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死のクリスマスイブ・13

   十三


 十二月 十九日 (火)


 涼子から電話があったのは火曜の夜。克行がマンションに帰りついたのは十一時を少し回った頃だった。帰りつくと克行は何よりも早く、明日のための準備を始めていた。

――克行?

 携帯電話を取ると克行の耳に、慌てている様子の涼子の声が飛びこんできた。

「ああ、涼子か? どうかしたのか?」

――あのことについてだけど……

 あのこと。すでに涼子からの電話というだけで特権者優遇計画のことだということは予想出来ていた。

「そのことについて、俺も話したいことがあるんだ。特命者のなかに会社の同僚がいるんだが、そいつが特命者リストに載せられた理由がわかったんだ。それは――」

――克行!

 西崎のことを話そうとする克行を涼子が制した。それはまるで克行の言うことがすでにわかっているかのようだった。その声に克行はただならぬものを感じ取った。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

――もう忘れて欲しいの。

「なんだって?」

 意外な涼子の言葉に克行は耳を疑った。

「忘れろってどういうことなんだ?」

――特権者優遇計画のことにはもう首を突っ込まないで!

 強い口調で涼子は繰り返した。

「そ、そんな……首を突っ込むな? 今更何言ってるんだ? だいたい好きであんなことに首を突っ込んでるわけじゃない。それはおまえだってわかってるだろう。俺は特権者に選ばれたんだぞ。日曜に突然通知をよこされ、市役所に呼ばれ拳銃を渡され――俺がそんなことを望んだと思っているのか? わかってるのか? それに――」

(それに明日はそのせいで人を殺さなければいけないんだ)

 その一言が漏れそうになり、克行は慌てて口を噤んだ。いくら涼子といえどもそのことはまだ言わないほうがいい。テーブルの上にのせてある拳銃にちらりと視線を向けた。

 しかし、涼子の口調はやはり変わらなかった。

――克行の気持ちはわかるわ。でも特権者に選ばれたことなんか忘れて欲しいの。特権者の権利を放棄しても構わない。とにかく自分を守ることだけ考えればいい。それ以外は何も考えないで。

「おまえ、何を言ってるんだ。何かあったのか?」

 思いもよらぬ涼子の言葉に克行は焦りを感じていた。

――何でもないわ。とにかく忘れて。それが克行にとって一番いいのよ。

「そんなことが出来るわけないだろう。俺が特権者に選ばれてるだけならともかく、麻美が特命者に選ばれてるんだぞ」

――麻美さんのことは私の任せて。

「任せろ? 馬鹿なことを言うな。理由もわからず今更手をひけるもんか!」

――……

「涼子!」

――たぶん、あの人は大丈夫だと思う……

 言葉の一つ一つを確かめるように涼子は言った。まるで克行に知られたくないことがあるかのようだ。

「何だって?」

――あの人は大丈夫。あの人が特権者に殺されることはないわ。

「何でそんなことが言えるんだ? おまえ、何かわかったのか?」

――い、いや……そうじゃないけど。

 涼子の声がどこかたどたどしい様子に変わった。何かに脅えている? いや、違う。いずれにしても何かを隠している。

「涼子! いったいどうしたんだ?」

――何でもないわ! いい? あの人のことを本気で守りたいなら、なおさら計画のことを知ろうとしないこと。計画が終わるまで、そして終わってからも今後いっさい計画には関わりあわないで。私ももう調べるのをやめるわ!

 脅えをはね飛ばすような口調で涼子は怒鳴り、克行の耳を貫いた。だが、そんなこともいっこうに気にすることなく、克行はますます受話器を耳に押しつけた。

「何かわかったんだな? いったい何がわかったんだ。麻美が殺されないってそれはどういうことなんだ?」

――何もかも忘れて! 私が今日言ったことも、これまで調べたことも全て特権者優遇計画のに関することは忘れて! そのほうがあなたのためよ。私ももうあなたに連絡はしない。あなたもしばらくは私と会わないようにして!

 最後の言葉にありったけの強さをこめて涼子は電話を切った。

 克行は思いもかけぬ涼子の言葉に、しばらくの間受話器を置くことも忘れ茫然と考え続けていた。

 いったいどういうことだ? 特権者優遇計画のことを忘れろ? 麻美は殺されない?

いったい涼子は何を考えているんだ? いったい何があったというんだ?

 どう考えてもわからなかった。

 涼子は今年の特権者優遇計画にミスがあったのだろうと言った。そのミスのために麻美の名前が特命者リストに記載されることになったのだろうとも言った。特権者優遇計画についてのシークレットファイルがあり、そのファイルを調べてやるとも言ってくれた。あれはつい先日のことだ。そして、今日涼子は手のひらを返したように計画のことを忘れろという。麻美が殺されることはないという。

 シークレットファイル?

 先日、涼子が言っていたシークレットファイルの存在がふと頭をよぎった。もし、涼子がシークレットファイルを覗いたとしたら……。

 克行の心のなかに真っ黒な雲が広がり始めた。

 もし、克行の考えが正しければシークレットファイルのなかには驚くほどの重大な何かが隠されていたことになる。しかも、それは克行や麻美にも関わってくる可能性すらあるのだ。

 いったい何が隠されていたんだ?

 克行はツーツーと鳴り続けている受話器を見つめた。こちらから電話してみようとボタンを押した。発信可能の長い発信音が受話器から聞こえてくる。

 だが、ダイヤルの途中で克行は思い止どまった。

 おそらく今、電話したところで涼子は教えてはくれないだろう。彼女の性格を克行はよく知っている。一度口に出したことをそう簡単に変えるはずがない。

 克行は携帯電話を置くと、その手に拳銃を掴んだ。

(明日のことはやめたほうがいいんだろうか……)

 決心が鈍っていた。そもそも自分が人を殺すということ自体が現実離れしているようにも思えた。もしやったとしてもそれが成功する可能性など極めて低い。

 だが、すぐに克行はその考えを打ち捨てるように強く頭を振った。

 臆病にならないほうがいい、へたに臆病になるとそれこそ失敗する。

 それは明日の計画を実行しようと決めたときからずっと思っていたことだ。戸惑いは戸惑いを生み、その戸惑いが最終的に失敗を伴う。それはどんなことでも同じことだ。しかも今回、失敗は許されない。

 麻美を救えるのは俺しかいない。

 克行は自分自身に暗示をかけた。暗示をかけることによってぐらつく決心を食い止めたかった。それに「死」という大きな危険が自分たちを包んでいるのは事実だ。涼子の言葉に裏づけがされない限り、まるっきり信じることなど出来るはずがない。そしてそれはそのまま麻美の危険が消えていないことにつながる

 克行は弾倉を外すとケースから弾丸を取り出し一発づつ丁寧に装填していった。全部で六発、ナンバーの掘り込んである弾丸は全て拳銃のなかに装填された。弾丸が装填されることによって拳銃がなおさら重くなっていくような感じを克行は覚えた。

 立ち上がって窓に向かって構えてみる。

 自分の姿がガラスに映って見える。思わず怖くなってベッドに拳銃を投げ捨てた。それは自分を襲う恐怖ではなく、まったく逆のものだ。自分自身の心のなかにある殺意に対しての恐怖だった。心のどこかで人を殺す欲望が芽生えそうな気がした。

(違う……そんなつもりじゃない)

 克行は懸命に自分の心に反発した。


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