たぬきとヘタレカメラマン
「秋元編集長のスクープ事件簿」
プロローグ
時は、平成。
動物も人のように話すし仕事もするそんな時代である。
季節は、春。桜が散り出したある日曜日。
真昼博人二十才は道端の隅でうずくまっていた。
「・・家に帰りたい」
真昼は、悶絶しながらも思考をめぐらせた。
「一言目にしてはなんて情けないことだと我ながら思う。上司があんなことを言わなければこんなことにはならなかっただろうに。いや、あのカメラを……」
真昼は激しく後悔をしていた。
秋元都市伝説
ある日、大きな雑誌の創刊号が発売され仕事がひと段落したので、仕事の同僚と飲んでいた。真昼はいつも以上に酒を飲んでいた。
「いやぁ、良かった何とか発売日に間に合いましたねぇ」
隣に座る同僚に話し掛け彼は、ビールを片手に喉を鳴らしながらゴクゴクとジョッキで飲んでいた。泡が、彼の口からこぼれた。袖を使い、泡を拭った。その時に、ふと彼は、自分の首元にいつも着けているカメラがないことに気が付いた。
「あっ」
真昼は、暗い夜道を会社に戻り、カメラを取りに一人戻った。会社のドアを開けると広く殺風景なオフィスが広がっていた。
彼は、電気を着けると自分の机へと向かった。机の上には彼の長年使っているカメラが机に置かれた状態で忘れられていた。
自分のカメラを首にぶら提げると窓側の方が気になり視線を運んだ。窓際には編集長兼社長の秋元という人物の机が置かれている。そこにも、なぜかカメラが置かれていた。
気分が大きくなっていた彼は、偶然にも秋元が机に置き忘れた骨董品の高価なカメラが目につき手に取って観察した。
憧れの高級カメラに目を細めて鼻にむず痒さを感じながらもジロジロと観察していた。
「亀ラ屋のカメラだ、いいなぁ編集長、僕これくれないかな。ヘックション」
ガシャ
その時、手からゆっくりカメラが床に落ちていく光景が真昼の眼に焼付いた。
落下したカメラは無残にレンズが剥がれ、所々ネジが飛び散ったのだった。
真昼は、絶句しその場に立ち尽くした。
「やばい、編集長に殺される。」
彼は、酔いが回り赤らめていた顔をみるみる青白く変化させた。
翌日、真昼は、飲み過ぎが原因か昨日の出来事が原因か重い頭を抱えながらいつものように撮影機材を肩から下げて出社した。真昼は、さっそく社長である秋元に直に呼び出された。真昼の脳裏にはゆっくりと落下し、粉々になったカメラの映像が脳内をフラッシュバックのごとく流れた。
「真昼君、要件はわかっているよねぇ」
「昨日のカメラですね」
秋元は、真昼を睨むと椅子にのけ反った。
「今度こそスクープ写真を取ってね。取らないと君が僕の机の上にあった。あれ、好奇心でバラしてくれたカメラの代金百五十万円。君の給料から引くからね。本気だよ。引いたら一年間はタダ働きだからね。それとも器物破損で刑務所の方がいいかい。」
秋元は真昼に激怒していた、背後には炎の中に阿修羅像が見える。
「すいません。」
怒っているのは、編集長。兼、社長の秋元都市伝説だ。
彼がとにかく変わった人物だ。
自称、「この世に一人の真の変人」である。
何を考えているのかよくわからない人物であることには間違いない。なぜなら、都市伝説は偽名に間違いないからである。そして、彼はタヌキなのである。
「喋るタヌキだ。だって、しっぽがあるから、踏むと給料減らされるし……。」
真昼は、秋元の喋りを聞きながらも思考を巡らせていた。一方、タヌキはさらに喋った。
5分後、ようやく秋元の説教が終了した。秋元は、椅子から降りると真昼の方に寄ってきた。
「じゃあ、さっそく美術館に行ってきてくれ、よろしく」
彼はメガネ越しに真昼を見つめた。
