バトマブ
一閃。
煌めく鎧の天使が、赤い龍を切り裂いた。
暗い路地の奥で、少女は一人戦っていた。
彼女は、勝たなければならない。
この世界の運命を変えるために。
夏の風が気持ちいい、ビルの景色を見ながら歩く。
天辺に赤い光が見えて、大きな何かが飛び去ったように見えた。
(疲れているのかな。)
翔介は、カードゲームのバトマブの対戦した帰りだった。
高校二年。
裏路地を通り、いつもどおり帰るところ。
しかし、いつもの様子と違う。
男二人の背後には赤い龍が従っていた。
その前で、少女を守るように鎧の天使が立っている。
「お嬢ちゃん、二対一勝てると思うか?」
背の高い男があざ笑う。
「雑魚二人なら、数に入らないでしょ?」
少女は平静を装っているが、焦りの表情も見える。
背の高い男が手を振りかざす。
赤い龍の一体が少女に向かい突進する。
少女の掛け声で、鎧の天使が立ちふさがり赤い龍を切り伏せ、肉片が飛び散る。
見たことがある。
鎧の天使は、ハイパールカディス。
赤い龍たちは、ライザドラゴン。
バトマブのモンスターが実際にいる。
思わず感動した、しかし、あまりに危険な光景でもある。
「おい目撃者だ!消せ。」
背の低い男がこちらに気づき、ライザドラゴンをけしかけてきた。
龍の刀がこちらに迫ってくる。
(やられる!)
「魔法、ブロックシールド!」
少女の声が響くとともに、目の前に光の盾が現れ翔介の代わりに砕け散る。
「逃げて!」
少女が気遣う。
その時、持っていたカードが光りだし、目の前に展開した。
「ワルキューレドラゴン召喚!」
叫んでいた。
天使の翼をもつ龍が現れライザドラゴンに炎の息を浴びせる。
ライザドラゴンは爆散し、その地面は抉れ、熱で赤く発光している。
「翔介!私たちのターンよ!」
聞き覚えのある声が元気づけてくる。
「セナ!?なんでこんなことに巻き込まれてるんだ!」
同級生のセナがなぜ?
「いいから勝つわよ!」
セナの合図でハイパールカディスが背の高い男に切りかかる、光の破片が飛び散り宙に消える。
バトマブではバリアをすべて失い攻撃されれば敗北する。
翔介も指示を出す。
「攻撃!」
翼をはためかせワルキューレドラゴンが背の低い男を蹴散らす。男のバリアが消し飛ぶ。
「ハイパールカディスで止め!」
抑揚のない声でセナが指示だし、鎧の天使が無慈悲に剣で一人二人と切り払う。
男二人に黒い炎がまとわりつき、燃え上がった。
男たちは焦げついた地面だけ残して消えた。
翔介は悪寒を感じた。
吐き気に近い感覚もある。取り返しがつかない事をした。
「なんでこんな事してるんだ、何があったんだ。」
顔面蒼白でセナの顔を見たが彼女は涼しい顔だ。
「デスゲームよ。最後まで生き残れば——力が手に入る」
「もう十五人しか残ってない、ここまで来たら終盤よ。」
「お前、あの時…妹の事でやめたんだろ。」
その日、学校で呼び出されたセナは、顔面蒼白で荷物をまとめて帰った。それ以来会っていない。
翔介がそう言うと、彼女は一瞬だけ目を伏せた。
「……うん。」
小さく頷いたその声は、弱々しい。
その声を聴いて思わず声が出た。
「妹のためなんだな。危険だけど……俺も協力する」
自分も力になりたい。
「早く良くなるといいな。」
「……そうね。」
セナは微笑んだ。
その笑みは、どこか少しだけ無理をしているように見えた。
「ありがとう翔介。」
どこか迷いのある小さな声で言った。
帰り道
これからの戦いに備えて二人でカードを買いにいく。
セナはあまり話そうとしないのできっと疲れてるんだと思った。
カードショップに着く。照明で明るい店内に入る。
窓際の小学生がショーケースのカードを食いつくようにのぞいている。
