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死のクリスマスイブ・16

   十六


 麻美のマンションまで約三十分、夕陽は落ち街灯の明かりや店先に飾られたクリスマスのイルミネーションがやけに眩しく見えている。

 まだ五時をまわったばかりで、さすがに麻美もまだ会社から帰ってはいないだろう。克行は時間を少しでも潰そうとするように、街に輝くイルミネーションを眺めながらゆっくりと歩いて行った。

 なぜだか、ぼんやりと田舎の家族を思い出していた。実家には兄夫婦が両親とともに暮らしている。もう三年も帰ってはいない。今頃はもう真っ白な雪が降り積もっていることだろう。あそこには何もない。何もないからこそ若者たちは高校を卒業するとすぐに田舎をあとにする。だが、あの小さな町にも「特権者優遇計画」は存在しているのだろうか。町の人間全てが顔なじみであるにもかかわらず、特権者と特命者とにわかれて殺しあうことになるのだろうか。

(やめろ。そんなこと考えるな!)

 克行はすぐにその思いを振り切った。そんなことを考えたところでどうなるものでもない。それぞれ自分なりに解決するほかないことなのだ。全ての人達を救えるほどの力を自分はもっていないし、そんなことが可能なほど特権者優遇計画という政策は小さな存在ではない。

 楽しげな笑い声を響かせながら女子高生の一団が通りすぎる。こうして何も知らずに街を行き交う人々のほうが利口なのかもしれない。

 ふいに道行く人々のなかに克行は一つの大きな恐怖をかいま見たような錯覚を覚えた。道路を挟んで一人の黒づくめの男の姿がちらりと見えたからだ。

 立花?

 一瞬だった。一瞬、そこにあの立花の姿があったような気がした。振り向き、目を凝らすようにして人込みを見ていたが、すでに立花の姿は見つけられなかった。

 気のせいか? いや、違う。なぜこんなところにあの男が?

 ふと足を止め麻美の住むマンションを見上げた。そこからはいくつもの部屋の明かりが見ることが出来た。

 いるはずのない麻美の部屋に明かりが灯っている。

 一瞬、嫌な予感が頭をかすめ、克行は足を早めた。

(まさか……まさか……)

 「殺人者リスト」のなかの立花の名前が脳裏をよぎる。

 今日見たあの景色が再び頭に広がる。

 床にしだいに流れ出すどす黒い血。イメージが麻美に重なり克行は頭を振った。

 そんな馬鹿なことがあるはずがない。昨夜電話した時には何もなかった。

 そう自分の心に言い聞かせた。それなのに不安はますます大きくなっていく。

 立花?

 頭のなかに作られるイメージはますます広がりついにはあの立花の姿を登場させた。あの気味の悪いにやにや笑いをさせながら立花が拳銃をまっすぐに麻美に向けている。

(やめろ! やめろ!)

 空想のなかの立花に怒鳴りながら、麻美の部屋のある三階まで克行はいっきに階段を駆け上がった。

 そんなことがあるはずがない。そうともそんなに簡単に殺されるものか! 人を殺すのはそんなに簡単なことじゃない。

(簡単に? おまえは簡単に二人も殺してきたじゃないか? それとも他人は殺されても自分の恋人は殺されないとでも? まったく自己中心的じゃないか)

 頭のなかでさまざまな考えが浮かび消えていった。

 神に祈る気持ちだった。いや、神であろうと悪魔であろうとなんだってよかった。麻美を守ってくれるものならどんなものでも信じられる。そうだ、あの立花にしたって麻美のことさえ狙わなければどんなことをしたって許せる。今度、克行のもとへ協力を求めてきたならば進んで協力してやろう。

 息を切らせ麻美の部屋の前に立ち、チャイムを押した。その指が震えていた。

(麻美……)