タヌキでも老眼らしい、ちなみに服は着ている。しかも、スーツである。
「あの今日は、俳句同好会ご老人の会の写真撮影じゃなかったですか」
「それは、面白くなさそうだからご近所のご老人写真同好会の三浦さんに任せました」
「ちょっ、あんた仕事誰に任せているのですか。いいの、素人に写真任せて、僕のいる意味ないじゃないですか、それ・・」
怒られた直後では、あるが秋元の社長らしからぬ仕事ぶりに思わず声が出た。
「また、いつものツッコミ発言かい真昼君。お兄さんそれじゃあ悲しいぞ☆」
太ったおっさんタヌキだろ、どう見ても。と真昼は思った。
「いちいち語尾に星をつけないでください。それに僕は真面目に言っているだけです」
「それじゃあ、小森美術館に行ってきてね。話は向こうで聞いてね」
真昼は背中を押されながら会社のドアから出され表に出た。階段を1階分降りて振り返ると東都出版社とデカデカと書かれた五階建のビルがあった。
バス停に向かいながら、スタスタと歩いて行った。いつも機材を右肩に掛けているため少し重心が右に傾いた歩き方が彼の癖であった。バス停に着き、ちょうど美術館行きに乗り込んで小森美術館へ向かった。
小森美術館は、現代の新人アーティストの作品を数多く展示している美術館だ。作品のなかには、ここに展示されたことによって一躍有名になり海外から評価された画家や彫刻家もいる。真昼はバスを降り、美術館の受付にむかいカメラマンであること言い、関係者として中に入った。
美術館内にはそれなりに人がいる。
館内は職員の麻生健二が案内してくれることになった。麻生は白髪にスーツと紳士的な口調の老人だ。背は高く背筋は伸びていてどこかの家の執事長と言った方が似合うかもしれない。
館内は天井が高く光が意図的に多く入る作りになっており、さらに建物の中央に中庭があることにより全体的に明るい館内になっていた。真昼は頭痛に加え、 少し何かに違和感を覚えていた。
しかし、仕事内容が館内の写真撮影だけであると聞いてすぐに終わるだろうと安堵していたため気にしないことにした。
麻生の後を真昼は着いて行った。
「真昼さん、この美術館は新人芸術家を応援することをテーマにした作品を数多く展示しています。それを踏まえて明るい雰囲気に撮影してください」
麻生は紳士的な笑みを浮かべながら真昼に説明した。
「わかりました。では二階からまわってもいいですか」
真昼は館内を見渡し、どこから撮影するか構図を考えることにした。そのためいったん二階から全体を観察しようとした。
「はい・・・・」
麻生が真昼の後ろを見ながら生返事をしたときだ。
真昼は、いきなり後ろから肩を叩かれた。彼は、驚いて振り向いたと同時に予想通りの顔がいたことで落胆した。
「真昼君、朝よりも乗り気だね」
後ろにいたのは秋元だ。秋元よりも真昼は背が二十センチ高い。タヌキが四足で立ったら百五十センチもあるという方が驚きである。
「なぜ後ろから肩を叩けるのだろうか。ジャンプでもしているのかもしれない。」
真昼はそんなこと考えながら質問した。苦虫を潰したような顔で質問した。
「何故いるのですか」
「僕は鼻が利くからね。面白そうだと思って来ました☆嫌そうだね、真昼君」
どうやら秋元には真昼の考えが筒抜けだった。
秋元は尻尾を左右に振っている。
「いや、なんでいるのですか。仕事はどうしたのですか」
真昼は嫌そうな顔を必死に繕いながら喋った。
「もう終わらせたからいいのだよ。俺もここに用があったしさ」
秋元は腕組をしたまま、尻尾を左右に振りながら自慢げに話した。
「じゃあ、編集長が写真撮ればいいじゃないですか」
真昼は少し厳しめな口調で話した。
「いやいや、写真はプロの任せないと。俺じゃ素人以下の写真しか取れないよ」
