勇者召喚
僕の目の前が光でいっぱいになる。
だけど焦ったり、戸惑ったりはしない。
その理由もそれによる結果も対応の仕方も僕は全部知っているからだ。
僕はこの日のために色々と準備してきた、失敗するなんてありえない。
光り出して数秒くらいが経ち、光は段々と消えていく。
そして今まで何も見えなかった光の中に人の影が見えてきた。
ここまで予定通り。
僕はこれからしないといけないことを思い、気を引き締め直す。
やがて光が完全に消える。
音が無かったこの空間に服の擦れる音が現れる。
その音の発生源は光の中にいる人。
僕はついさっきまで何も無かった場所に現れたその人をジッと見つめる。
それは見たことも無い服装に身を包んだ15歳くらいの女の人だった。
王の間の床に力無く座り込んでいる女の人は虚ろな目で僕を見ている。
明るい茶色の髪に黒い瞳、服装以外に目立って変わったところは無い。
大きな目に小さな顔、こういう人が美少女と言われるのだろうね。
まぁ、人は見た目によらないって言うし、かわいいくても中身がとんでもなく酷い可能性は十分にある。
僕はほんの少しの時間、女の人を眺める。
見とれていたわけではなく、意識がはっきりとするまで待っているだけ。
そして目に輝きが戻ったことを確認して、僕は決められていた言葉を掛ける。
「ようこそ、勇者様。どうかお願いします。この国をお救いください」
女の人はキョロキョロと辺りを見回し始める。
気が付いた時、いきなり知らない場所だったら僕も同じことをすると思う。
情報収集は大切だ。
ここは城の中で一番豪華な場所、王の間。
女の人が何度か目を止めているのは、この部屋に飾ってある美術品を見ているからだろう。
僕はそういうものの価値がまだわからないけど、歳を取ると集めたくなったりするのかな?
いつもであれば王とその配下が仕事をしている場所だけど、今は僕しかいない。
そういう風に打ち合わせをしているのだから、そうでないと困るのだけどね。
女の人は一通り部屋を見回した後、不思議そうに僕に顔を向ける。
「……えーっと、どういう事? というかここはどこ? 君は誰なの?」
これも想定内の反応。
僕は用意していた説明を淡々と話す。
「ここはグリーム王国。勇者様の世界からすれば、異世界ということになります。僕はこの国の第二王子、ロア・ノーブルといいます。異世界に来られたばかりの勇者様に、説明と案内をする役目を王に賜りました。これから勇者様には国のために戦って頂きたいと思っております。こちらの都合で召喚しておきながら身勝手だとは思いますが、この国を救って頂きたいのです。」
途中、女の人は何か言いたそうに口を開けたり閉じたりしていたけど、構わずに説明を続けた。
勇者のご機嫌取りをしないといけない身としては褒められる対応ではない。
でも正直、僕はこの国なんてどうでもいい。
だからこうして国のために働くのはとてもとても嫌だけど、王様の命令に反抗するなんてそんな馬鹿な事はしない。
それに兵士としての訓練をするよりはずっと楽だしね。
「つまり私はどうすればいいの?」
女の人が何だかよく理解してないような顔で僕に聞く。
前回召喚された勇者は向こうの世界ではオタクと呼ばれている人種で、説明しなくても自分の状況に察しが付いたらしいのだけど、この様子を見るに今回の勇者は違うみたいだ。
「ではこの世界における勇者について説明しましょう。そのためにまず魔法について説明させていただきます。おそらく勇者様の世界には魔法という存在がないのでしょうが、この世界にはあります。そしてその魔法の一種に召喚士魔法というものがあります。召喚士魔法というのは、異なる場所に存在する物体を使い手の元に出現させる魔法です」
「マンガとかアニメとかの魔法と一緒なのかな……?」
さっきまでと比べて明らかに小さい声だったから、独り言だろうと判断して説明を続ける。
「最上位召喚士魔法『勇者召喚』。それによって勇者様はこちらの世界に呼び出されました。この魔法は異世界から勇者様をこちらの世界に召喚する魔法です。『勇者召喚』でこちらの世界に呼ぶ事のできる勇者は各国一人。そのためこの国に居られる勇者は貴方様だけです」
