさんの言い方的に違う気がする。
「簡単に言えば、ロアちゃんはあたしと同じ、魔法の天才になったっていうことよ」




