第4話 ダークエルフの集落にて………
「ここがダークエルフのいる集落へ続く森だ」
里から森の奥へ進んでいくと、どんどん森の中が薄暗くなっていく。
さっきまでいた里とは全く違う不気味な雰囲気が周りを包み込んでいる。
「何だか不気味だね………」
「こっちは上の木が大きすぎて、光が入ってこないんだ」
ルーカスの説明を聞き、確認すると、確かに先ほどよりも木々が大きく、高い気がする。
「さあ、行くよ」
そう言うルーカスの声は強張っていた。流石に因縁のあるダークエルフに知らずと警戒しているのだろう。
そんなルーカスの雰囲気を感じながら他の3人もルーカスの案内で進んでいった………
しばらく20分位歩いていたときだった。
「済まない、迷ってしまった」
と真顔で言うルーカス。
景色は相変わらず大きな木々により薄暗い気味の悪い森。
段々目も疲れてきた………
「どうするの………?」
「っていうか私達だけで来ていたら確実に迷ってたわね………」
ランファの言う通り、俺達だけで来ていたら確実に迷っていた。
森を知っているエルフのルーカスでも迷っているのだ。森に詳しくない俺達が迷わない訳が無い。
ルーカスがいて良かった………
「悪いがそんなに期待するなよ………」
と、案内を申し出た時と違い、自信無さそうに答えるルーカス。
「でもどうして迷ったの?場所を知っているんじゃないの?」
「いや知ってたよ。………集落が移動する前までは」
「移動………?」
「ダークエルフ達は定期的に集落を移動するんだ。私達に場所を特定させると危険だと思っているからだろうが………」
「それほど根強いのか………」
果たして俺の話を聞いてもらえるか………
いや、やれるかじゃない、やるだ!!
「それでも必ず話を聞いてもらう」
俺は諦めない、絶対に。
「でもその前に迷子なのをどうにかしないとね………」
ランシェの一言で俺の決意も消え、この事態をどうにかするのに頭の中が精一杯になってしまった………
そしてその後も30分、さ迷い歩く俺達。
それほど歩いた訳でも無いのに、精神的疲れか、結構堪え始めた。
似たような景色が永遠と続くのは本当に堪える………
「コウ………」
「頑張れランシェ………」
俺は結晶の水筒をランシェに渡す。
「ありがとうコウ」
受け取ったランシェはごくごくと中の水を飲む。
「もうずっと歩きっぱなしね………一旦休まない?」
そんなランファの提案に誰も異を唱える者はいなかった。
その場に腰を下ろす俺達。
俺は近くに座りやすそうな石があったのでそこに腰を下ろした。
「ねえこれからどうする………?」
その場にへたり込んだランシェが呟いた。
一番小さい体なランシェはこの中で一番疲労しているみたいだ。
「この無限ループをどうにかしないとな………」
「恐らく何か仕掛けがあるはずなんだ………それさえ分かれば、集落も近い筈だから直ぐに着くと思うのだが………」
と険しい顔で言うルーカス。
仕掛けね………
とてもじゃないが、異世界人の俺に分かる筈もない。
「くそっ………」
苛立ちをぶつけるように近くに落ちていた小石を掴み、適当に遠くに投げた。
「イタッ!?」
すると何も無い空間に石が跳ね返った。
「?何かいるのか?」
そう思ってその辺りへ歩いていくと………
「うおっ!?」
「きゃ!?」
何かとぶつかり、前に倒れてしまった。
しかし地面に倒れたと言うのに、何故か痛みが少ない。むしろ胸の下の辺りに柔らかい感触が………
「「コウ………?」」
心配そうに話しかけるランファとランシェ。
その問いかけと同時に、俺の下から何かが徐々に現れてきた………
「………」
涙目になりながら無言で睨む、褐色の女の子。
背はランファと同じくらいで髪が金色、そして目が蒼色でエルフと同じ尖った耳。
「もしかして君は………」
「いいから私の胸から手をどけろー!!!!」
さっきの柔らかい感触は彼女の胸だったみたいだ。
よく見ると俺の手をはみ出す程の大きな胸、そして柔ら………
「いいから離れなさい!!」
「ぐごっ!?」
ランファの飛び蹴りを喰らい、俺は前に吹っ飛ばされた………
「ううっ………」
取り敢えず落ち着いて座ってもらったのだが、未だに睨まれている俺は気が気でない。
「貴方はダークエルフ?」
「ええそうよ、私の名前はエリナ」
ランファの質問に自分の名前を名乗るエリナ。
そんなに軽々しく言って良いのだろうか?
