悪化
「ロア君、すごいじゃん! お疲れ様!」
盗賊の身ぐるみを剥いで、身動きが取れないように縄で縛った後、馬車に帰るとカエデが出迎えてくれた。
カエデが僕の戦いを見るのはこれが初めてだ。
だからかカエデは僕を褒めたのだろう。
実際はカエデの魔法の力のおかげでもあるのだけど、褒められるのは気分がいいので言わない。
「ロア様! 怪我されてはいませんか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
アドアは心配そうに僕に駆け寄ってくる。
今回は怪我をしていないけど、特訓のときは結構怪我をすることがあるから、アドアは心配してくれるのだろう。
「助けてくれてありがとう。君、強いんだねー」
「いえいえ、どうも」
馬車の中にいた商人らしきおばちゃんが僕にお礼を言う。
おばちゃんも僕が盗賊を倒す所を見ていたみたいだけど、普通にお礼を言われた。
さっきの運転手とは大違いだ。
「その青髪の子、君が戦っている間、ずっと心配そうにそわそわしてたわよ。もっと構ってあげな」
「えっ、別に私は構って欲しい訳では……」
おばちゃんの言葉にアドアは顔を赤くして俯く。
この様子だとかなり心配してくれていたみたいだ。
僕は感謝とからかいの意味を込めてアドアの頭を撫でる。
「わっ!」
頭を撫でられて驚いたのか、声を上げ、そして一層顔を赤くする。
そんなアドアの様子に馬車の中が温かい空気になる。
僕もカエデもアドアを温かい目で見る。
「そ、そんな目で見ないでください!」
「まぁまぁ、アドアちゃんもロア君になでなでされて嬉しいでしょ?」
「…………」
カエデの言葉が追い打ちになって、アドアは余計に顔を赤くして黙り込む。
こうして馬車の旅2日目は、微笑ましい空気で過ぎていく。
それから1日後、僕達は無事にジトンに着いた。
着いたときにはもう夕方だったから、今日はもう休むことにして良さそうな宿を取った。
アドアとカエデをその宿に置いて、僕は馬車の運転手と役所に向かう。
用件はもちろん盗賊の引き渡しだ。
縛られていてすっかり大人しくなっている盗賊達を連れて役所に入る。
そして運転手が事情を説明しに行く。
その間、僕は受付で待たされる。
置いて行かれたということは、僕がいたらまずいようなことを言うのだろう。
それを止めることはもう無理だけど、僕が説明して最低限の誤解は解いておかないとね。
「ロア・ノーブルさん、こっちに来てください」
待たされたのはほんの数分だった。
あの運転手は一体どんな説明をしたんだろう。
僕は職員から案内を受けて、会議室と書いてある部屋に入る。
中には長い机と数個の椅子しかない。
「ロア・ノーブル、何か弁明はあるか?」
部屋に入って第一声がこれだ。
もちろん言いたいことしか無い。
「何て説明されたのかはわかりませんけど、僕は盗賊を捕まえただけですよ」
「嘘をつくな! もう事情は聴いているんだ!」
大声で怒鳴る職員の顔を見る。
城にいたときに何度か見たことのある顔だった。
大方、何かやらかして地方の役所に送られたのだろう。
城にいる人はほとんど全員、僕のことを魔女の子として嫌っている。
王妃様は僕のことが大嫌いなのだ。
王様をたぶらかした魔女の子として僕を殺そうとしたこともあるくらいに。
そんな中、僕を嫌わない人なんて数えられる程しかいない。
「お前は捕まえられた盗賊を逃げないようにするためと言って、動けない盗賊に対して暴行を行ったと聴いている」
あの運転手、嘘がひどすぎる……。
怒りを通り越して呆れるんだけど。
しかもコイツはそれで納得したらしい。
「誰が捕まえたか聴いてないんですか?」
「乗客で協力して捕まえたと聴いている」
あの運転手、本当に嘘がひどい。
僕が言うことではないけど、もっとまともな嘘は無かったのだろうか。
これだと他の乗客に聞いたらすぐにばれるでしょ。
「僕が捕まえたんですよ。他の人に聞いてみればわかります」
「嘘をつくな!」
「!?」
何だコイツ、仕事しろよ。
ちょっと他の人に聞くだけで解決するのに。
一人に聞いてそれを全部信じるとか、そんなだから城を追い出されるんだよ。
「お前は他にも嘘をついているから信用できない。勇者様の付き添いなどという馬鹿なこと嘘をな」
「本当です! 城に連絡でも取って確認してください」
コイツは勇者が召喚されたことを知らないのだろうか。
城に連絡さえ取ってもらえればすぐにわかることなんだけど、この様子では無理かな。
僕は苛立ちを示すように足を揺らす。
男はそれを見て嘲笑うように言う。
「城に聞いてやってもいいぞ。どうせ嘘がばれるだけだからな」
「ホントですか! お願いします」
コイツが馬鹿でよかった。
嘘なら自分から城に連絡を取って欲しいだなんて言うはずないでしょ。
男は僕が喜んでいるのを不思議そうな目で見た後、部屋を出て行く。
これで全部解決すればいいんだけど……
十数分後、会議室のドアが開かれる。
入ってきた男は得意げな表情だ。
「やっぱり嘘だったではないか! 王様はお前が勝手に勇者様を連れ出したと言っていたぞ」
「なっ、そんなことはない! 僕は王様に命令を受けて勇者様と一緒に行動している!」
大声を上げる僕を男は鼻で笑う。
自分の正しさを疑っていないその顔を見て、男は嘘をついていないと判断する。
まさか王様が嘘を言ったのか!?
この冒険に出る許可を出したのもこうするためだった?
「お前の兄、ケイト様はお優しいお方だ。すぐに帰ってくるなら、罰を軽くしてくださるそうだ」
「何でアイツが出てくるんだよ! 関係ないだろ!」
「何故って、ケイト様が新しい王だからに決まっているだろ?」
男の口から衝撃的な言葉が発される。
「先代の王は二日前に亡くなられた」
「……え?」




