真昼のストーカー休日作戦会議
真昼のストーカー休日作戦会議
真昼博人は、休日の大半をテーブルに置かれた通帳とアルミ缶の貯金箱を睨めつけていた。それを静かに金魚鉢の赤い出目金が見つめていた。
「このままだと、ぜんぜん足りない。家にあるお金と通帳をあわせても五十万がやっと出せるくらいしかないや」
一眼レフのカメラやパソコンが置かれているテーブルと簡素なベッドとテレビくらいしかない自宅のアパートで、一人ため息をついた。
「あー。宝くじでも当たらないかな。でないとライカなんて高いカメラ弁償出来るはすないじゃないか。今から百万稼ぐのも無理だしなぁ。やっぱりスクープ写真を撮るしかないか。決定的瞬間が取れれば編集長も許してくれるだろう。でもなぁ、なんのスクープを撮ればいいのだ」
真昼は、途方に暮れていた。
これ以上資金繰りを考えることは出来そうにない。
彼は、パソコンの電源をつけるとメールを確認した。そこには、秋山からの仕事のメールが届いていた。
真昼君、さぞかし資金不足に頭を悩ませる休日になったことだろうね。
どうだいスクープのネタは思いついたかい?
思いつかないだろうね、僕から、仕事も兼ねてスクープのネタを渡そう★
昨日あった本条帝について彼の一日の行動を詳しく調べるといいよ。
カメラで、定期的に写真を撮影してくれ☆では。
とメールには書かれていた。
「なんか、いいように休日返上されたな。これは…」
真昼は、画面を睨みつけると小声でタヌキ野郎と呟き誰もいない部屋を見渡した。
その後、パソコンのキーボードに手をやるとデスクトップからネットの検索画面を開いた。
ブーグルにアクセスし、本条帝とキーワードを検索した。
画面トップの人物紹介サイトを開くと経歴、誕生日、足のサイズ、好きな食べ物、交友関係、エピソードなどが表示された。
「有名人にプライベートはない。なんてゆうけど、足のサイズは28センチ、好きな食べ物米沢牛、嫌いな食べ物油揚げなんて書いてあるよ。ネット社会は怖いねぇ」
真昼は、自宅のプリンターを使いそのページを印刷し眺めた。
「さて、ネットの怖さとファン情報を利用させて貰いますか」
独り言を呟くと、真昼はサイトの下にある帝ファンサイトをクリックした。
ファンサイトには、ファンが交流するための掲示板がある。そこには、ストーカー紛いのファンが帝の自宅近くやその人物がよく出没するだろう店などが書かれていた。
投稿者N子 帝様がウチの近所のコンビニにいたー。
投稿者T太郎 あの有名な帝がタクシーから降りるのを目撃した。オーラハンパねぇー
今や時の人である帝の目撃情報は多く投稿されていた。
「こういうコトしていると、僕も段々編集長に似てきそうで怖いなぁ。帝の自宅は城山町の高級住宅地か、明日は朝から張り込んでみるか。もし、出かけるようならバレない程度に尾行してからいったん離れて観察しよう。問題は、もし休日で家から出てこないときなんだよなぁ。さすがに、家のなかにはカメラは厳しいし、ビルやホテルがない住宅地だから反対側の家からなら観察出来るけど。それもカーテンが閉まっていたら厳しいなぁ。あと、顔がバレてるしカメラマンだからバレたらウチの会社ごと訴えられそうだし、安全第一でやらないと」
真昼は、無意識に鼻を掻いていた。
彼は、雑誌部門の配属である。配属先の専門は高齢者向けの趣味の本であるため真昼自身には、芸能人の秘密を暴くゴシップカメラマンのようなことはやったことがなかった。
真昼は、明日のために早く寝ることにした。小型のカメラの用意とメールの返信を打った後に、灰色のジャージに着替えるとベッドに入り眠りに着いた。赤い出目金がぷくぷくと金魚鉢の中を泳いでいた。
その頃、マンションにて秋元は焼きたての温かいアップルパイを口に運んでいた。
口に運ぶとリンゴは温かくシャキシャキと崩れて口の中に運ばれた。噛むとリンゴの密とシロップの密が合わさり、さらに鼻をシナモンの甘いにおいが占領した。
パソコンに向かっていた秋元は失笑した。
「真昼くんも、しっかりしてきたなぁ。まさか、明日の帝の調査時間分はカメラの代金から引いてくれって」
秋元は少し事件について考えていた。
