選択
「王様が亡くなられた……?」
「先代の王はお前が城を出て1日後に病状が悪化されて、次の日に息を引き取られた。先代もお前の罪が軽くなることを望んでいるだろう」
王様が死んだ。
つまり元々ないのと同じくらいしかなかった僕の権力は完全に無くなった。
魔女の子ではあるけど、王様の子でもあるということで、今まで殺されかけたことは数回しかない。
その数回も王妃様がやらせたことだ。
でも王様が死んだことで状況は一気に変わった。
王妃様は今まで以上に積極的に僕を殺しにくるだろうし、城の人も直接的に僕を攻撃しようとするだろう。
城の中にいる僕の味方は城から追い出されるかもしれない。
そうなれば城にいるわけにはいかない。
何とかして逃げるのだ。
「ケイト様のためにも早く城に戻れ。ケイト様は王になられたばかりで忙しい身。お前のわがままに付き合っている余裕はないのだ」
ケイト・ノーブル。
僕の兄だ。
王様と王妃様の子で、僕とは違って純粋な王族の血が流れている。
歳は多分今年で18だったはず。
まだ若いから王になることは無いと思っていたのだけど、僕の予想は外れたみたいだ。
ケイトは王妃様の一人息子として愛されているから、王妃様の力で王になったのだろう。
僕としてはケイトには王になって欲しくなかった。
僕はケイトが嫌いなのだ。
何をやってもみんなに褒められ、何もしなくても何でも手に入れられる。
そんなケイトが僕は大嫌いなのだ。
そしてケイトも僕のことが嫌いらしい。
王妃様と一緒に日々を過ごしてきたのだから当然と言えば当然だけど。
そんなケイトが王になれば僕のことをどうするか、なんてわかりきっていることだ。
今や城には僕の敵しかいない。
いや、それは元からなのだけど、前よりも状況は確実に悪くなった。
そんな城に絶対帰るわけにはいかない。
城に帰ったときが僕の最後と思った方がいい。
「わかりました。城に帰ります」
「そうか、ならば城に帰るための馬車を用意しておこう。明日の朝、勇者様とここに来るのだ」
男は自分の手柄ができることが嬉しいのかにやつきながら、これからのことを告げる。
僕はそれに頷き、会議室を出る。
役所を出ると、そのままカエデとアドアのいる宿に向かう。
もう日が沈んでいるから、道には人が少ない。
そんな中を僕は急いで歩く。
宿に着くとすぐにアドアとカエデを僕の部屋に呼ぶ。
そしてやってきた2人を適当な位置に座らせ、僕は立っておく。
「ロア君、急にどうしたの?」
「何かあったんですか?」
カエデとアドアがそれぞれ僕に尋ねる。
だけど、僕はそれに答えない。
それより先に言うことがあるのだ。
「僕はこれから逃げようと思う」
「「……?」」
当然のことながら状況を知らない2人はどういうことかわかっていない。
僕はさっきの出来事を簡単に伝える。
特に今の僕がどれだけやばいかということを。
「なるほど、ロア君は城に帰っちゃダメなんだね。それに国の人に捕まるわけにもいかない。だから逃げたい、と」
「大体そういうことかな」
僕は城に帰らない。
国が諦めるまでどこかに逃げようと思う。
役所の男が言ったように、王が変わったばかりの今、僕を追い掛け回す余裕なんて無いのだろう。
なら、僕を捕まえるなんて時間の無駄だと向こうが思うまで逃げてやる。
「僕は今日の夜に逃げる。カエデとアドアは明日の朝、役所に行けば城までの馬車を出してもらえるはず。カエデにはもちろん、アドアにも手出しはしないと思うから安心していいよ」
僕が乗った場合、僕にだけ嫌がらせをしてくるだろうけど、勇者であるカエデ、守るべき国民であるアドアにはそんなことをしないはずだ。
つまり僕が乗らなければ、何も起こらないただの馬車の旅になるだろう。
「え? 私もロア君と一緒に逃げるよ」
「はい?」
「もちろん私も同じです!」
「何で!?」
僕は2人に別れのあいさつをしようと思って来たのに。
「だってロア君は私のために冒険についてきてくれた。それなら次は私がロア君についていく番だよ」
「ロア様は私を必要としてくれたので、私はロア様についていきます!」
僕の方を真っ直ぐに見て、はっきりと言う。
とても嬉しい、とても嬉しいんだけど、僕と一緒にいれば危険な目に合うかもしれない。
それに城に帰った方が2人はいい生活が送れるはずだ。
わざわざ僕の逃亡生活に付き合うことはない。
ここはどんなことを言ってでも2人を止めるべきだ。
……それはわかっているけど、僕は何も言えない。
本当なら1人になるはずの僕をカエデとアドアは助けてくれると言う。
国に嫌われている僕についてきてくれると言う。
味方のいない僕の味方になってくれると言う。
他の誰でもない、ロア・ノーブルのためにと言って。
僕はそれを断れない。
……僕はずっと冒険をしていたい、カエデとアドアと一緒にいたい。
そう思った時、僕は泣いていた。
「……ありがとうございます、こんな僕を助けてくれて。ありがとうございます、こんな僕と一緒にいてくれて。ありがとうございます、僕を見捨てないでくれて。ありがとうございます、本当にありがとう……」
泣きじゃくる僕をカエデはそっと抱きしめる。
久しぶりに流した涙は温かかった。




