女の子になった日 2
そんなこんなで着替えも終わり、寝癖でぴょんぴょんはねていた髪の毛を姉さんに梳かしてもらい外に出ても恥ずかしくないようにしてもらう。
「はい、OK完璧。どう? 自分で見て」
鏡に映ったぼくを見てかわいいなっと思ったが、ナルシストみたいなのでもちろん口には出さない。
しかし、この姿になってまだ一日もたってないからなんとなく「この姿が自分だ」と思えないからセーフだ。セーフだと思えばセーフ。セーフったらセーフだ。
「姉さんからみて変じゃないなら大丈夫だよ」
そもそもつい昨日まで男だったぼくにはよくわからない。ふと姉さんの方を見るとニヤニヤとした顔を浮かべていて、心を見透かされたみたいでイラッときたのでボールペンを投げておいた。
「ぼ、ボールペンは投げるものじゃないよ?」
「うん、知ってる」
さっき投擲したボールペンは姉さんの後ろの壁に刺さっていた。
刺さったボールペンを回収し、玄関に向かおうとしたら行く手を姉さんに阻まれた。
「ちょっとまったー! まだ日焼け止め塗ってないよ!」
「えー、いいよべつに」
「よくない! せっかく女の子になったんだから紫外線とかお肌に気を使わないとだめっ!」
ズイっと真剣な顔の姉さんが迫ってきて女の子はお手入れをしないと云々を聞かされ、しぶしぶ了承する。
姉さんにおまかせでされるがままに隅々まで丁寧に日焼け止めクリームを塗られた。
出かける準備がようやく整い、家の戸締りを確認してから家を出た。
姉さんは「着替えてくる」と自分の部屋に戻ったので先に玄関先で待っていた。
「おまたせー」
ガチャっと扉が開いて出てきた姉さんはデニムにチュニックというラフな服装だった。
「ふーん、ぼくにはワンピースを着せておいて自分はデニムですか」
「いや、着せたんじゃなくてそれしかサイズが合いそうで、フリルだらけじゃないのはそれしかなかったんだけど……。似合っててかわいいのに……」
全然フォローになってないし、可愛いといわれても、ねえ?
まあいつまでもうじうじしてても仕方ないし、男らしくない。
いや、今は女か。
とにかくおばあちゃんちに向かおう。
何にも言わなかったので怒ってると思ったのか、ちらちらと姉さんがぼくの顔をのぞきこんでいた。
ふう、と息を吐いてから「行きますよ」と声をかけてさっさと歩き始める。
声のトーンでぼくが怒っていないのが伝わったのだろう「あ、まってー」と後ろから姉さんも小走りでついてきて、ぼくの横に並んだ。
しかし、ズボンじゃないって言うのは違和感があるし、下がスースーする。
これは自然と内股になってしまうのは仕方のない事だろう。
というより今さっき気付いたが、なんかすんなりワンピースを着てしまったが普通もっと、こう嫌がるというかもっとなにかあるんじゃないのか? と
自分が本当に男だったのかちょっと不安になってきた。
そんなことを考えながら歩いているとすれ違う人達がチラチラとこちらを見ているのに気付いた。
後ろを振り向いても誰もいないし、あたりを見回しても目を引くようなものない。
と、いうことはやっぱりこちらを見てるようだ。
「ねえ、姉さんさっきからすごいチラチラ見られてるんだけど」
「んー? そりゃあこーんな可愛い女の子とナイスバディーなお姉さんが並んで歩いてたら目を引くのも当然だよ」
「可愛い女の子? ナイスバディーなお姉さん? 誰と誰が?」
「可愛い女の子」といってぼくを指差した「で、ナイスバディーなお姉さん」といって自分を指差した
「いや、薄々気づいてたけどね。というか自分の事をナイスバディーなお姉さんっていうのはどうなの? それと、ぼく可愛くないもん」
「女の子っていうとこは認めるんだ」
「茶々入れない」
そんな会話をしながら行くと最寄駅に着いた。
ちなみにおばあちゃん家は家の最寄り駅から三つ離れた駅から歩いて五分ほどのところにある。
もう何度も往復しているのでなれた道のりだ。
いつものようにICカードをかざして改札を抜け、階段を下りてホームに出る。
ホームに行くとちょうどいいタイミングで電車が入って来たのでそのまま乗り込み、空いていた席に座る。
「スカートとかはいてるときに座るときは、スカートをお尻の下に敷くようにして座るの。あと、足開いてるとパンツ見えちゃうから閉じておくこと。槙のパンツを見ていいのはお姉ちゃんだけ」
席に座ると隣に座った姉さんが耳元でこっそりアドバイスしてきたが、最後のほうに変なことを言ったので夏の日に放置された三角コーナーを見る目で見ておいた。
