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魔法少年やりませんか? 02

 帰りがけ、なんとなく柔道場に寄ってみた。


 ……いや、ホントに何となくで、別に鐘騨のことが気になったわけではない。ホントだからなっ!


 ……柔道場の中では、柔道部も面々が練習をしている。そしてその一人、鐘騨は同じ一年生を相手に指導をしているようだ。


 鐘騨の実力は部でもぶっちぎりのトップクラスだから、そういうことを任されているのだろう。


「……しかし、よりにもよって寝技かよ」


 鐘騨が一年生に懇切丁寧に教えているのは、各種の寝技だった。一応、指導そのものは真面目にしているようなのだが、しかし、指導されている側の一年生の顔に若干赤みが差しているのは、目の錯覚ではないだろう。


 ……あいつもあいつで、同性にモテるみたいだな。しかしそれならそれで、ノーマルの僕にあそこまでこだわらなくてもいいだろうに。異性でも同性でも相手に困らないのなら、何も茨の道を選ぶ必要はない。

しかしこの学校、意外と同性愛者が多いのかもしれない。


 まあ、別に驚くほどのことでもないのかな。同性愛者ってのはどこの国でも人口の三~五パーセントはいるみたいだし。うちの学校の生徒は二千人ほどだから、六十から百人ほどの同性愛者がいてもおかしくはない。……あくまでも統計上は。


 有り得ないものとして差別されがちの同性愛者も、実は気付かないだけで身近に存在している。それを受け入れるか受け入れないかは、この差別社会の中では中々に難しい問題かもしれない。

僕は別にホモフォビア(同性愛嫌悪)ではないから、差別するつもりもないけれど。そういう人間もまあいるんだろう、みたいな考えだ。


 しかしだからといって鐘騨の気持ちに応えられるかと言えば、答はノーだ。勿論鐘騨のことが嫌いなわけではない。人間としてはむしろ好ましいとすら思っている。


 裏表のないはっきりとした性格は、鐘騨の魅力の一つだと思う。そんな鐘騨だからこそ、自分が同性愛者であると周りにカミングアウトした後も、普通に学園生活を送れているのだろう。

カミングアウトというのは、ただ自分の秘密を打ち明けることではない。鐘騨の場合は、同性愛者としての自分を肯定し、受け入れた上で、周りに対して言葉を発している。打ち明けることによって降りかかってくる不利益を全て覚悟した上で、それでも自分の中に押し込めず、周りにそれを認めさせた上で、新しい生き方を模索する。

そんな風に堂々とした生き方ができる鐘騨を、素直に尊敬している。


 いい男だとも思う。


 しかしまあ、恋愛感情は持てそうにないけれど。


「げっ……」


 そんなことを考えながら鐘騨を眺めていると、鐘騨の方が僕に気付いてしまった。首を固めていた腕を外し、ぶんぶんと手を振ってくる鐘騨。


 あーあー、嬉しそうにしてんじゃねーよ。寝技をかけられていた一年生がこっちを睨んでいるじゃないか。男相手の恋敵なんてなりたくもないんだよまったく。


 僕は鐘騨に軽く手を上げただけで、踵を返した。これ以上ここにいたら、鐘騨のファンにボコられかねない。


 僕は別に運動神経が鈍いわけではないが、それでも鐘騨並のガタイをした面々を相手取れば、あっさりと地面に組み伏せられてしまうことくらいは容易に想像が付く。力比べができるような身体じゃない。柔よく剛を制すとはよく言うものの、やはり力がある方が有利なことに変わりはない。


 そう考えると、鐘騨が力ずくで攻めてくるタイプじゃないことを、神様に感謝したくなってくる。もしも鐘騨が力ずくで攻めてきたら、少なくとも僕に抵抗する術はなかったのだから。



 舞台は学校から僕の自宅へと移る。


 中心市街地から二十分ほどの場所にある十五階建てのマンション。


 唯樹家は貧乏でも金持ちでもない、ごくごく普通の一般家庭だ。


 日々男に告白されている日常生活というのも中々に悪夢だが、それ以上の悪夢が、僕の日常には存在した。


 それは、家族の存在である。


 唯樹架恋(ゆいきかれん)


 僕の双子の姉にして、悪夢の根源。


 架恋は自分のベッドの上に寝転がりながら、BLドラマCDをかけている。BLとは勿論ボーイズラブの略だ。男同士の喘ぎ声や息遣いが、リアルに聞こえてくる。演技というのもなかなか馬鹿にできない。


 BLドラマCDを聴きながら、架恋はうっとりと頬を赤らめている。


 やめろっ! と言いたいところだが、その権利は僕にはない。


 正確には、半分しかない。


 この八畳部屋は、僕と架恋の二人の部屋なのだ。いくら双子とはいえ、この年頃の異性と同じ部屋にするのは少々問題がある気もするが、唯樹家のマンションは部屋数が多くないので仕方がない。


 両親の寝室に一部屋。


 僕達の寝室に一部屋。


 そしてリビング。


 2LDKのマンションではこの部屋割りが限界である。しかし一部屋あたりは割と広いので、スペース的な不満はない。


 あるとすれば、姉に対する不満だけだ。


「架恋。宿題するから少しボリュームを下げてくれ」


 さすがにBLドラマのエロシーンを聴きながらの宿題なんてやりたくない。


「えー? BGMとしては最高でしょ?」


「最低だよ」


 唯樹架恋。天井知らずの腐女子。黙っていれば美少女だが、口を開くとひたすら腐る。


 穂波学園高等部二年生。僕とはクラスが違うが、同じ学校に通っている。


 栗色の髪に赤茶の瞳。一卵性双生児なので、性別以外はほぼ僕と同じパーツで構成されている。あと違うのは髪の長さくらいか。僕は短髪だが、架恋はロングストレートだ。僕がカツラをかぶって、胸に詰め物をして同じ服を着れば、僕達の区別は付かないだろう。勿論、逆のパターンでも同じことが言える。


 しかし。しかししかししかしっ!