「俺は安藤洸、コウと呼んでくれ」
「私はランファ、こっちは妹のランシェよ」
「こんにちは!」
「こんにちは………それにしてもエルフが一体私達に何の用なの?」
と俺達とは全く違う冷たく殺気を込めた目でルーカスを睨むエリナ。
「………少し話をしたくてな」
対してルーカスも負けておらず、殺気を込めた目でエリナ睨む。
まさに一触即発の雰囲気だった。
「駄目だよ!!ケンカは駄目!!」
そんな雰囲気を壊したのはランシェだった。
2人の間に立ち、叫ぶ。
「………子供に言われてまで争う必要は無い」
「ルーカス、そもそも争いに来た訳じゃ無いんだぞ………俺達は流行り病に効く薬の薬草を貰いに来たんだ」
「薬草………ああ、月鈴樹ね。だけどあれは私達にとっても大事な物なのよ、渡せないわ」
「だけどエルフ達も沢山の人が苦しんでる………頼む、エルフ達に分けてあげてくれ!!」
俺がそう言うと不思議そうな顔をするエリナ。
「何故魔族の貴方がエルフの味方をするの?」
「………またか。俺は魔族じゃない」
「魔族じゃない………?でその特徴の無い所は力を隠した魔族と同じよ」
「違うって………しいて言えば人間だな」
「「「人間………?」」」
人間と言う言葉に聞き覚えの無いランファ、ランシェ、エリナの3人は首をかしげている。
「人間………何処かで………」
ただルーカスだけが心当たりがあるのか一生懸命思い出そうとしていた………
「まあこの際、貴方の種族はどうでもいいわ。………ただ月鈴樹は渡せないわ。と言うより、私の一存じゃ決められないの。だから直接族長に頼んでみるべきね。まあ恐らく無理でしょうけど」
そう言って立ち上がり何処かへ行こうとするエリナ。
「エリナ待っ!?」
待ってくれと言う途中で歩き方が妙なのに気がついた。
まるで右足を庇っているように見える。
「待てって!!」
「!?何するの!離して!!」
俺に腕を捕まれ、振りほどこうとするエリナ。
「っ!?」
一瞬、険しい顔になったのを俺は見逃さなかった。
「お前、足怪我したろ。もしかして俺とぶつかった時か?」
「こんなの怪我の内になんか………くっ!?」
再び歩きだそうとして痛みに耐えきれずその場にしゃがみこむエリナ。
「………ったく、見せてみな」
「えっ、ちょっ!?」
俺はエリナの返事を待たず、痛めたであろう右足首を見てみる。
「腫れてるじゃねえか!!全く………無理矢理歩いてたらもっと酷いことになってたぞ………」
そう言いながら俺はエナメルバックを漁る。
「本当なら冷やしてからの方が良いんだろうけど、アイシングは全部溶けちゃってるしな………取り敢えずテーピング巻いておくな」
そう言って慣れた手つきでテキパキとテーピングを巻いていくコウ。
エリナは反論する暇も無く、コウはあっという間に巻き終わった。
「よし、これでOKだ。一旦立ってみ」
コウの手を掴み、おそるおそる立ち上がるエリナ。
「………さっきよりは痛くない………」
驚いた顔でそう呟くエリナ。
そして今の状態を確認するためのその場で軽くジャンプした。
「いたっ!?」
「………ってアホ!!」
慌てて再びしゃがみこんだエリナの右足首を見るコウ。
「治った訳じゃ無いんだから無理はするなって………テーピングって言って、痛みを和らげるだけなんだから………」
さっきと余り変わってない事を確認し、安心するコウ。
「………何で私にこんな事するの?」
「うん?俺のせいで怪我したからに決まってるだろ?集落までおんぶしてやるから着いたら冷たい水にでも浸けてしっかり冷やせよ」
「………うん」
いきなり素直なエリナを不思議に思いながらも、しゃがみ、エリナをおんぶする。
エリナは少しも嫌がらないで俺に乗ったので、さっきの痛みを身に染みたのだと思った。
「ふふ………」
「ん?何か言ったか?」