それを見てセナは、
「楽しくても、いつか終わりが来るのに。」
ため息混じりに呟いて、目を逸らした。
ショーケース見て、それぞれ必要なカードを注文して会計。
翔介は、パックを開封した。
「うお、シークレット来た!」
「は?ずる。」
セナが素で声を漏らした。
「本当昔からギャンブル好きよね。
何故か当たるし!」
「買わなきゃ当たらないからな!」
「私は賢いから、確実に買うの。」
お互いが購入したカードを見て、二人はカードの戦法について談義し始めた。
「ワルキューレドラゴンノヴァはロマンあるけど、実戦では役に立たないよ。」
セナは正論で諭す様に言う。
「俺は使いたいからデッキに入れてるだけだ。」
意地になって言い返した。
「まだそんなこと言ってるの?」
セナは少しだけ目を細めた。
「中学の頃からずっと弱かったじゃない」
昔の事をイジるのが楽しいらしく。少し意地悪に微笑んでいる。
「はあ?何回も勝ってるだろ」
苛立った声を上げた。
「大会でラストブレード入れてた人が?」
やれやれこれだから初心者は、と言わんばかりに、困った顔で言う。
「……あれはお前に刺さるからだよ」
セナを意識して、対策していることを認めるのは少し気恥ずかしい。
「私にどうしても勝ちたいみたいね?」
挑発的な顔で言う。
「おう、望むところだ。」
頭に来てデュエルスペースを指差した。
二人は勝負を始めた。
ワルキューレドラゴンで速攻で攻める翔介。
「攻撃。何かある?」
確認を取る。
セナはニヤリと笑い。
「魔法、エンジェルゲートを使います。ハイパールカディスを召喚!」
してやったりと言うセナの表情に、翔介は渋い顔をする。
ハイパールカディスに完全に防がれ、ジリジリ追い詰められる翔介。
「攻撃で勝ち。対戦ありがとうございました。」
セナが大袈裟に言う。煽りもいいところである。
「まだ終わって無いって!ワルキューレドラゴンノヴァ召喚!デッキトップのカードをタダで使える!」
翔介は大盛り上がりだ。
この攻撃が防がれると形勢が逆転するかもしれない。
セナも瞳孔を大きくして、翔介のデッキトップのカードを見ている。
しかし、気合いの一声で捲れたのはハズレのモンスターだ。
「当たりが出れば逆転勝ちだったのに!」
「ほらやっぱりロマンはロマンよ。大逆転なんて無いの。」
セナは厳しい口調で言った。
「うるせー上から目線でアドバイスするな!」
むきになって声を荒げた。
その時セナが声を上げて笑った。
もう一年ぶりくらいに見た気がする。
セナのこの笑顔が大好きだ。
「やっぱり楽しいね、こうやって対戦するの。」
セナは心から嬉しそうに笑っていた。
昔、中学生の時二人で近所のショップにいって、少ない小遣いでカードを揃え、笑い合い対戦した頃と何も変わらない関係。
これから、どんな相手が来てもセナと乗り越えられる気がした。
「また今度対戦しようぜ。学校のみんなも呼んでさ!」
「そう…だね…」
少し間を空けてから翔介と目を合わせずに答えた。
蛍の光の曲が店内に流れる、閉店時間だ。
2人はカードショップで解散し、セナは自宅で休んでいた。
机にカードを広げながら、妹に勉強を教えていた日のことを思い出す。
「お姉ちゃんすごい」
「わたし、秀才なんだ!」
わざと自慢げに言った。
妹は、羨望の眼差しでこちらを見ていた。
「私もお姉ちゃんと同じ高校入る!」
ふと気がつき、スマホを開く。
「……私の考えおかしい?」
小さくつぶやいて、画面に視線を落とす。
表情は苦悩に満ちている。
AIの音声が、淡々と答えた。
『思考に偏りが見受けられます。またその思想は危険です。もう少し楽しい事に、目を向けて見ては?』