秋元はウンウンと一人頷いていた。
真昼は、腕を組んで喋った。
「この前、企画の東京写真コンクールで優勝したのは誰ですか」
「あれはたまたまだよ」
秋元はわざとらしく言った。
真昼はくしくもプロにして素人に負け二位であった。秋元は若くして社長をやっているだけあり、仕事も早く、多才なのである。
「これで太ってなければ……いや、タヌキでなければ」
真昼は口には出さないように注意しつつ思った。
「で、どうしたのですか」
真昼が本題に入ろう話を進めた。
「俺の用事はいいから。さぁ仕事して」
秋元が何やら誤魔化したが真昼は彼の意味不明な行動にここ二年で慣れていた。
真昼は、仕事に戻ることにした。
「わかりました」
真昼は、いったん瞬きをするとそのままカメラを首から下げて仕事を続けた。二階から撮影し、一階に下りると今日のメインとなる遠山シロの土偶を撮影した。
すべての写真を撮り終えたのは午後二時頃である。仕事が一段落したため、秋元を探すことにした。
まずは、麻生に撮影が終了したことを伝えるためエントランスへ行った。
秋元は優秀ではあるが何をするかわからない男だ。置いて帰るには大きな不安が残る。真昼は麻生を見つけ声を掛けた。
麻生は、一礼すると秋元がいるはずの部屋を教えてくれた。秋元は麻生によると会議室にいる。
「真昼さん、この美術館の撮影はいかがでしたか?」
麻生が歩きながらも美術館の感想を聞いてきた。
「はい、どの作品も新人だけあって熱意があり、個性的な作品が多いと思いました。
僕も新人の頃を思い出しましたよ。毎日、千枚近く写真を撮ってメモリーカードに僕の青春を刻みましたねぇ、机の中に大量にまだ置いてあるのですよ」
真昼は少し照れくさそうに笑った。すると、麻生の目線が後ろに向かった。何か黒い影がこちらを見つめていた。
ズゴッ
後ろから何かが飛んできた。それは、真昼の後頭部に素早く命中した。
気が付けば真昼は美術館の隅に頭を押さえる形で横になっていた。カメラは、真昼の横腹にちょうど着地するような形となり無事であった。
背後から秋山のしっぽで頭を叩かれ、真昼はそのまま地面に転がった。
「痛いじゃないですか」
「僕の奇襲を避けられない様なら、君もまだまだだよ。半熟たまごどころか、パックに入った生卵だよ☆」
「ボケなのか?」
真昼は困惑したが、気を取り直して仕事に戻る。なぜ後ろから奇襲されたかは深く追求するだけ無駄だ。
秋元はさっさとどこかへ行ってしまった。
「すいませんね。うちの編集長変な人?なんでほっといてください」
麻生は少し笑っていた。
五分後、真昼は写真を麻生に確認して貰うために会議室で最終確認をすることにした。
麻生は丁寧に会議室の扉を開けてくれた。
室内には、お菓子の袋を大量に散らかしている秋元と華やかな若い女性が向かい合って座っていた。真昼は秋元に五分前に絡まれた。しかし、秋元はもう会議室にいる。
「おっ、どうした苦虫をすり潰したような顔して」
「すいません。あまりのお菓子の量に胃がもたれそうです」
「君も食べるかい、君にはタマゴポーロがあるよ。はい」
秋元はすぐに鞄からタマゴポーロを取り出すと真昼に渡した。麻生と真昼は椅子に腰かけることにした。
「あの、わたしお茶を入れてきます」
そう言うと女性は立ち上がった。
「ありがとう、慶子ちゃん」
秋元はこの女性と知り合いらしい。
慶子と言う女性はすぐ隣の給湯室にむかった。真昼はタマゴポーロの袋を開けながら秋元の横に座った。椅子の席は秋元の横に真昼がテーブルを挟んで向かい側に麻生と慶子が
座る形となった。
「新人だけにタマゴポーロだよ」
秋元が笑いながら言っている。