「何も」
「ねえお姉ちゃん、妙にエリナさん嬉しそうじゃない………?」
「そうね………」
「何か面白くない………」
と頬を膨らませるランシェと、複雑そうに見ているランファだった………
さて、コウの献身的な態度のおかげで、その後1時間程歩いて無事に集落にたどり着いた。
しかしダークエルフの人達は用心深く、最初は全員で一斉に弓を向けられた時はどうしようと真剣に思った。
それからエリナの必死な説明で、集落に入る事を許可され、少し大きな空家に案内された。
と言うよりは隔離されたって感じだが………
「ごめんなさい、族長がエルフを連れている奴らを信用出来ないって………」
と俺達と一緒にいるエリナが申し訳なさそうに言う。
足は今、冷たい水に浸けて冷やしている。
「いや、俺が原因だろう………コウに言われ、俺もやれるだけやってみようと思って来たのだが………エルフの俺も思っていた以上にエルフとダークエルフの溝はやはり大きかったようだ………エリナの時もつい喧嘩口調だったしな………」
確かに俺もここまでとは思っていなかった。
ルーカスは手枷を付けられ、対応が俺やワーキャットの2人とは明らかに扱いが酷い。
「まあそれはいい。だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。出来るだけ早く里に薬草を持って行って同胞を救ってやりたい」
そう言うルーカスの表情は決意に満ちており、どんな仕打ちにも耐えきるという覚悟が見えた気がした。
「へえ、エルフにしては珍しい奴よの~」
といきなり陽気な声が聞こえ、慌てて声の方向を見ると、そこには小さい女の子がちょこんと座っていた。
肩くらいまである金髪の髪をツインテールにしている女の子。年齢はランシェ位か?
「族長!?いつから?」
「「「「族長~!?」」」」
「何じゃ?小さいからとバカにしとったか?」
口調と見かけが合っていない。
「それにしても人間とは珍しいの………」
「俺を知っているのか!?」
「いや、話に聞いたことがあるだけじゃ。実際に見たことは無い」
そんな返事を聞いて落胆するコウ。
しかしその後に重大な事に気がついた。
「話に聞いたことあるって事は、俺以外にも人間がいるのか!?」
「おったぞ。野球をこの世界に伝えたのが人間になのだからな」
そんな答えに驚愕するコウ。
自分の他に自分と同じ人間がいるかもしれないとは思っていたが、まさか野球を持ち込んだのが自分と同じだとは思っていなかったからだ。
「一体どんな人なんだ!?」
「さ、さあ。我も前族長に話を聞いただけ、名前は知らんのじゃ………」
鬼気迫るコウに驚きながら答える族長。
「くそっ………元の世界に帰る手がかりになると思ったのに………」
「それより我は異世界のお前の実力が気になる!!いざ、我と勝負せよ!!」
「いや、勝負って………そもそも俺達は………」
そう言った所でコウの思考がその瞬間クリアになった。
「そうだ!!俺達は薬草を分けてもらいに来んだ!!なあ俺からもお願いが………」
「ならば話は早い。薬草を分けて欲しければ我と勝負せよ!!」
「………分かった。やろう」
コウは立ち上がり、族長の前に立ってそう答えた………
「ここが私達のグラウンドよ」
エリナに案内に連れられて着いた場所は薄暗い場所だった。
「こんなに暗くてボールが見えるのか………?」
「私達は元々これくらいの暗い中で生活してるから問題無いわ」
「私達ワーキャットも夜目はきくから大丈夫」
「エルフは元々目が良いからこれくらいの暗さなら問題無い」
どうやら俺だけの様だ。
「ルールは三打席勝負といこうか。コウ、ピッチャーかバッターか?」
「俺は投手だからピッチャーで」
「分かった。肩慣らしも必要だろう。準備が出来たら声を掛けよ。我も準備をしよう」