とりあえず姉さんに言われたようにスカートをお尻の下に敷くように座り直し、足を開かないようにして……って、女の子って大変なんだなあと他人事みたいに思った。
「というわけで、着いたー!」
電車を降りたとたんに大声で叫ぶ姉さんを無視して他人のフリに徹した。
ホームにいた周りの人は何事かと姉さんのほうを見ていた隙にさっさとこの場を離れようと出口に向かったが、
「あ、ちょっと槙ー! お姉ちゃんを置いて行かないでよー!!」
途中で見つかってしまった。
「チッ、人の名前を大声で叫ばないでください」
「ごめん、っというかさっき舌打ちしなかった?」
「してません」
「え? でもさっき……」
「してません」
しつこい勧誘を振り切るようにずんずん歩く。
そうじゃないと公共の場で大声で叫ぶアホと一緒にされてしまう。
「今、失礼なこと考えてなかった?」
「考えてません」
むぅ、とうなっている姉さんを置いて、改札を通り抜けて駅前の広場に出る。
駅ビルや広場は最近整備されてきれいになり、人気のお菓子店などが出店していて、女子高生やカップルが多い。
……リア充爆発しろ! 彼女がいるとかうらやま、……取り乱しました。何でもありません。
あ、でも今女の子だからつくるのは彼氏?自分が男と付き合ってるのを想像してみる。
……うん、ないね。もう、こう言うことを考えるのはやめよう。
「ねえ、君一人? よかったら俺とお茶しない?」
ナンパか、こういうって本当にいるんだなあと通り過ぎようとすると、ナンパ男がササッとぼくの目の前に回りこんできた。
「ねえ君、一人なの? 俺いい店知ってるんだ、よかったらお茶しない? もちろんおごるからさ」
「え? ぼく?」
まさか自分がナンパされる日が来るとは夢にも思わなかったのでキョトンとしてしまった。
「そうそう、君だよ。今時間ある? 俺とお茶しない?」
「すいません、急いでますんで」
「そんな事言わずにさ、ね? ちょっとだけでいいから」
「ですから、本当に急いでるんです」
断ってるのにいつまでも食い下がってくるし、無理やり行こうとしても俊敏な動きで進路を妨害してくる。
どんだけ必死なんだよ……。
「私の妹に何してるんだあああああああああああ!!」
突然声のしたほうに振り向くと姉さんは片足を突き出した状態で空中に浮いており、そのままナンパしてきた男を文字通り蹴り飛ばした。
「正義は必ず勝つ!」
シュタッと着地を決め、ドヤ顔で仁王立ち。
うわあ、あのナンパ男、急所に大ダメージだよ。運がよければ不能にはなっていないだろう。
南無。
「ほら、槙。走るよ」
「え? ええ?」
姉さんに手を引っ張られながら逃げるようにその場から去った。
ナンパしてきた彼は大丈夫だったのかとちょっと心配になったが、まあ自業自得だ。
まあ、多少払う代償は大きかったかも知れないが……。
「ふー、ここまでくれば大丈夫だろ」
「はあはあはあ……姉さん、助かり、ました」
胸を張って「姉として当然のことをしたまでだ。キリッ」と言ってきた。最後のキリッがなければよかったのに……。
それより女の子になって足の長さが縮んだからか、体力が落ちたのかはわからないがとにかく疲れた。
今日はなんて日だ。朝から女の子になるわ、ナンパに絡まれるわ、走らさられるわ、姉さんが変態だわで精神的にも肉体的にもきびしいものがある。
しかし、ようやくおばあちゃん家に着くと思うと少し元気が戻ってくる。
「姉さん。助けてもらえたのはうれしいんですが、もうちょっと助け方あったでしょ? なんでとび蹴りかましてるんですか」
「いやあー、昨日寝る前に見てたカンフー映画でやってたのを見て、私も出来るんじゃないかなーと」
「映像で見ただけで出来ると思うのはどうかと思いますよ? それで怪我でもしたらどうするんですか、相手が」
「正当防衛でなんとかならない?」
「過剰防衛です!」
「大丈夫だって、さっき蹴ったやつ喜んで震えてたからMだ」
「絶対違うよ!? あれはあまりの痛みに震えてたんだよ!?」
まったく、これじゃあどっちが年上なのかわからない。
……まあ助けに来てくれたときはうれしかったし、かっこよかったけど……。
そんなこと言ってあげないけどね。
「よし、じゃあ早くおばあちゃん家に行きましょう。きっと首を長くして待ってますよ」
「おー!」
姉さんが大声で叫ぶものだか何人かの通行人に笑われた。あー恥ずかしい。
とにかくこの場を離れたくて、さっさと歩いていく。
このあたりは駅周辺にお店や商業ビルが集まっており、少し離れると畑や田んぼの中にぽつぽつと家が建っている風景が広がる。
これが一極集中ってやつか……。
