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死のクリスマスイブ・12

   十二


 その夜、帰宅後克行は夜遅くまで特権者優遇計画のそれぞれのリストを食い入るように眺めていた。

 特権者リスト、特命者リスト、そして克行に関わっている殺人者リスト。これらのリストがもとになって次々と人が殺されてゆく。しかも……

(しかも、あんなことで……)

 西崎の悲しげな眼差しが思い出される。

――彼女は即死だった。

 おそらくリストにある「殺人罪」というのはその事故のことを言っていることに間違いないだろう。

 特権者に選ばれるのは国にとって、というよりも政治家にとって都合のいい人材。そして、特命者に選ばれるのはそれに反する人たち。

 そんなことが許されていいのか。

 おそらく政治家である父親が娘の敵討ちのつもりで特命者として西崎を登録するように手を回したのだろう。西崎だけじゃない。特命者リストに載っている者たちな皆、罪を犯したわけでもない普通の人々だ。それなのに一部の者たちに不快に思われるだけで殺されなければいけない。

 克行はしだいにやり場のない怒りにかられていくのを感じた。


 RRR……


 十二時を過ぎた頃、突然電話が鳴り出した。その電子音の響きに克行はびくりと身をすくめた。それはどことなく悪魔の呼び出し音のように思えた。この電話をとった直後悪魔が俺の耳に囁きかけるんだ。「おまえの魂をよこしやがれ」って具合にだ。そして克行の感じた予感はあながち間違ったものではなかった。

「はい、風間です」

――もしもし、特権者優遇計画委員会のものですが。

 それは一日の終わりに特命者の死を伝える市役所からのものだった。今夜から一週間この電話に悩まされることになるだろうことを克行は知っていた。どこか神経質そうな尖った声。あの牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた職員の顔を克行は思い出した。

「……はい」

(こんな時間まで働いてるのかい? 人の死を伝えるのはそんなに楽しいのか?)

 心のなかで克行はあの男を皮肉った。奴の尻には黒い尻尾がはえているに違いない。そして頭には……

――本日、除名者が記録されました。あなたのリストからの削除をお願いします。

「削除者? もう?」

 滑稽な悪魔の格好をさせた職員の姿は消え、克行の脳裏に自分の見知った人たちの顔が浮かんだ。しかし、電話の声はそんな克行の動揺など構う様子もなかった。

――名前を呼びあげます。あなたのリストからの削除者は特命者ナンバー0024・笠木義治。以上です。

 電話はそれだけでぷつりと切れた。

 削除者、つまり殺されたのは一人だけ、しかも克行の知らない人物だった。克行はほんの少しほっとしながら自分の持つリストに印をつけた。彼らの死は滅多なことがない限り殺人事件としても一般のニュースとしても伝えられることがない。もしニュースとして伝えられることがあるとすれば、それは克行が以前出会ったような狂喜の事件だけだ。そのことを考えるとニュースとして出ないのはむしろ平和な証拠といえる。

 そうだ、これが今の平和なんだ。

 この人はなぜ殺されなければならなかったんだろう。六十一歳と書かれた男の欄を見つめながら克行はやりきれない思いにかられた。クリスマスを前に孫たちへのプレゼントを買いこみ、それを手渡すことを楽しみにしていたのかもしれない。それともクリスマスのことなど意識することなくただ毎日を過ごしていたのかもしれない。いずれにしても「特権者優遇計画」などというものが頭にあったはずがない。おそらく自分自身わけがわからないまま、ひょっとすると「特権者優遇計画」そのものを知ることもないままに殺されたのかもしれない。突然、拳銃を突きつけられ、死を予感する間もなく死に恐怖することもなく殺される。昨日まで何事もなく暮らしてた人も一晩が過ぎれば一枚の紙切れのために冷たい屍に変わっている。

 あまりに簡単すぎる死じゃないか。

(ごめんだな、俺はそんな死にかただけは嫌だ)

 それならどんな死にかたが望みだ? 麻美のためなら死ねるか?

 麻美を守ると決意していながらも、それでも彼女と接することが怖くなってしまっている。麻美の不安な視線がいつも疑い深く克行を見ているように思えて仕方無い。

 疑心暗鬼。克行の心にも麻美の心のなかにも小さな鬼が生まれている。麻美に計画のことを伝えて以来そのことがひしひしと感じられていた。

(無事に生き残れたとして俺たちはこれまで通りやっていけるだろうか)

 冷たいものが心を走る。まるであり地獄に落ちてしまったようだった。決して這い上がることなど出来やしない。

 克行は自分の持つリストと特命者マスターリストを比較した。そして、それぞれの特命理由を見ていった。だが、どれも漠然としたものばかりで具体的な理由は書いてはいなかった。ただ、約半分をしめているのは「高齢」という二文字で、これだけは克行にもどういうことか想像出来た。今や世界一の高齢化社会となった日本。政府は今、なんとかしてこの問題をクリアしようと躍起になっている。この特権者優遇計画もおそらくそれが大きな一因となっているのだろう。

 部長の桜川には「反逆罪」となっていた。克行は先日の桜川を思い出した。桜川は何かに脅えているようだった。自分が特命者として登録されていることも想像していた、そんな素振りだった。

 いったい部長は何をやらかしたんだ? 部長にも聞いてみるべきだろうか?

 それが危険な考えだということは自分でもわかっていた。

 意味もなくそんなことを尋ねれば、おそらく克行が特権者として選ばれたことに桜川は気づくだろう。そして、逆に桜川の名前が特命者リストにあることを追求されるに決まっている。その結果起こるであろうことを十分予想出来る。しかし、今年の「特権者優遇計画」の流れを調べる意味でも桜川が特命者に選ばれた理由を知っておくというのは非常に大切になってくる。

 それならば明後日のことがが過ぎてからでも遅くはない。

 その後ならば克行が特権者に選ばれたということは仕事を通じて克行を知る人間ならば皆に知れ渡ることだろう。そのなかには当然、桜川もいる。

 明後日、克行は同じ特権者である坂本と波川の二人を殺害するつもりでいる。二人とも特権者として麻美を殺す位置にあるからだ。その二人を消すことにより麻美の危険も一部消すことが出来ると克行は信じていた。

 俺は本当に人を殺せるんだろうか。

 自分が置かれている立場が未だに信じ切れない気持ちがあった。


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