そう言ってストレッチを始める族長。
「俺も始めるか………」
しかし、直ぐに問題が出てきた。
「コウ!!」
「………っと!!」
只今、ブルペンを借りて投球練習中。3打席勝負なので必要も無いと思ったのだが、『本気の勝負がしたい』と族長の願いにより、俺はブルペンでしっかり準備をしていた。
今、ランファの返球を何とか捕った。全く見えない訳では無いが、ボールが近くに来ないと俺にはどうしても見えない。
バッターやキャッチャーは見えるのだが、ミットや見づらく、指のサインは全く見えない。
さて、どうしたものか………
「コウ!」
そんな事を思っているとランファがこっちにやって来た。
「どうする?変化球もいつものキレが無いし………」
そう、カーブ、スライダーと変化球も試して見たのだがいつものキレが無い。
ここまで来た疲れもあるだろうが、視界が悪いのも原因だろう。
唯一の救いはストレートはいつも通りな事だ。
「いや、変化球も混ぜる。見せ球になるだろ」
それにどうもあの小さな族長は今までに投げたバッターとは比べならない気がする………いや、根拠は無いのだがそんな気がしてならない。
「せっかくのチャンスなんだ………絶対に勝つ!」
「それじゃあ始めるぞ!!」
左バッターに立つ族長。小さいながらも威圧感をひしひしと感じる。
「先ずはストレートで様子を見るか………」
俺の手を使ってサインを出す。俺は見えないが、ランファは見えるので俺がサインを出す事にした。
おぼろげに見えるミットに向かって、振りかぶり足を上げ、ボールを投げた。
『ストライク』
タイミングも取らず、その場から全く動かない族長。
ストライクだったがかなり不気味だ。
せめて何か反応を見せてくれれば組み立てを考えやすいのだが………
「取り敢えずもう一球………」
サインを出し、ランファがミットを構える。
さっきと同じように振りかぶり、ボールを投げた。
「………同じコース?舐めとるのか?」
そう呟いた族長は力の無い脱力したフォームから鋭いスイングでボールを捉えた。
「ぐっ!?」
直感だった。
ボールもハッキリ見えていなかった。だが嫌な予感を感じ、顔の前にグラブを上げるとそのグラブにボールが突き刺さった。
「アウトか………まあ仕方が無いの………しかしさっきと同じ様な不抜けた球投げおったら次は容赦せぬぞ………」
そう俺に言って構える族長。
別に力を抜いた訳では無いが、まさかいきなりあんなにジャストミートしてくるとは………
未だにしびれる左手を見ながら族長を見る。
「何なんだあのスイング………」
ランシェと同じ位の女の子のスイングだとは思えない。
全く力の入ってない脱力した状態からあれほどのスイングを繰り出すバッターは俺の人生上見たことが無い。ヘタしたらプロの選手と比べても負けない気がする。
「と言うことは相手はプロの選手だと思って投げなくちゃ駄目だって事だよな………」
そう思い、組み立てを考える。
2球目でいきなりジャストミートしてくるとなると、タイミングを外し、狙い球を絞らせないようにしなくてはならない。
「変化球を投げる前に1打席アウトに出来てラッキーだったな………」
ポジティブに思い、ランファにサインを出す。
パンとミットを叩いたランファは俺の指定したコースにグラブを構えた。
(カーブを外に………)
そう思いながら振りかぶり、ボールを投げた。
俺の投げたボールは大きく弧を描いて、外に構えているランファのグラブへ向かっていった。
『ボール』
しかしコースから出てしまい、ボール。
「へえ、やっぱり変化球投げれるんじゃな」
「知ってるんですか!?」
「聞いた事があるだけで見たのは初めてだがの。これは………カーブで合っとるか?」
「正解です………」
そんな族長に驚きの連続のランファ。
(どうするの………コウ?)