おばあちゃん家は昔この地域で盛んだった養蚕農家の建物で普通の一戸建てに比べて大きな建物だ。
建物の概観こそ古いが、家の中は最近リフォームしてバリアフリーになっている。
ようやくおばあちゃん家につきインターホンを押すと、コンビニに入店したときと同じ音が鳴り、家の中からトタトタとこちらに走ってくる音がして、音が止まるとガラガラっと引き戸が開いた。
「お姉ちゃんたち遅かっ――あっ! 本当に女の子になってる! かわいいっ!!」
出てきたのはぼくの双子の妹の桜だ。
桜が通っている学校は自宅からよりおばあちゃん家からのほうが近いので、今はこちらから通っている。
ちなみに姉さんも桜と同じ学校なのだがなぜかこっちから通っていない。
「そうだろそうだろ! 女の子になってるだろ! かわいいだろ! むしゃぶりつきたいだろっ!!」
「姉さんは黙っててください」
誰が聞いてるかわからないのに変態発言はしないで欲しい。
ご近所さんから白い目で見られたら姉さんのせいだ。
黙らせるためにポケットに忍ばせておいたボールペンで姉さんのわき腹を刺す。
「グフッ」とガン○ムで出てくる機体の名前をいいながら崩れ落ちた。自業自得だ。
「とりあえず話は中でしよっ、桜。おばあちゃん中に居るんでしょ?」
「うん、そうだね。槙お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんはやめて……」
桜はくすくすと笑いながら玄関をいっぱいまで開いて、招き入れてくれた。
玄関先で倒れた(倒した)姉さんを外に放置しておくわけには行かないのでとりあえず引きずって中に入れておいた。
「あらあら、いらっしゃい」
リビングに入ると車椅子に乗ったおばあちゃんが出迎えてくれた。
十年前の事故にあって以来おばあちゃんはずっと車椅子に乗って生活している。
「じゃあ、私はお茶入れてくるね」
桜は言うが早いか台所に入っていった。
「いつも悪いわね」
「それは言わない約束でしょ」
どこかで聞いたことがあるような会話がリビングと台所の間で行われていた。
ぼくもお茶を入れるのを手伝おうとしたらやんわりと断られたので、しぶしぶリビングのソファーに腰を下ろした。
「お邪魔します。おばあちゃん」
「そんな他人行儀じゃなくてもいいのよ?」
「でも、親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ?」
「ふふ、これは一本取られたわね」
「もう、勝ち負けじゃないんだから」
頬をふくらませてむくれてみるが、おばあちゃんには効果はなかった。
「はーい、お茶が入りましたよー」
まるでタイミングを見計らったように桜がお茶をお盆に載せて持ってくる。
「はい、おばあちゃんの分」
車椅子についているテーブルにソーサーを置き、カップはおばあちゃんに渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして。で、こっちが槙姉ちゃんの分」
「もう、わざと言ってるでしょう」
「そんなことないよ、槙お姉ちゃん」
「むぅー!」
こっちは怒ってるのに桜とおばあちゃんは可愛いものを見るような顔で笑っている。
そんな顔されたら怒るに怒れないじゃないか。
ここに姉さんがいたらボールペンを刺して八つ当たりしてしまいそうだ。
桜からカップを受け取り、ぶっきらぼうにお礼を言っておいた。
「で、こっちが響花姉さんの分」
「お、サンキューいつも悪いね」
ちょうどカップに口をつけたところで、いつの間にか戻ってきてさりげなく座っていた姉さんがいるのにおどろいて吹きだしそうになったのをこらえようとがんばってみたが、結局むせた。
「ゴホッゴホッ! ね、姉さん……いつからそこに?」
「ん? あ、桜お代わり。えーと、桜が「私はお茶入れてくるね」って言ったあたり」
桜は「はいはい」といいながら、姉さんのカップを受け取ってまた台所に引っ込んだ。
「最初からじゃないですか! ていうか、飲むの早すぎ!」
「と、いうのは冗談で実はさっき来たんだ、匍匐前進で」
「もうツッコミませんよ。だから、ちょっと黙っててください」
「はい……」
しゅんと姉さんがなるとようやく静かになった。ちょっと悪いことしたかなと思ったがここは心を鬼にしてなにも言わないでおいた。
「さて、本題に入りましょうか」
「うん、それを聞きに来たんだから」
居住まいを正して、おばあちゃんの話を聞く体勢をとると、ボーンボーンと時計が正午を告げる。
「と、その前にお昼にしましょう」
そういえば朝から何も食べてない。色々あってすっかり忘れていて急に空腹感が襲ってきた。