傲慢
ドン、ドン、ドン。
ん?
何かの音が聞こえる。
もう朝になったのだろうか。
起こすなら普通に声を掛けてくれればいいのに。
僕は眠気が覚めない体をゆっくりと起こす。
ドン、ドン、ドン。
起きたのに音が止まない。
僕はカエデとアドアが寝ている方を見る。
そこには今にも起きそうな2人の姿があった。
つまりまだ寝ている。
僕は周りを確認する。
周りと言っても洞窟の中だから確認するような所はほとんど無い。
寝る前と全く同じ光景で、違和感を覚えるなんてない。
ドン、ドン、ドン。
音が段々大きくなっている。
これ、外から聞こえてきてる?
僕は洞窟の出口に目を向ける。
ドン、ドン。
音が止む。
僕は何だか嫌な予感を感じながらも出口を見続ける。
数秒たっただろうか。
さっきまでとは違って大きい音を立てずに、のそのそと大きなクマが入ってきた。
普通のクマと比べて大きさも異常だけど、他にも違う所がある。
それは爪と牙。
僕の知るクマは口を閉じた状態で牙が見えるようなやつではない。
一メートル近く伸びている爪を持っているやつではない。
つまりコイツはクマ型モンスター。
クマは僕の方を見て、ジッとしている。
「お、おはようございま~す」
「ガァァァアアア!!」
「だよね!」
僕があいさつをすると、クマはお返しとばかりに咆哮を上げる。
さすがにこれをクマからのあいさつだと思う程、僕はお気楽な頭をしていない。
「な、なんですか!?」
「ん? ロア君?」
クマの咆哮でアドアとカエデが起きる。
カエデがこれを聞いて僕の名前を出したのかは後でゆっくり聴くとしよう。
起きたばかりの2人に状況の説明がいるかと思ったけど、見ればわかるはずだから説明はしない。
「カエデ、アドア、3人で倒すよ」
2人は即座に起き上がって戦闘態勢を取る。
クマは見た感じだと昨日の黒ウサギより強そうだ。
でも黒ウサギはカエデと僕の2人で倒せたから、今回も油断しなければ大丈夫なはずだ。
「わかっているとは思うけど、油断はし――」
クマの爪が僕の腹を貫通する。
「え?」
一瞬の出来事だった。
2人に忠告しておこうと後ろを振り向いた、その一瞬でクマは僕に近づき、その長い爪で僕を貫いた。
僕とクマとの距離は5メートルはあった。
だからといって油断をしていた訳ではなかった。
それなのに今、僕はこうして串刺しにされている。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
アドアの悲鳴が洞窟に響く。
カエデは呆然として僕を見ている。
不思議なことに痛みはあまり感じない。
あまりに酷い痛みに感覚が麻痺しているのかもしれない。
クマは僕の刺さっている腕を振るった。
僕は何の抵抗も出来ず、壁に叩きつけられる。
「治療師魔法『ヒール』っ!」
アドアは地面に倒れた僕に回復の魔法を掛ける。
血の勢いが少し和らぐ。
その様子を見て、アドアは重ねて魔法を唱える。
「治療師魔法『ヒール』、『ヒール』、『ヒール』、『ヒール』!」
5回の『ヒール』で血が完全に止まる。
だけど、開いた穴は元には戻らない。
それに血を流し過ぎた。
体に力が入らないし、意識もはっきりとしない。
クマは立ち上がるのに時間が掛かっている僕を無視して、カエデとアドアの方に向かう。
そこでカエデはハッとして魔法を唱える。
「ゆ、勇者魔法『バリア』ッ!」
カエデらしくない程、焦って防御の魔法を唱える。
カエデとアドアを覆うようにしてできた壁をクマは斬りつける。
そのたった一度の攻撃で勇者魔法で作った壁にひびが入る。
そしてクマがもう一度斬りつける。
壁は簡単に砕けて消える。
クマは無防備になったカエデとアドアを襲う。
「『バレット』!」
クマが振り下ろすその腕に『バレット』をぶつける。
クマの腕は勢いを弱めただけで、そのままカエデを切り裂く。
「あぁっ!」
勢いを弱めた分、致命傷にはなっていない。
でもカエデは痛みに耐えられず蹲っている。
クマはそんなカエデを蹴り飛ばし、壁に当てる。
カエデは僕と同じように何の抵抗も出来ないで壁に叩きつけられる。
カエデはぐったりとしたまま動かない。
僕はそんな光景をただ眺めることしか出来なかった。
続けてアドアも壁に投げつけられる。
アドアは頭から血を流して倒れる。
僕は動くことが出来ない。
「カエデ……アドア……」
こんなはずじゃなかった。
動かない2人を見て僕は思う。
こんなことになるはずじゃなかった。
大変な思いをしながらも魔境で戦っていって、強くなって、城の兵士なんて傷をつけずに倒すことが出来るようになる。
馬鹿な僕の甘い妄想。
僕は現実が見えてなかったみたいだ。
今までの冒険ではモンスターに苦戦することなんて無かった。
初めての冒険でもほとんどが思った通りにいった。
だから勘違いしたのだ。
僕はすごい人だ、って。
本当の僕はただの魔法がちょっと使える子供。
すごいことなんて何にも無い。
「グルルルルル」
クマが僕の前までやってきている。
僕に防ぐ手段なんて無い。
つまり僕は死ぬ。
カエデとアドアも死ぬのだろうか。
僕に関わったせいでこんな所で死んでしまうなんて本当に申し訳ない。
でも、もうどうすることも出来ない。
僕には何も出来ないのだ。
クマが腕を振り上げる。
――そのとき、視界が輝いた。
「魔女魔法『マインド』!」
光が収まったその視界にはクマはいなかった。
その代わりに真っ黒な服に身を包んだ大人の女の人がいた。
唖然とする僕を見つめながら女の人は魔法を唱える。
「『ワイドハイヒール』」
それだけで、カエデ、アドア、僕の傷が一気に治っていく。
僕に開いていた穴も少しずつ塞がってきている。
信じられない、こんなことが出来る人がいるなんて……
「君は弱いんだから無理しちゃだめよ」
女の人はそう言うと洞窟から出て行った。
僕は何も言えずにただ立っていた。
そして時間が経ってようやく呟く。
「そうだ、僕は弱いんだ……」