と、問いかける様にランファはコウを見つめた………
(ヤバイ、ストライクが入らないかも………)
そんなランファの心配をよそに、コウは別の意味で焦っていた。
(見えづらいとこんなにやりづらいものなのか………)
弱気に成りつつあった自分の気持ちを振り払うかの様に頭を振るコウ。
「弱気な事言ってられない………理屈で駄目なら気持ちで攻めろだ!!」
サインを出し、振りかぶるコウ。
「うそ!?」
対してランファはそのサインを見て、驚いてしまった。
しかしコウは止まらずボールを投げた。
「ストレート、貰った!!」
そう言いながらもの凄いスイングのバットは空を切った。
『ストライク』
「うそ………さっきよりノビやキレが増してる………」
コウの出したサインはストレートど真ん中。今のボールはやや高めだったが、最初に投げた2球のストレートよりもスピードも球のノビもキレが凄かった。
「ふっ、そうでなくてはの………中々見どころのある」
そう言って嬉しそうな顔をする族長。今誰よりも勝負を楽しんでいるのはこの人だとランファは思った。
対してコウも考えるのを止めたからか妙にスッキリした顔になってる気がする。
「さあ、来い!」
再び構え直し、ボールを待つ族長。
「凄いスイング………いいね、やっぱり真っ向勝負は楽しいや!!」
そう大きな声を出してコウがサインを出す。
「えっ!?また!?」
「ほう………いいぞ、来い!!」
「行くぜ族長!!」
コウは振りかぶり、再びミット目掛けてボールを投げた。
先程よりも更にキレ、ノビが増したボールが放たれた。
「貰った!!」
族長も今度は見逃さなった。
速いスイングはボールを捉えた。
………だが、
「ぐっ!?」
バットはボールの下を叩き、真上にボールが高々と上がった。
「任せて!!」
ランファが立ち上がり、真上に上がったボールをしっかりキャッチした。
「これでラスト1打席じゃな………くくっ、だがとても楽しいの………」
「俺も楽しいよ。こんなにレベルの高いバッターを相手にするのは元の世界含めても初めてだ」
「………お前は相手が強ければ強いほど力を出せるのかも知れんの………さしずめクラッチピッチャーと言った所か?」
「あれ?クラッチピッチャーって不利な状況や追い込まれた状況で力を出せるピッチャーじゃ無かったっけ?」
「コウにピッタリじゃない」
ランファにそう言われるが、イマイチパッと来ない。
「まあ良い。最後の勝負、我も本気で行かせてもらうぞ!!」
そう言うと、突然族長の雰囲気が変わった。
金色のオーラみたいなものが族長に現れ、目の色も蒼色から金色に変わった。
「固有技能、千里の極み………」
どんな能力かは分からないが、今までの様にはいかないの分かる。
だけど俺も簡単に負ける気は無い。
「俺も全力で答える。ランファ、悪いが覚悟してくれ!!」
「!!分かった、今度こそ絶対に捕ってみせる!!」
バンバンとミットを叩いて、構えた。
今の言葉で分かってくれる辺り、しっかり恋女房だなランファ………
「行くぞ族長………」
「我はエルラと言う」
「分かった、行くぞエルラ………」
「来い………」
俺は振りかぶり、ミット目掛けて………
「行け!!」
思いっきりボールを投げた。
投げたボールはドリルの様に回転しながら真っ直ぐキャッチャーに向かっていく。
「!?何だこのボールは!?」
驚いたエルラはバットを振ることを忘れ、呆然としていた。
「くっ!?」
ミットの先にボールを当ててしまい、ボールは右へ転がっていく。
「何だあの回転………そしてあの異常なノビ………そうか、あの回転が空気抵抗を少なくし、ボールが失速しないようにしているため、ボールが急激に伸びている様に見えるのか………キャッチャーも苦労するわけだ………」
ランファの様子を見て確信したようだ。
しかしたった1球で初見のフォーシームジャイロがどんなものか見破られた………
だけど………
「分かったからってそう簡単に打たれる球じゃない!!」
俺は2年の夏に負けてから死にもの狂いでこの球を習得したんだ。
連投はまずいが、ここぞの場面では一番頼りになるボール。
「行くぞエルラ!!」
そう言って再び、振りかぶる。
投げるボールは当然フォーシームジャイロ。ただミットに向かって投げる。
(暗かろうが関係無い!!)