 目を閉じて、中の様子に耳を澄ます。

 微かにドアの向こうで物音が聞こえ、やがてインターホンから聞き慣れた麻美の声が聞こえてきた。

「はい、どちらさまでしょう」

 その声に克行はほっと大きく息を吐いた。馬鹿げた考えが一気に消え去る。

「俺だよ」

「克行?」

 すぐにチェーンを外す音が聞こえ、ドアが開かれた。

「どうしたの?」

 驚いた顔で麻美は克行を見つめた。トレーナーとジーンズという軽装はとても会社帰りには見えない。

「おまえこそどうして家にいるんだ? 仕事は?」

 冷たい空気を遮断するように玄関まで入りドアを閉めると克行は彼女に尋ねた。いくぶん疲れたような顔をしていることが気になった。

「うん……ちょっと……」

「気にしてるのか? あのこと」

 馬鹿な質問だと我ながら思った。自分の命がかかっているというのに気にしていないはずがない。伝えないほうがよかったのだろうか。

「うん……まだ有休残ってるし……」

「まさか今週ずっと?」

「ううん、今日だけ。今日はちょっと気分が悪かったから」

「気分って――」

「ううん、たいしたことないの。もう良くなったわ。明日からはちゃんと仕事に行く。いくら派遣社員っていってもいつまでも休んでたらクビになっちゃう。あ、入って」

 玄関に立っている克行に気づいて、麻美はなかへ誘った。

「いや、もう帰るよ。麻美が無事ならそれでいいんだ」

 本当はこのままずっと麻美のそばにいてあげたかった。けれど、今日自分の犯したことを、そして二人が置かれた立場を思うとあまりにもつらかった。それに週末までは危険も少ないだろう。

「心配してくれたんだね。ありがとう」

 ふっと笑顔が漏れる。

「本当に良かった。こんな時間にいると思わなかったからかえって驚いたよ」

「……うん、ちょっと怖かったの」

「……」

「本当はずっと休んでいたい。部屋に閉じ籠もって鍵かけて……。でも、そんなこと出来ないしね」

「なぜ? 出来ることなら俺もそうやってもらいたいよ」

「だめよ、今仕事だって忙しいもの」

「命には替えられないだろう」

「他人に言いたくないのよ。そりゃあ、特命者だから克行みたいに怖がられることはないかもしれないけど……でも、そんな人間がそばにいるとわかったら嫌がられるでしょう。言えないわ」

 その気持ちは克行にもよくわかった。特権者、特命者に関わらず「特権者優遇計画」に少しでも関わっていると知れば警戒するに決まっている。

 麻美は克行の顔を見て言った。

「でも本当に克行どうしてこんな時間に? いつもだったら克行まだ仕事してる頃でしょう。克行も休んだの? まさかね」

「まさか……」

 笑った直後に突然悲しみに襲われた。

 俺は今日いつもの通りちゃんと会社に行った。その後、仕事のついでに人まで殺したんだぜ。

 それなのに今、こうして麻美と会って平然と笑っている。そのことがやけに怖かった。自分が感情のない殺人鬼に思えた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「……」

(話すべきだろうか……)

 克行は迷った。自分のために人が死ぬことを彼女が喜ぶはずはなかった。それでも今、二人の置かれた立場のことを考えると一切の秘密を作りたくはなかった。ほんの小さな秘密がこれまでの二人の関係を壊してしまうような気がした。

「克行」

「……君の危険が減ったよ」

 やっとの思いで言葉を絞り出した。やはり麻美にだけは嘘をつきたくなかった。

「え?」

「ほんの少しかもしれないけど君の危険が少し減ったんだ」

(さあ、どんな顔をする? まずは困ったような顔をしてそれがどんな意味を持つのかわからないように聞き返すんだろう)

 克行は麻美の反応を予想した。

「……どういうことなの?」

 麻美は決して馬鹿ではなかった。克行の言葉からその意味を悟ったようだった。それでもやはり克行の予想通り彼女は聞き返した。その震えた声に克行は密かに安心した。

――どうやって私を守ってくれるの?

 やはり麻美は殺人を強要していたわけじゃない。克行は心底彼女を信頼した。

「君の名前の入った特命者リストを持つ人間が今日、二人死んだ」

「……克行……それは――」

「頼む……何も言わないでくれ。俺が言いたかったのはあいつらがどうなったかなんてことじゃない。おまえの危険が減ったってことなんだ」

 麻美は何も言わずただうつむきながら克行の手をぎゅっときつく握りしめた。彼女の目に涙がうかび、頬をこぼれ落ちた。その涙の本当の意味を克行は知らなかった。


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