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死のクリスマスイブ・30

   三十


 前略、風間克行殿。

 私がこのような形で手紙を出したことに驚いていることと思います。

 貴方とは面識もありませんが、娘から以前より貴方のことは聞き及んでおりました。一度お会いしたいと思っておりましたが、このようなことになってしまい残念で仕方がありません。

 娘の死を伝えられた時、私の人生の全てが壊れたことを知りました。私ども夫婦にとってはかけがえのないたった一人の娘。娘の死は私自身の死でした。

 決して貴方のことを責めるつもりはありませんし、そんな資格私にはあるはずもありません。全て私の過ちなのです。

 貴方がどこまで特権者優遇計画について知っているのかわかりません。娘から全てを聞き及んでいるのか、まったく知らないまま今回の結果になってしまったのか私にはわかりかねます。しかし、貴方には知る権利がある。そしてまた私も娘のためにも貴方に全てを知っていただきたい。そういう気持ちでこの手紙を出すことにしました。

 十年ほど前に私は国家公務員としてあるプロジェクトに入るように上司から命令を受けました。プロジェクトの名前は人口対策委員会。三十名ほどで組織された国家プロジェクトでした。あの当時から人口の増加は年々問題になり、日本の人口問題をどうするか、どう乗り切るか、そういったことを連日連夜話し合われました。

 その頃はまだ殺人行為によって人口削減を行おうなどとは私自身夢にも思ってはいなかったのです。しかし、ある日同じプロジェクトに入った同僚から驚くことを耳にしました。プロジェクトのなかの一人が人口削減のために「戦争」を持ち出したというのです。つまり国民たちがいくつかに分かれて武器を持ち戦争を行うべきだというのです。しかもその提案に上層部がかなり関心を示しているというのです。確かに人口の増加は以前より問題になりつつあったとはいうものの本格的に拍車がかかったのは「世界統一宣言」以来といって過言ではありません。つまりそれまでは「戦争」が必要悪となり人工増加を防いでいたとも言えるわけです。しかし、その「戦争」を再び、しかも人口抑制のため国政として行うなど考えもしませんでした。

 私は驚き、動揺しました。

 委員会はある方向性を決定するために設けられたもので、方向性が決定すればまた委員会は別の形で再編成されることになっていました。その時、私がその委員会に加われるかどうかは定かではありません。

 すぐに私の家族を思い浮かべました。そのようなことになれば家族がどうなるのか、そのことだけが心配になりました。その瞬間に私は私的な立場で物事を見るようになってしまったのです。

 どんなことになろうとも家族は助けたい。そう願いました。そのためには私自身が方向性を決定し、新たに設けられる委員会にも加わらなければならなかったのです。

 その晩私は悩みました。いかにして人口削減を行うべきか、連日のように話し合って決まらなかったことを私は一人頭を悩ませました。そして、ある一つの考えにいたりました。「戦争」という大きな殺人ではなく、それを小規模なものにすることにより多くの人々を救えるのではないか、そして何よりも家族を守ることが出来る。そう私は考えました。それが「特権者優遇計画」です。

 翌日、会議の席で私は「特権者優遇計画」を提案しました。その会議の席には運良く上層部も出席しており、上層部はひどくその考えを気に入ってくれました。殺人という形で人口削減を行うことには変わりありませんが、上層部も「戦争」という形がいかに危険なものか不安に感じていたのでしょう。

 他にもいくつかの提案はありましたが最終的には私の提案が皆にも受け入れられ、その結果私は特権者優遇計画国家対策委員会の委員長として残ることが出来たのです。

 それは私にとって二つのチャンスでした。一つは家族を守ることが出来るということ。もう一つは私が計画の鍵を握ることによって計画をこれ以上危険なものになるのを防ぐことが出来るということです。そして、最終的にはもっと別の政策をもって計画を白紙に戻すことが出来るということを私は考えていました。

 当然敵もいました。もっと別の意味の政策を考える人々は絶えず私の失脚を狙っていました。そのために私が計画を白紙に戻すためには計画を成功させなければならなかったのです。まったく世の中というのは皮肉なものです。