 いくら姉弟とはいえ、誰よりも近い存在とはいえ(あくまでも肉体的・血縁的に)、この女と同じ場所で過ごすのは多大なるストレスがある。


「ねえねえ。今日凍澄くん来た?」


「……ああ」


「あはっ。ついに五十回目だ! そろそろ受けてあげればいいのに」


「冗談じゃない。僕はノーマルだ」


「これだけ『受け』向きの容姿をしといて一体何をほざいているのかしら、この弟ちゃんは」


「やかましい腐女姉(ふじょし)! 自分の妄想に僕を引きずり込むな!」


「妄想じゃないわ。計画よ。いつか実現する予定なんだから」


「実現されてたまるかっ!」


 ……とまあ、こんな具合である。僕の勉強机の隣には架恋の勉強机があり、BLドラマCD、BLゲーム、BLコミックにBL小説、さらにはBL同人誌まで積み上げられている。よく分からないが『BL受かるた』なるものまで置かれていた。世にもおぞましいかるただった。


 教科書の入り込む余地が全くない。来年は受験生だというのに、これでいいのか?


「いい? あたしによく似たその可愛い外見は、世の男達を魅了するためにあるのよ」


 自分で言うかこの女……。


 僕を褒めているようで結局自分を褒めている。自分褒め循環だ。


「女の子が格好いい男を求めるように、男は可愛い男の子を求めてるの!」


 いやいやいやいや!


 男は可愛い女の子を求めるだろ! 少なくとも九十五パーセントくらいは!


「そんなあんたがノーマルって言うだけで、世界にとっては大いなる罪なのよっ!」


「僕には恋愛の自由すらないのかっ!」


「同性愛の自由ならあるわよ」


「そんな拷問じみた自由はいらんっ!」


「強情な奴め。いっそ薬でも何でも使って眠っている間に既成事実だけでも作っちゃおうかしら」


「恐ろしいことをサラリとっ!」


「……うーん。でもあれで凍澄くんって結構紳士なのよねぇ。以前あたしが横流しした睡眠薬も使ってくれないし……」


「………………」


 僕の知らないところで恐ろしい計画が練られていた。……それにしても鐘騨、マジでいい奴だな。姉公認の誘惑にすら抗ってくれるとは。鐘騨が女の子だったら間違いなく惚れそうだ。


「そこよっ! 『女の子だったら』という既成概念さえ取っ払えば問題解決よっ!」


「心を読むなっ! それからその既成概念は排除不可能だっ!」


 広く世界に認められている概念を舐めるなっ!


 まったく、鐘騨はああいう奴だから逆に助かっているが、この女だけはマジで始末に負えない。きっとこいつは一生このままなのだろう。


『腐女子の、腐女子による、腐女子のためのBL天国』というのが、架恋の人生目標なのだ。


 しかしその人生目標の根幹とされている僕としてはたまったものではない。


「あ、いっけない。そろそろバイトに行かなくっちゃ」


「さっさと行ってしまえ」


 架恋はベッドから起き上がり、コンポの電源を落とす。ようやくおぞましい音源から解放された。


 そして僕の目の前にもかかわらず、いそいそと着替え始める。


 ……今更架恋の着替えを見たところで何とも思わないけれど、見たいとも思わないけれど、しかし少しくらいは恥じらいを持って欲しいと思わなくもない。


 架恋は週四日、近くの本屋でアルバイトをしている。


 腐ったアイテム蒐集に必要な軍資金調達のために。


 僕は両親から与えられる小遣いだけで日常の娯楽を十分に堪能しているが、架恋はそうもいかないらしい。


 ……まあ、これだけ色々と買い込めば当然だろう。


 半分ずつ使用する権利があるはずなのに、既に三分の二はBLアイテムで埋め尽くされているこの部屋の惨状は、今までどれだけ腐った無駄遣いをしてきたかを十分に語っているだろう。そして勿論、こんなものを買うための小遣いアップを、両親は認めなかった。しかし自分で稼ぐ分には文句はないらしく、架恋のアルバイトに両親は何の口出しもしなかった。


 架恋が自分の稼いだ金でBLアイテムを購入する分には、何も言ってこないのだ。……十八禁を目にしても、何も言ってこない。


 諦めたんだろうなぁ……色々と。


 親って言うのは四十代から五十代の内なら柔軟性も高く、新しいものを受け入れようという気持ちもあるし、分からないモノに対しては納得しようともしてくれるし、諦めようともしてくれる。


 六十代から七十代になってからそれを強いるのは酷だが、今ならまだそれだけの余裕があったということだ。

欲望の自己実現というのは、他人の自由を侵害しない限りは最大限に認められるものなのだから。


 ……僕にかかる多大な迷惑というのは、架恋の勘定には恐らく入っていないだろう。僕のことなんて自分の妄想具現化のパーツくらいにしか考えていないはずだ。


「そうだ。今日は新刊が出るから、お土産持って帰ってくるわよ」


「いらねーよっ!」


 どうせBLコミックか小説だろうが! 誰が読むかそんなもん!


「じゃあ朗読してあげる♪」


「するなっ!」


 架恋に何度かやられているが、あれは本当に嫌だ。架恋の奴、無駄に演技力があるものだから、声だけでも十分にシーンが連想されてしまうのだ。したくもないのに、刷り込まれてしまうのだ。


 あれは最悪だ……。


「行ってきまーす」


「………………」


 ようやく、腐女姉が去ったことで、僕は宿題へと集中できた。



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