セナは、少しだけ目を見開いた。
「……ちがうよ」
ぽつりと、そう言った。
「私、おかしくないんだよ…」
セナは、眉をひそめる。
AIの音声が続く
「その考えは、妹さんの望みと一致していますか?」
「楽しくても、辛い事があったらダメなんだよ…」
孤独感で息が詰まる。
顔をうずめた枕が、静かに濡れていった。
次の日、駅前に二人で集まった。
「魔法、スクライイングチューター!」
魔法で周りの様子を探る。意識に辺りの光景が流れ込んでくる。デスゲーム参加者同士も近くに居れば気配を感じる。
敵の気配を頼りに進む。
見覚えがある、校舎と運動場二人がかつて通っていた高校だ。
今は夏休みで部活がある生徒だけが来ている。
セナは俯いている。この運動場から敵の気配を感じる。
「まさか、こことはね。行こう、敵が待ってるわ。」
セナと一緒に校門を通る。
「やっぱり懐かしいね、この校舎」
セナは上機嫌だ。
「セナさん!お久しぶりです。お元気でした?」
いつもの声が聞こえた。
如月。カード部の後輩で、中学からの付き合いだ。
よくセナと3人でバトマブを遊んだ仲だ。
「ああ!如月くん元気だった!?」
セナの声が弾む
日差しが熱い。
立ち話を続けるにはつらくなり、三人はカード部の部室へ向かった。
埃っぽい小さな部屋が部室だ。
棚には、カードや備品が置いてある。
如月は久々にセナに会えたので、頻繁に話しかけている。
セナのスマホの画面には美しい天使のイラストが写っている。
「またセナさん描いたんですか?見せてください…」
如月が興奮気味に言う。
「またルカディスのイラスト描いてるの?」
翔介は、呆気に取られている。
「ルカディスは永遠の平和と秩序を司る大天使なんだよ。背景ストーリー知らないの翔介?」
えへんと誇らしげにする。
「へー。強いから使ってるのかと思ってた。」
「もちろん強いけど、背景ストーリーも好き。」
「セナ、そういう話するとき楽しそうだよな。」
「セナさん、本当に詳しいですね…」
如月はうっとりしてセナとルカディスを交互に見ている。
「よおセナ!セナじゃないか!久しぶり」
いつもの声が聞こえた。房州。カード部の男子三年生。
「房州先輩!元気でした?」
セナの声が弾む
「おお、おまけに翔介じゃないか、相変わらずお熱い二人だな!」
セナは顔を赤らめた。俺も顔が熱くなる。
「俺ら、そういうのじゃないですから。」
反射的に否定した。
セナが睨んでくる。
「本当に、お前ら立派になった、俺もバトマブでそろそろ負けるかもな。」
「謙遜しちゃってー。翔介になんて負けないですよね。」
セナがにやりと笑う。先程の無礼に仕返しできて嬉しいらしい。
セナを睨む、しかしその笑顔は魅力的だ。
「妹の介護のために学校辞めたんだったな。大分厳しいと聞いているが、頑張れよ。暇になったら、また遊びに来い。」
気の毒そうに房州は、声をかけた。
「そうですね…」
セナの声のトーンが低くなり、目が虚ろになる。
以前、セナの妹が学校に来たが、かわいいと評判だった。
その時、如月が、房州先輩に耳打ちした。
房州先輩は校舎に入っていく。
如月はこちらを睨んでいたようにも見えた。
「翔介。私学校辞めちゃったから来るの、気まずかったけど。やっぱりいいところだね。」
明らかに、落ち込んだそぶりを見せる。
「普通に続けたかったなあ……」
かける言葉が見つからなかった。
敵の気配。
校舎内にいる。
誰か巻き込まれるのはまずい。
セナと目が合う。
緊張が走る。
校舎に入り探索。
生徒たちは多くはないが、まばらに残っている。
階段を上り、三階の渡り廊下に差し掛かった時、警報装置がなる。
シャッターが下り始める。