そう思いながらボールを投げた。
ガキッ!!
『ファール』
俺の投げたボールをまたも当て、後ろへと飛んでいった。
「まだボールの下か………それにストレートの時よりも球威がある………固有技能を発動させてもまだしっかりと捉えられんか………」
「エルラ様………もしかしてあなたの固有技能って………」
「そう、我の能力は身体能力の強化。特に視界がかなり上がるのじゃ。………それでも見極めきれない程のあの伸び上がり方………よく逃げないのおぬし………」
「私は逆に嬉しいんです。初めてあの球を受けたとき、身体の全てに電気が走ったような感覚………あの球をどうしても捕ってみたい。掴んでみたい!!」
「おぬしも我と同じ奴に魅入られたと言う訳か………」
そう言ってエルラが前を向く。
その先には嬉しそうな顔で笑うコウ。さっきと同じサインを出した。
決して抑えられると確信して嬉しがっている訳じゃない。ただその相手との勝負が楽しいと心から思えるから笑っているんだと思う。
そう思ったランファも、あの球を捕るために自分に気合を込めてミットを叩いた。
「行くぞ!!」
前と同じく投げたボールは今度はさっきよりも高めに伸びていく。
(速い!!)
さっきよりも球速が出ている。
これは打てないと確信したランファだったが………
カキーン!!
気持ちいい音と共にボールはセンター方向へドンドン伸びていった………
「いやー参った参った!」
笑いながらマウンドを降りるコウ。
二球目に投げたボールは完璧に捉えられ、センターにホームラン。
勝負はエルラの勝ちだった。
「いや、我も中々追い込まれてたぞ。他の球種と混ぜられてたらいくら固有技能を使っていたとはいえ打てたかどうか………」
しかし両者とも笑顔で清々しかった。
「コウ、惜しかったね………」
「こんなに凄かったなんて………」
「俺も予想外だったな………」
ランシェが悔しそうに、エリナとルーカスは驚いた顔でコウを見た。
「だけど俺の負けだよ。ジャイロを高めに投げちゃ、そりゃ打たれたら飛ぶよな………」
「確かにもっと低めに投げられればバッターにはかなり脅威になるの………」
「コントロールが未だに難しいんだよな………」
と苦笑いしながら答えるコウ。それに続いて、甲子園でも『ホームランを打たれたし………』とぼやいた。
「甲子園とは?」
「夏にある年に1度………まあ正確には2度だけど、3年しか無い時間の中で、4000?いや、5000あったっけ?………と、とにかく!!それくらいのチームがそこに行くためには3年間しかない大事な青春の時間を費やしてでも!!」
「コウ、ストップ!!」
と激しく語り始めたコウを止めるランシェ。
「コウは一体どうしたの?」
「さあ………?多分、甲子園っていう物に相当な思い入れがあるんだと思うんだけど………」
「それよりも薬草の件はどうなったんだ?」
「「さあ?」」
未だに甲子園の話を止めないコウを見ながら答えるランファとエリナだった………