脱出
「……アドア? 何でここに……」
ここは決められた兵士しか入れない場所。
例え面会だったとしても、アドア1人で来られる所ではない。
「それは後で説明します。取りあえず今はここからでましょう!」
時間が無いのか、アドアは焦っているみたいだ。
気になることは多いけど、せっかくの逃げる機会を見逃すわけにはいかない。
「わかった。それで僕はどうすればいい?」
どうすればいいかを聞いたけど、この牢屋の中で僕ができることなんて限られている。
だから多分、アドアが何かをしてここから出してくれるのだろう。
その僕の考えは半分当たった。
「今から黒意石の効果を無くすので、ロア様は魔法で扉を壊してください」
黒意石の効果を無くす?
そんなことができるのだろうか。
もしできるのなら、こんな牢屋は作らないだろう。
でもアドアはこんな状況で冗談を言う子ではないのはよく知っている。
だから僕はもちろん、国の建築士も知らないことをアドアは知っているということだ。
それについても後で聞かないと。
今はそんなことをしている場合じゃないみたいだからね。
「わかった。やってみよう」
黒意石はこの世界において最硬度の石。
魔法による攻撃を無効化するという効果を無くしてもそれは変わらない。
魔法を使っても僕では壊せるかどうかは微妙なところだ。
でも壊せないと僕はここから出られない。
それならやるしかない。
「では……どうぞ」
言葉に少しの間が空いたことから、その時に何かやったことがわかる。
でもその間はとても短かった。
やっぱり何をやったのか気になるけど、それは後回し。
僕は今の僕ができる最高の一撃を放つ準備をする。
「戦士魔法『エンチャントパワー』。戦士魔法『エンチャントパワー』」
騎士との戦闘でわかったことだけど、強化系の魔法を2回掛けても次の日に筋肉痛になるくらいで済むみたいだ。
それならこの場面で使わないなんて有り得ない。
「今は剣が無いから……」
戦士魔法は剣での戦闘に特化しているから、剣無しで使える魔法は限られている。
剣が壊されたり、剣が手元に無かったりした時のために何個かあるけど、それらはやっぱり剣を使う魔法よりも威力が弱い。
でも今回は剣が無いのだから仕方ない。
「戦士魔法『インパクト』!!」
僕は狭い牢屋の中で出来る限りの助走を付け、拳を引き、黒意石の扉に向けて放つ。
戦士魔法『インパクト』はただ強く殴るだけの魔法。
もちろん使えば普通に殴るよりはるかに威力がある。
――でも魔法によって加速された拳が黒意石に触れても、壊れることはなかった。
「それならもう一回! 戦士魔法『インパクト』!」
2回目の攻撃でやっと扉にひびが入る。
この調子だと後1回で壊れそうだ。
僕は血が滲み出した拳に力を入れ直してもう一回殴る。
「戦士魔法『インパクト』!!!」
黒意石の扉は3回の攻撃に耐えられず、大きな音を立てて崩れる。
見張りの兵士がいるならこの音で駆けつけるはずだけど……
僕は牢屋から出て確認をする。
誰もこっちに向かってくる様子は無い。
「ロア様、急ぎましょう! 出来るだけ早く城の外へ!」
僕とアドアは地下から城の中に続いている階段を駆け上がる。
地上に上がるまでそれ程時間は掛からなかった。
質問をするくらいの時間はあったけど、まずは逃げることが先だと思ったから何も話さず黙々と走り続けた。
城の中へ入るための扉の前に着くとアドアは足を止めた。
そして急がないといけないはずなのに、もじもじとして動かない。
「どうかした?」
「ロ、ロア様、ここからは私と一緒にこれを被ってもらえますか?」
そう言ってアドアが取り出したのはマント。
見た感じだと店で売っていそうなただの普通のマントだ。
「このマントには透明化の効果が付いているので、この中なら誰にも気づかれずに外に出られるはずです」
「へぇ、便利だね。じゃあ、僕の分を貸して」
「……このマント、1つしか無いんです」
あぁ、そういうことか、だからアドアはもじもじしてたのか。
一緒に被るというのは同じ種類のマントを2人とも被るんじゃなくて、1つのマントを2人で被るということだったのか。
マントは1人用。
いくら子供だからといっても、一人用のマントを2人で使うにはかなり体を寄せ合わないといけない。
乙女なアドアはそれが恥ずかしいのだろう。
だけど安心して欲しい。
「わ、わかった。じゃあ、行こうか」
それは僕もだ。
アドアとは一緒に冒険をした仲だとしても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「は、はい! では……」
アドアは遠慮しながら僕にマントを被せる。
そしてその中に自分の体を潜り込ませる。
思っていた通り、2人で被るのはかなり厳しい。
普通に立っていては足が出てしまいそうだ。
だから僕は恥ずかしいのを我慢してアドアを抱き寄せる。
「きゃっ!」
何も言わずにやったからか、アドアは驚いて声を上げる。
そして少し暗いマントの中でもわかるくらい顔を赤く染める。
僕も我慢しているのだからアドアも我慢して欲しい。
「行くよ」
僕はアドアを抱き寄せたまま扉を開く。
そして外に向かってゆっくりと歩き出した。
幸いなことに廊下に人は少なく、あまり警戒せずに出入り口まで行くことが出来た。
まぁ、そこまで行く中で、アドアの匂いや感触にドキドキさせられたのは男の子だから仕方がない。
そう、仕方がないことなのだ。
「アドア、これからどうするの?」
まだ安全ではないので、マントを被って密着した状態まま小声で聞く。
城から出ただけでは逃げたことにはならない。
安全な隠れ家がないと僕はまた捕まってしまうだろう。
ジトンの魔境に行こうにもその道中で捕まってしまう可能性が高い。
アドアもそれはわかっているはずなので、何かいい案を持っているに違いない。
アドアは未だに赤い顔でこっちを見ながら言う。
「これから私の知り合いの魔女に会ってもらいます」