セナが向こうへ飛びき、そのまま一枚の鉄板で分断された。
「翔介!大丈夫!?」
シャッターをたたき声をかけてくる。
返事をする間もなく、影が飛びついてきた。
避ける。
立っていた床に棍棒がめり込む。
緑色のゴブリンが歯茎を見せて威嚇している。
辺りを見るもう二匹。
その後、人影が近づいてくる。
「如月?」
「やはり先輩がデスゲーム参加者でしたか…。」
冷笑している。
「まあいい、消えてください。」
如月が合図をだし、ゴブリン達が飛び掛かってくる。
「お前とは戦えない!」
他の生徒がこちらに気づいた。
如月の眼光がそれをとらえる。
「消せ!」
ゴブリン達が追いかける。
(まずい)
とっさにカードを出す。
ワルキューレドラゴンがゴブリンたちを蹴散らす。
生徒は無事逃げたようだ。
そのまま、如月を抑えるべく迫る。
「それを待ってました!魔法、カースマインド!」
如月のカードが光り、魔法陣が現れる。
ワルキューレドラゴンは石になったように動かない。
「なんであなたがセナさんと一緒にいるんですか?おかしいですよね?」
睨みながら続ける。
「僕が学校に入学したら、セナさんはもう居なかったんですよ。先輩は抜け駆けするんですか?」
如月が同じ部活に入って来た時の光景が思い出された。
「え…セナさんはいないんですか、なんで…」
部活に入ってきた時の如月の顔が急に曇った時の事を思い出した。
あの時の表情の意味を、今になって理解した。
…何も言えなかった。
高校入試の時、
「僕、先輩たちと同じ学校に必ず入りますから。そしたらまたバトマブしましょう!」
そういって別れた時のセナを見る憧れに満ちた表情。
いまでは怒りに満ちている。
「僕は、バトマブの全国大会に出てセナさんに認めてもらうんだ…。それなのにあなたは邪魔なんだ!」
如月のカードが光り、金棒を持った赤い悪魔ラストオーガが現れる。
巨体が、猛烈な勢いで壁や床を削り取りながら突進してくる。
このままあのサイズのモンスターが暴れたら?
この先にいる人たちの事が頭をよぎる。
「――これ以上、おまえに罪を背負わせるわけにはいかない。」
震える手で、そのカードを選んだ。
決定打を与え、形勢を逆転させる切り札。
「マグマフェニックスを召喚!」
巨大な火の鳥が、翼を広げて飛翔する。
高温と衝撃波が、辺り一面に降り注ぐ。数で押していた三体のゴブリンは絶叫を上げて燃え尽きた。
ラストオーガを、マグマフェニックスが足で掴み地面に叩きつけ、火炎を浴びせる。
ラストオーガは、息絶え消滅した。
辺りに黒煙が立ち込める。
「はっ?」
如月は状況を理解する間もなく炎を浴びる。
血の気が引く感覚、光るカードは輝きをやめず、火炎は止められない。
如月はバリアを全て失い、身を焼かれる。
「うわー死にたくない!なんで、なんでこんな事するんだよ、先輩!」
断末魔の叫びは途切れ、苦悶の表情で如月が倒れている。
体中が震える、声が出ない。
セナが走って来た。息が切れている。
「如月君!」
倒れている如月を見て、駆け寄った。
「だめだよ、まだむこうに行っちゃだめ!あなたは大切な友達なんだから、死なないで…」
セナは涙を流しながら、如月を抱き寄せる。
「セナさん、俺はあなたを…」
如月の言葉が切れる。
「ああ、そうなんだ。大丈夫だよ…終わっちゃえば楽になるから…」
セナは、如月の最後を悟り、やさしく励ますように言った。
しかし、翔介はその言い方に違和感を覚えた。
如月は一瞬穏やかな表情になり、そのまま燃えかすになり散っていった。
「こんな事になるなら、最初から何も無ければ良かった…」
セナは俯き、悲痛な声を出す。
俺が…殺したのか…?