秋元の笑うツボは人とは違う。入社した当初に先輩からの第一の注意事項だった。編集長は変なところで笑うから気にしないでね。と副編集長が言っていた。
「煎茶でよかったかしら、はい、どうぞ」
慶子からお茶を渡されると真昼は一気に飲みこんだ。慶子はお茶を全員の前に置いた。
「ありがとうございます」
「いいえ、お役に立てて何よりです」
慶子の喋り方には気品があった。
真昼はしばらくそのまま椅子に腰かけることにした。麻生が腰かける前に思い出したように真昼に質問した。
「写真を見るのになにか必要なものがあったら言ってください。」
麻生が紳士的な笑みで語りかけてくれた。
「では、パソコンを一台お願いします」
真昼は、座ったままの姿勢で麻生に頼んだ。
「では、お持ちいたします」
麻生はパソコンを取りにどこかへ行くと五分ほどでノートパソコンを持って戻ってきた。その後、なぜか隣で秋元と慶子が世間話で盛り上がっている中で麻生と写真の確認をした。写真を一通り確認したあと、また明日再び美術館を訪れることになった。
今度は館長の取材と館長の写真を撮るためだ。
「ではこれで、また明日よろしくおねがいします」
真昼は館長に会釈した。
「では、今度は館長によろしく☆」
秋元は、麻生に挨拶をしながら片目を瞑りウィンクした。
「わたしもではお邪魔しました」
慶子も会釈して三人は部屋を後にした。美術館は小高い山の上に立っていて美術館から駐車上までの坂を三人は下って行った。
三人は駐車上に着いた。
秋元は、黒い車のカギをポケットから取り出し車のロックを解除した。隣には真昼と慶子がいる。真昼は取材に使ったカメラや機材を重そうな銀の箱を方から掛けていた。
「真昼君、今日はバスで来たのかい俺が送ってあげるよ」
「すいません。まだ免許取れなくてありがとうございます」
真昼は一様礼を言った。
「じゃあ、慶子ちゃんまた今度ね」
秋元は慶子に向かって笑みを見せた。
「はい、楽しみにしています」
慶子も親しそうに別れの言葉を言うとどこかへ歩いて行った。
真昼は秋元の車に乗り込みながら慶子について聞いた。
「さっきの上品な人は誰ですか」
「慶子ちゃんのこと、あれはね。小森美術館のオーナの娘だよ。小森慶子、俺の大学時代の後輩でもあるけどね」
「編集長の大学って確か慶王大学ですよね」
「そう、そこの後輩」
秋元は運転しながら慶子について話してくれた。
真昼は家に送ってもらった。
「君もあと何日ここに住めるかなー」
秋元に釘を刺された。
時刻は六時写真のチェックに少し時間がかかった。真昼はアパートの部屋の鍵を開けながら思った。
「しかし、編集長は相変わらず変な人だ。でも、小森慶子、きれいな人だな」
真昼は部屋に入った。
午前零時、ある獣が小森美術館の扉を開けていた。
何処かの里から迷い込んだのか、もしくはもともとペットとして飼われていたものが逃げ出したのか。
警備の姿もなく、誰もいないせいか足音が館内中に響く錯覚を覚えた。獣は、すばやく四本の足を動かすと暗い館内をうろつき始めた。
館内には人のような形をしただけの作品や目玉だけで顔の半分が構成されたような不気味な展示品もあり、真夜中の美術館というのもあり異様な不気味さを放っていた。獣は、鼻先を地面にこすり付けるとあたりを探り始めた。何かをさがしているのか、食べ物を見つけるためだろうか。あたりの匂いを嗅ぎ終わると獣は、小さく鳴き声をあげた。そして、走り出すと、目的のものがあったのか一番奥の通路へと走り出した。
獣の背中には、小さなリュックサックのようなものがあった。なかには、ビニール袋に入れられた赤い液体が入っていた。ジュースや水というよりはその液体はところどころ錆のような物体が浮遊し、粘着質な液体のようだった。