逃亡
「さっきは見苦しい所を見せてしまい本当に申し訳ない。出来れば僕が泣いたという記憶は脳から消去して欲しい、というか絶対して」
「いや~、泣いてるロア君、かわいかったな~。ねぇ、もう一回抱きしめてもいい?」
「つ、次は私が……」
「…………」
僕は泣いた。
それはもうたくさん泣いた。
泣き止んだときに思ったことと言えば、恥ずかしいの一言に尽きる。
僕は人前で泣いたことなんて今までに無かった。
他人に弱い所を見せたく無かった。
それに泣きたい様なことがあっても、涙を見せられる様な人がいなかった。
そんな僕が泣いてしまったのは、短い間でも一緒に冒険をしてきたカエデとアドアのことを信頼しているからなのか、ただ単に城の外にいるからなのかは考えない。
考えたらまた恥ずかしくなりそうだ。
「あ、あの、ロア様? 私の胸で泣いてもいいんですよ?」
「ねぇ、2人共、僕の話聞いてた!? 僕は泣いてない! いいね?」
「恥ずかしがるロア君もかわいい!」
「お願いだから聞いて!」
アドアもカエデも僕の話なんて全く聞いていない。
僕達はこんなことをしている場合ではないのに……
「僕についてくるんでしょ? じゃあ、そろそろ逃げる場所について説明するよ」
「はーい」
「……わかりました」
カエデはいつものように、アドアは少し残念そうに返事をする。
僕はようやく静かになった部屋でこれからのことを話す。
「僕は城に帰らない。これから逃げるつもりだ。逃げた場所で国の兵士に捕まる訳にはいかない。僕は出来るだけ見つからないようにしたいと思う」
国の兵士と戦ったとして、僕達なら大抵の人を撃退できると思う。
でもカエデが魔法を使えば、その大抵の人は一瞬にして冷たい体になってしまうだろう。
僕はカエデとアドアに迷惑を掛けたくないと思っている。
もしも僕が捕まったときに、国に保護をしてもらえるように、2人には罪になるようなことはさせない。
だからカエデと人間は絶対に戦わせない方針でいこうと思う。
「国の兵士に見つからない場所は、まずグリーム王国の外。他には誰かの私有地。そして魔境の中。このくらいしかないと僕は思う」
自分で言っておいてだけど、この中で僕達が選べるのは一つしか無い。
グリーム王国から出るのはカエデとアドアのためを思うとまずい。
誰かの私有地は知っていればいいんだけど、生憎僕の知り合いに私有地を持っているようなお金持ちはいない。
つまり――
「この中で僕は魔境の中を選ぶ」
「魔境の中に逃げるんですか!?」
魔境の中は強いモンスターがいる上、色々と不便なため魔境で生活する人は極稀にしかいない。
カエデの強さを知らない、国からすればそんな所にいるとは思わないだろう。
ちなみに僕一人だった場合、冒険者を雇って魔境で過ごすつもりだった。
魔境で自分を鍛える手伝いをして欲しいという依頼は実際にあるようで、いい家の息子や駆け出しの冒険者が多いらしい。
「私は楽しそうだから賛成! 今までより冒険って感じだね」
「カエデ様……」
楽観的なカエデを心配そうな目で見るアドア。
アドアが心配するように魔境の中で生活するというのは非常に危険だ。
夜は強いモンスターが襲ってくるし、環境も悪い。
宿なんてものは無いから寝る所も自分で確保しないといけない。
僕も出来ることなら、そんな所に逃げたくはない。
でも魔境が一番、国の兵士に見つかる確率が低く、手っ取り早いのだ。
何せ僕達は今、魔境のあるジトンにいる。
必要な道具を買って魔境に入れば、それで第一段階はクリアだ。
「……ロア様、出発はいつですか?」
「アドア、いいの?」
「私はロア様についていくって決めましたので」
アドアは笑ってそう言った。
アドアとカエデには本当に感謝している。
そんな2人を傷つけさせないためにも、僕はこれから強くなりたいと思う。
魔境でも2人以上にがんばる、そう心に決める。
「出発は2時間後。僕は買い物に行ってくるから、2人は荷物の整理をすれといいよ」
僕はすっかり暗くなった町の中でまだ開いている店を探して歩く。
モンスターを換金してきたおかげでお金はかなりある。
別に安い店を探さなくても十分なくらいには。
なので僕は適当な店を選んで、必要なものを買っていく。
多分最低でも一週間は魔境に籠ることになるから、それなりに買うものがある。
周りを明るくするための灯り、すぐに建てることが出来る天幕、食料を調理するための道具などを買っていく。
食料は魔境の中で調達するつもりだ。
モンスターは人型以外なら大体食べることが出来る。
それに僕はいつか一人で生活をしないといけなくなったときのために、最低限の料理技術を身に付けている。
だから食べられないということは無いはずだ。
必要なものを荷車に乗せて僕は宿に戻る。
買い物をしていたら大分時間が経って、もうすぐ出発の時間だった。
荷物の整理が終わっていたカエデとアドアを連れて、ジトンの魔境へと向かう。
歩いて行くのでおそらく1時間は掛かるだろう。
「冒険楽しみだね! 何だかキャンプみたい」
「私は魔境に初めて行くので不安でいっぱいですけど、ロア様とカエデ様のためにがんばります!」
暗い道の上ではしゃぐカエデとアドア。
僕はこれからのことを思って小さくため息を漏らす。
でもため息を漏らしたところで状況は変わらない。
僕は国から逃げないといけないのだ。
大変なことだけど、エデとアドアがいるから何とかなるような気がするのは、やっぱり2人を信頼しているからかもしれない。
「あー! ロア君が顔を赤くしてる! 何を想像してたの? お姉さんに教えてみなさい」
「何でもないから! カエデは黙って歩いて!」
「ロア様、では私にお話しください!」
「アドアも黙ってて!」
なんて言いながら僕達は魔境に暗い夜道を明るく歩いていく。
逃亡生活1日目、開始。