「あの赤い液体の正体はなんだ。なぜアレをばら撒く必要があったのか。もう少し考えないとなぁ。真昼君が何か撮ってくるといいのだけどなぁ」
夜中にも関わらず、秋元の自宅にあるテレビからは、日本の昔話が話されていた。
むかしむかし、おじいさんの家に、タヌキが行きました。
タヌキは悪いタヌキで、おじいさんが畑ではたらいていますと、
「やーい、ヨボヨボじじい。ヨボヨボじじい」
と、悪口をいい、夜になると、おじいさんの畑からイモをぬすんでいきます。
おじいさんは、タヌキのいたずらにがまんできなくなり、畑にワナをしかけてタヌキをつかまえました。
その時、「タヌキめ」どこかでそんな声が聞こえたような気が秋元はしたが、空耳だと思い気にも留めなかった。でっぷり太った腹の上に載せていたノートパソコンをそっと丸い手で閉めた。
翌日
朝の六時、辺りは薄暗く、空は曇っていて気温は低く肌寒さが残っていた。
真昼は黒いスーツにネクタイを締めて城山町にやって来た。首には、青のネクタイ提げている。シルバーのネクタイピンが止めてあり中には、小型カメラが内蔵してある。手にしている黒の腕輪押すと撮影できる仕組みになっている。息をすると幽かに白いことが確認できる。
「ふー。春でもまだ少し寒いなぁ、帝さんはまだ起きてないだろうから自宅周りの地理でも少し見とこう」
そう呟くと、フラフラと城山町の住宅街を散歩し始めた。まだ、暗いにもかかわらず朝から犬の散歩をする人やジョギングを楽しむ高齢者の姿がいた。高級住宅だけあって、すれ違う人々の服装は、真昼が普段着るようなファストファションの服ではなく有名スポーツメーカの靴やランニングウェアや犬のモノとは思えないような服が多数である。
「さすが、城山町僕とは生活レベルが違うようなぁ。きっと僕の服よりあの犬の服方が高い服着ているんだよなぁ」
真昼は近くの公園を散歩している婦人と高そうな服を着せられた犬を見ながらため息をついた。真昼は、公園のベンチに腰を下ろすとズボンのポケットからスマートフォンを取り出しメモのアプリを確認した。
1・カメラはなるべく見つからないように隠すこと、万が一ターゲットと出くわした場合にカメラを持っていると怪しまれる。さらに、相手が顔見知りの場合はできるだけ本人から距離を置くようにする。
2・ターゲットの現在の生活や情報を知りたい場合はゴミを回収することが一番早い。しかし、ゴミを持ち帰る、もしくは物色しているところが見つかれば通報される恐れがある。
「ゴミを持ち帰るなんてストーカーじゃないか、リスクも高いけど。それに、もしゴミの中に会社の資料なんかあったら企業情報を勝手に収集したって裁判になるだろう。これは、使えないよな」
真昼は、スマートフォンの画面をスクロールして次の画面を見た。
3・最近はスマートフォンの普及に伴い、相手のスマートフォンを一時的に入手出来れば遠隔操作で相手の情報を掴むことは容易になった。
「スマホに変なアプリを入れる隙なので弁護士にはないだろ。一日の行動を調べてくれって何を撮影したらいいのだ」
スマートフォンの画面を見ると時刻は六時二十分を指していた。
「さて、そろそろ行くか」
ネクタイを締め直すと、めんどくさそうに頭を掻きながらベンチから腰を上げ公園から出て行った。
朝、6時に帝は起床した。
布団から出るといつものように洗面所に向かいスーツに着替えを済ませるとオーブンレンジでトーストを焼きはじめた。また、やかんに水を注ぐと火にかけた。その後、スマートフォンのメールを確認し、朝食を済ませると自宅からどこかへ出かけた。その後ろには怪しいスーツの男がいた、真昼である。真昼は、帝の家のすぐ近くまでやってきて角から帝の家を除き見た。そこで、帝が玄関から出てくるところを目撃した。帝は、玄関を降りると自宅に止めてある車に乗り、ゴミを出すと車を走らせてどこかへ向かっていった。
真昼は、自分の考えが甘かったことを痛感し、愕然とその場に倒れこんだ。
「ふっ、そうだよなぁ。普通に考えたら出かけるのは車だよなぁ、推理小説とか尾行とか身元調査って行ったら歩いてやるものだと思っていたよ」
真昼の調査は、空振りに帰した。