 私は友人や親戚に頼み、委員会以外でも広く特権者たちを選び出すことにしました。委員会として選ばれた者ではなく、私個人の選んだ特権者たちを登録しておきたかったのです。そして、万が一委員会内で争いが起こった時にその特権者たちを使うことによってその場をしのごうと考えたのです。娘もその考えに従い私の手伝いをしてくれました。

 特権者優遇計画について私はなるべくあやふやな基準を設け、出来るかぎり不幸な殺人が行われないように務めました。しかし、そのことが私の失脚につながりました。上層部は怒り、私は今年、特権者優遇計画の国家対策委員会から外されたのです。

 突然のことでした。特権者優遇計画実施の二週間前に突如私は解任されたのです。全ては計画されたことでした。

 私は驚き、恐怖しました。特権者優遇計画直前という時期、それが何を示しているか私にはすぐにわかりました。私はすぐに親戚や家族にそのことを伝えました。娘にも危険が及ぶことは当然考えました。彼らは私だけでなく私に関わる人々全てを消し去ってしまおうと考えていたのです。特権者優遇計画の二週間前というその数字が全てを物語っていました。いくら彼らといえども通常私たちを消そうとすれば「殺人」の行為を隠すことは出来ません。そして、もしもう少し私に時間があれば私が改めて力をたくわえ反撃することも可能です。彼らは今回の特権者優遇計画で全てにケリをつけてしまうつもりだったのです。逆に私たちにしてみれば今回の特権者優遇計画を無事にしのぐことが唯一助かる方法だったのです。

 しかし、彼らの方法は巧妙でした。娘の恋人である貴方を特権者に選び、娘を特命者に選定する。私はそのことを電話で娘から聞いたとき、彼らの意向をすぐに読み取ることは出来ませんでした。娘もまた自分の考えを私には伝えませんでした。もし、その時私が彼らの計画を読み取っていたら、そしてもし娘の意志を感づいていたら……そう思うと残念でしかたありません。

 詳しいことは私にはわかりませんが、おそらく奴らは特権者全てを殺すことが娘にとって助かる方法だと思い込ませたのでしょう。私たち家族と貴方の間に立たせることで奴らは人間の守るべき「愛情」を取り去ろうとしたのです。


 娘は貴方のことを心から愛していました。帰省するたびに、そして電話や手紙で連絡を取り合うたびに貴方のことが話題になりました。娘の死に際していかなることが貴方との間にあったか、私には想像もつきません。人間というのは「死」というものを目の前に突き出された時、自分では思ってもいなかったことを口にしたり行動に移したりするものです。先日、娘の死を目の当りにし妻は哀しみのためその夜自分で命を絶ちました。どんな時にも冷静さを失わない気丈な妻だと結婚して以来ずっと思っていた妻が一日中泣き続けその夜首を吊ったのです。死に際して私に宛てた遺書には私への恨み言が一言だけ殴りつけるように書かれていました。


「あなたが殺した」


 その一言が全てでした。

 その時になって初めて私は自分の犯した罪の大きさに気づきました。やはり家族を巻きこむべきではなかったのです。もし自らが犠牲になったとしても計画を推し進めるべきではなかったのです。

 悔いの念が心を支配しました。

 重ねて申し上げておきますが、今回のことで決して貴方のとった行動を責めるつもりはありません。むしろ私としては貴方に深く感謝したいと思っています。

 先ほど今回の特権者優遇計画をしのぐことによって私たち家族が救われるかのようなことを書きましたが、実際にはどうだったか自信はありません。たった今、私の弟が車に跳ねられ死んだという連絡が入りました。それがただの事故でないことは誰でもわかることです。おそらく奴らは私たち家族、そして私の味方をした全ての人々を抹殺するつもりなのでしょう。

 娘は貴方の手で死を迎えることが出来た。それは娘にとって唯一の救いだったと思います。ありがとうございました。

 それにしても奴らの行動は許しがたいものがあります。といっても私にはもう何の力もありません。貴方に奴らの手が及ぶようなことになれば私も娘に会わす顔がありません。もし貴方が身の危険を感じた時は、内務省大臣大野敏氏をお訪ね下さい。そしてこの手紙を見せて下さい。あの人ならばきっと貴方を助けてくれるはずです。

 私の不始末で貴方をも巻きこんでしまったことを重ねてお詫びさせていただきます。申し訳ありませんでした。


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