目を伏せ、顔を歪めた。息がうまく吸えない。
戦わないといけない。その現実の厳しさを痛感した。
セナは苦渋の表情で如月の焼け焦げた跡を見つめていた。
「こんなに悲しい世界は、終わらせなければいけない…」
セナは重苦しく言った。セナの瞳は黒く染まっている。
セナは押し黙っている。
その時、辺りが真っ暗になり、ゲームマスターの声が響いた。
直接意識に語りかけて来る。
「デスゲームは、もう大詰めです。残ったのは貴方達だけ。」
「明日の朝十時に河川敷公園に集まり決着をつけてください。」
「勝者はこれからの運命をも捻じ曲げる、強大な力を手にします。」
自宅に帰るセナ。
暗い部屋。
スマホのライトで視界が照らされ、呟く。
「悲しい事は、もう二度と起こらない様にしたい。わかるでしょ?」
AIが、淡白に回答を読み上げる。
「極端な考えはよく有りません。もっと息抜きをして、心を落ち着けましょう。」
理解されない苛立ち。
「みんな向こう側へ行けば、悲しい事なんて起こらない、私はそうしたい。」
声が荒くなる。
「あなたの過去は重いものがあり、その発想になるのは分かります。しかし、現実を考えればそれは避けるべき考えです。」
AIの回答はそれで終わった。
セナは、震える手でアプリを閉じる。
「わからなくて良いよ。私の願いは、変わらないから…」
怒りと、悲しみで息が詰まる。
暗闇を照らすスマホの明かりを消し、眠りに落ちる。
夢、妹と抱き合うと体温を感じる。
セナは妹に本を読んでいた。
「人魚姫って、最後かわいそうだね」
腑に落ちないようだ。
「……でも、楽しかった時間も本物だったよ」
微笑みかける。
次の日、朝の日差しが差し込む中。
翔介とセナは、集合時間までまだ時間があるのでファミレスでくつろぐことにした。
ふとセナは、昔話を始めた。
「私と同じ高校入りたいって、三年の夏休みから急に勉強、頑張りだして。無理だろって言われてたのに、受かってびっくりしたよ。」
心底疑問らしい。
「永遠のライバルのセナと同じ学校に入ったら楽しいだろうなって。」
真面目に理由を考えたことはなかったがそういう事だ。
「出会った頃と、変わらないね。でもわたしも、前はそうだったかも」
セナは優しく微笑んだ。
そういうセナの表情が眩しかった。
「一緒の大会出たとき、決勝が自分達だったときとか楽しかったな。」
セナの表情は明るい。
「そんなことあったな。大会なのに。いつもの対戦と変わらなかった。」
鮮明に覚えていた。忘れようがない。
「もちろん、いつも通り。私が勝ったけど?」
目を細める。すぐに煽ってくるのは昔からだ。
「やかましい、お前がいなきゃ優勝だったよ。」
ぴしゃりといい、話題を変える。
「セナは、力を手に入れたら何をしたい。妹の事はもちろんだけど。他にもできる事あるだろ?」
「ああ、そうだね。もう大切なものを失うのは嫌。守れないなら、最初から持たない方がいい。」
セナは食べ終わった皿を脇に避ける。
悲しげに見える。
そんな考え方するやつだったか?最初から持たないってずいぶん物騒だな。
「あの子、昔はここでパフェ食べてたのに…」
視線を逸らし、沈痛な面持ち。
妹の事が心配なんだな。今は病院にいるんだろう。
「大丈夫だよセナ、絶対願いは叶うからさ…」
思ったよりセナの落ち込みようが酷く。元気づける。
「あの頃は、楽しかったな。」
ぽつりと、そう言った。
「みんなでカードして、笑って……」
「こんな時間が、ずっと続けばいいって、本気で思った。」
セナはドリンクのストローをくるくる回している。
「でも、実際は終わりが来る…続くと思ったら怖いんだよね…」
窓の外、白い雲を眺めるセナの表情は、虚ろに見えた。
朝日が差す中、河川敷公園に集まった。
最後の生き残りは二人。
黒い祭壇、ローブに身を包んだゲームマスターが現れた。表情は読めない。
「勝者に力を与えましょう。」
若い男の声。
「気づけば、俺はずっとセナのために戦ってた。」
「俺の願いは、セナに託すよ。願いを頼む。」
戦いが終わる。やっと報われる。
セナが祭壇に立つ。
俯き、重苦しい表情。
表情は暗く、視線は迷い揺れる。
顔を上げ言う。
「——この街を、滅ぼして。」
セナを見る。
目が正気ではない。
その瞳は深く、どす黒い。
「悲しい事が、もう二度と起こらない世界にして…」
俯きながら言う。
「素晴らしい願い。冥王の力を手にするにふさわしい…」
薄ら笑いで囁くと、その姿は無数の黒い羽になり舞い上がり、セナの体を覆い始める。
セナは全身を漆黒のローブに包んだ。
空は闇に落ち、黒い球体が現れ、黒と青の炎が街を燃やす。
悲鳴、子が親を呼ぶ泣き声。
「おい!セナなんでこんな事を…」
震え、問う。
セナは、悲しみで押しつぶされて言う。
「…あの子はもう、向こうにいるのに。」
何を言っているんだ?