「やっぱり、歩きできたか。僕の計算ミスだったわぁ。そういえば、君さぁ免許なかったものねぇ。」
後ろから、声が聞こえ振り返ると編集長がいた。秋元もさすがに気まずそうな顔になった。
「編集長、いつも後ろに立たないでくださいよ。悪かったですねぇ、免許持ってなくて」
真昼は、秋元の顔を見ながら言った。
「編集長、気が付いていたなら早く言ってくださいよ」
「今朝、気づいたからわざわざ来たのだよ。よし、ここは僕に任せてくれ」
秋元は、ポケットから葉っぱを取り出すと頭の上に乗せて、指をパチンと鳴らした。
すると、一匹の茶色い野良猫が現れた。真昼は、驚いた。秋元は猫に変化した。
猫は、帝がゴミを出したところに向かうとゴミ袋を堂々とあさり始めた。右手の前足でごみ箱を引き寄せると、口でごみ箱の口を開いた。ゴミの中には、生ごみやシュレッターに掛けた紙クズや髪の毛が入っていた。真昼は、周辺を警戒しながらもゴミ袋に近づいていた。
「編集長、何をやっているのですか。人に見られたらどうするのですか」
猫は、前足を使ってゴミを散らかしながら喋った。
「見られてもいいように、猫に化けているのだよ。この場合、むしろ君の方が猫に話し掛けているように見えるよ」
「編集長、ところでゴミ袋から何を探しているのですか」
「髪の毛だよ」
「髪の毛なんて何に使うのですか。DNA鑑定でもするのですか」
「いやいや、人間の髪の毛じゃなくて動物の髪の毛を探しているのだ」
「帝さん、ペットなんて飼っていましたっけ」
真昼は、首を傾げた。
「僕の情報によると、彼は、動物はたとえ金魚でも飼わない様だよ。ペットを飼うことは時間と資金の浪費に繋がるって過去のインタビュー記事に書いてあったから」
ゴソゴソと喋る猫はゴミ袋に顔を突っ込んでいく。
「じゃあ、何の毛ですか」
猫は、ある紙切れを口にして袋から顔を出し、真昼の前に置いた。
「彼の動物の時の毛だよ。真昼君。ほら、コロコロに金色の何かの動物の毛が着いているのが見えるだろ」
「ん、どうゆうことですか」
真昼は、腰を屈めて中腰になった。
「つまり、本条帝は僕と同類なんじゃないかな」
「黄色い毛が着いていますね。でも、誰かの服にペットの毛か何かが着いたとかじゃないのですか」
「もし、そうだとしたらこんなに多くの毛はコロコロには付着していないと思うよ。
ほら、捨てられたコロコロには多くの動物の毛が付着している。もし誰かが持ちこんだ毛ならこんなには付着してないだろ」
「じゃあ、まさか帝さんもタヌキですか」
「さぁ、何の動物の毛かは後で調べないとわからないね」
猫は、紙を真昼に渡すと横に移動して止まった。猫の姿がドロンと煙に包まれると
今度は、人間の姿をした秋元が現れた。真昼は、目を大きく見開いた。そこには、イケメンとまではいかないにしても顔が良く整った。茶髪がボサボサで短いショートの癖毛の
三十代くらいのパーカーを着た男性がいた。しかし、背は低く、よく見るとパーカの上からでも腹が少し出ているのがわかる。ポケットから眼鏡を取り出すと秋元はそれを掛けた。
「編集長って、化けられるのですね。驚きましたよ」
真昼はこの時はじめて秋元が変化したところを目撃した。
「当たり前だろ。ぼくは、タヌキだよ☆」
秋元は自慢げにウインクをした。
「つまり、帝もこう言う風に普段は人間に変化していると推測できるね。よし、今日はこの毛を調べてみようか。真昼君」
「結果的に休日はなしですか」
「その分、昼飯でもご馳走してあげるよ。君も朝から頑張ったし、僕の計画ミスもあったからね。なにが良いかい、ここら辺の店は、かなり高いから会社の近くの店にしてくれよ。」
「ホントですか」
真昼は、一瞬目を輝かせた。しかし、顎に手を当てて少し考えて言った。
「でも、カメラの代金から今日の時給分しっかり引いてくださいよ」
「ん、つまんないなぁ。これに引っかかっているのが、君じゃないかぁ。じゃあ、今日は牛丼にしようか」
それでも奢るというところに、秋元の部下への優しさが少し垣間見えた。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
真昼は、満面の笑みでお礼を述べた。