勇者召喚には他にも制限とかリスクがあるのだけど、別に今の所、説明の必要がないから省略する。
僕は出来るだけ早く仕事を終わらせたいのだ。
「私を召喚したのはロア君? すごいね! 10歳くらいに見えるけど……それともこの世界では普通なのかな?」
周りには誰もいないし、僕みたいな子供が魔法の説明をしているからそう思ってしまったのだろう。
でもそれは違う。
「勇者様を召喚したのは僕ではありません。国に仕える召喚士が一週間かけて魔法陣を作り上げました。ここに僕しかいないのは、いきなり召喚された勇者様を警戒させないようにするため、城で一番若い僕が一人の方がよいだろうという王の配慮です」
僕も魔法が使えない訳ではない。
むしろ同年代の中では飛び抜けて使えるし、そこらの大人にだって負けることはないと思う。
でも僕が習得しているのは戦士魔法だけ。
だからもちろん召喚なんてできない。
「へぇ~、勇者って、大切にされるんだね」
「はい。この国だけではなく、他の国でも自分の国の勇者は丁重に扱われます。その理由としては、勇者様がこの世界にいる人には習得出来ない魔法、勇者魔法を使うことができるからです。勇者魔法はこの世界において最強の魔法と言われています。そのため国は勇者を優遇するのです」
実を言うと勇者魔法に匹敵すると言われている魔法はある。
でもその魔法は現在使える人がいない。
つまり今は勇者魔法が最強の魔法ということだ。
「私って強いんだね! じゃあ国のために戦うって言ってたけど、私は他の国と戦争をするの?」
「そういう事もあるかもしれませんが、国の方針としては勇者様には戦争の抑止力になって頂こうと考えています。今、この国では他国との戦争が起こる可能性があります。国は出来れば戦争をしたくないと考えています。そのため勇者様には他国に警戒される程に強くなって頂きたいのです」
サラッと言ったけど、この計画は無理に近い。
もちろん他国にも勇者はいるし、その勇者達はかなり前にこの世界に召喚されているのだ。
一番最近召喚された勇者でも一月は前だった気がする。
そんな中、他国に警戒されるとなると相当な強さを持つ必要がある。
「ゲームってあんまりやったこと無いけど、こんな感じなのかな……?」
女の人の言うゲームが僕の知るものと違うことはわかる。
やっぱりこの世界とは色々と違うんだなぁ。
僕の知らない物や事がたくさんある世界。
楽しそうだとは思うけど、残念ながらこの世界から勇者の世界に行く方法はまだ見つかっていない。
「何となくだけど、私の役割はわかったよ。それで今から何をすればいいの?」
まだまだ説明しないといけない事はある。
どうやって強くなるのか、他の勇者の現状、魔法について等々。
でも僕としては、最低限の知識を与えていればいいと思うからもういいかな。
「それではこれからこの国の王に会って頂きます。ですが王は現在、病を患っており、そう長くはお話しする事が出来ないと思われます。そのため聞いておきたい事などがあれば、今の間にまとめておいてください」
王様はかなり前から重い病気にかかっていて寝たきり状態だ。
国一番の治療師でも治すことはできないという話だ。
今まで延命措置を続けてきたけど、もう限界が近いらしい。
一応は僕の親に当たる人だから思うことも少しはあるけど、病気なのだから仕方ないとも思ったりする。
「わかったよー。ロア君、色々教えてくれてありがとね。ちょっと遅くなったけど、私の名前は奈倉楓。ん? この世界だとカエデ・ナクラなのかな? まぁ、いいや。これからよろしくね!」
僕の役目は勇者に簡単な説明をして、王様の所へ連れて行くこと。
それ以外は他の人の仕事になっている。
だからもう少しで僕の今日の仕事は終わりだ。
「こちらこそよろしくお願いします。それでは王の所へ参りましょう」
僕はカエデを連れて王様の居る病室へと歩き出す。
ふぅ、やっと仕事が終わる……