「向こうなら、辛いことは何もないんだよ。」
目の焦点が合わない。理解出来ない不気味さを感じる。
「こんなのセナがやりたかった事じゃないだろ?おかしいだろ!」
必死に訴えた。
「わからないの翔介?みんなこの世界には居てはいけないんだよ…」
町が壊れて行く、セナも…。
このままじゃ、取り返しがつかなくなる。
俺のできる事は――これしかない。
静かに立ち上がり、デッキを構えた。
セナとのデュエルが始まった。
「ワルキューレドラゴン召喚!」
悲痛な宣言。
戦う、確実に大事なものが失われる。
どんな戦いより苦しい。
「翔介、この世界は不安定なんだよ、ここにいる限り大切なものを失う。危険な世界なんだよ。」
セナが諭すように言う。ざわつく心を制して翔介は答える。
「仮にそうだとしても、セナの願いを叶えるわけにはいかない!こんなことをしては行けないんだ!」
全力で声を張る。我に返る様子はない。もともとこういう考えなのか。
ワルキューレドラゴンが迫る。
いつもなら、守りを固められると、勝てない。
だから急ぎ、攻める。
セナは不敵に笑い、カードを掲げる。
「漆黒の天使ダークルカディス召喚!」
ルカディスと同じフォルムだが禍々しい漆黒の身体に黒い翼がある。セナの好みではない。
ダークルカディスの漆黒の翼が飛び散り、ワルキューレドラゴンに向かう。
ワルキューレドラゴンは、灼熱のブレスを吐き応戦する。
黒い翼の嵐と、赤い炎がぶつかり合う!
しかし、ワルキューレドラゴンの炎はかき消され、ダークルカディスの黒い翼が、ワルキューレドラゴンに纏わりついた。
ワルキューレドラゴンは黒くなり粉々になった。
セナの戦いに、恐怖した。
(こんなのセナじゃない)
マグマフェニックスを繰り出す。
溶岩を撒き散らす。地面は焦げ、ダークルカディスは怯んでいる。
セナがカードを使う。
判断は早く、自信に満ちている。
「魔法、ダークエクリプス!」
黒い月から、漆黒の閃光が迸る。
マグマフェニックスは弱り、落ち、ダークルカディスが迫る。
二体はつかみ合う。力比べだ。マグマフェニックスは、押され地面にたたきつけられる。
そのまま、漆黒の剣をダークルカディスが突き立てる。マグマフェニックスは、炎を出しながら爆散した。
セナは翔介をじっと見つめ
「あなたも向こうへ送ってあげる!大丈夫すぐに終わるから!あっはっはっはぁぁ…」
狂気の笑いを浮かべる。
喜んでいる。
「ダークルカディスで攻撃!」
黒い天使ダークルカディスが青黒い炎を放つ。
その瞬間、セナは胸を押さえて苦しみだした。
狂った笑顔が一瞬歪み、瞳の奥に苦悩が見えたそして
「だめだよ…」
セナの表情が苦痛に歪む。
「さよなら翔介。」
と涙した。
(もうセナのことわからない)
青黒い炎をまともに受ける。
バリアは全て弾け飛び、空に向かって光の破片が飛び散る。
青黒い炎がまとわりつく。
熱い、痛い。
視界が真っ黒になり意識が遠くなる。
高校、翔介と新弾の話をしている。
「その…妹さんの事でお母さんから連絡だ」
「えっ…」
「お母さん、何?」
妹は、遊園地に行くはずだった。
痛い?
今は、病院にいる?
話を聞く。
涙が止まらない。
「お姉ちゃん学校行かなくていいの?」
不思議そうに首をかしげる。
「いいんだよ。これからはずっと一緒だからね。」
心底嬉しそうだ。
妹と絵を描いたり、ゲームをしたり。
笑顔が輝いていた。
「ありがとう、お姉ちゃん。本当に楽しい!」
視界が歪む。次の瞬間、病室にいた。
セナの妹がベッドに寝ている。
「お姉ちゃん生きてるのって辛いんだね。」
息も絶え絶えに話す姿は痛々しい。
「大丈夫!大丈夫だから!また楽しいこと、あるから……」
セナは妹に、そして自分自身に言い聞かせている。
目には涙が溢れていた。
集中治療室で妹は、人工呼吸器をつけていた。
機械音だけが、規則的に響いている。
そして、心電図の波が止まった。
「ピー」
暗い部屋、
光るスマホの画面
涙が枯れた。
「何か楽しいことしたら…?」
と母が言っていた。
大会情報?
デスゲーム…
冥界の力…
高揚感、
「私が、世界を終わらせる。」
呟き、
闇の中照らされた顔は微笑んでいた。
これはセナの記憶?
(こんな事はあってはならない。)
知らなかった。セナのこと。
もう、このまま向こうへ行ってしまうのも悪くない。
しかし、闇の中で光るものがある。
「やっぱり楽しいね、こうやって対戦するの。」
屈託のない笑顔。
「……ずっと、こうしてたかったな。」
真実の表情。
「お前の願い、こんな形で終わらせてたまるか!」
心の底から叫んでいた。
青黒い炎が吹き飛ぶ。
覚悟を決め、力強く言い放つ。
「ワルキューレドラゴンノヴァ召喚!」
天使の翼をはためかせ、空に赤き竜が光り輝く。
「ワルキューレドラゴンノヴァ?悪あがきね。
この状況を打開するカードなんて、あなたのデッキにはないって知ってるわよ!」
セナの瞳孔が、大きくなる。
心のなかで祈った。
(頼む、来てくれ!)
デッキが輝き、一枚のカードが空に舞い上がる。
点から光と炎の刃が、漆黒の天使に降り注ぎ、粉砕した。
「ラストブレード?!なぜそんなカードを!」
セナは驚く。
瞳に光が見える。
「お前とまたデュエルする時に使いたくて、ずっとデッキに入ってた!」
セナと戦うために、デッキに残り続けたカード。
ワルキューレドラゴンノヴァが空を駆け、セナに迫る。
「翔介、邪魔しないで!もう少しで悲しみのない世界になるの…」
困惑の表情。
目の前で動きを止める。
ためらう、
(これでいいのか…それでも…)
(このままじゃ、セナはもう戻れない)
(笑ってデュエルしてた、あのセナのまま終われない)
セナの輝く笑顔が、思い浮かぶ。
(あの時の言葉――)
「……ずっと、こうしてたかったな」
(これでいいのか…)
(それでも——止めなきゃいけない)
「ワルキューレドラゴンノヴァ攻撃!」
苦しみ、宣言した。
ワルキューレドラゴンノヴァは、光り輝くブレスを吐く。
セナが光の嵐に吸い込まれていく。
セナのバリアが砕けて、光の欠片になり空に消えた。
勝利した。
黒い球体、青と黒の炎は消え、青空が広がる。
セナはその場に崩れおちるように倒れた。
駆け寄り抱き寄せる。
「……間違ってるって、わかってたけど……もう、大切なものを失うのが怖かった…」
苦痛、弱りきった声。
「私を止めてくれてありがとう。」
消えそうな声。
「私……こんなことするべきじゃなかったのに…」
「戻ってきてくれて良かった、セナ。」
言い聞かせるように翔介は声をかけた。
「翔介とまた一緒にデュエル出来て、本当に嬉しかった」
目には涙が溢れている。表情は穏やかだ。
また心が通じた。胸に希望が湧いてくる。
「オレもだよ。また一緒にデュエルしよう」
瞳が輝き、笑顔になった。
瞬間、体が黒化し始める、
デスゲームの敗者は消える。
「あなたのおかげで、私救われた。本当に感謝してるわ翔介」
足先から崩れていき、空に舞っていく。
「待ってくれセナ!」
優しい笑顔で答える。
同時に、泣き出しそうな顔で。
セナはこの世界からいなくなった。
笑顔で消えた。
手の中に温もりが、少し残っている。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、世界は静まり返っていた。
青空の下の焼け野原で、立ち尽くしていた。
残されたカードが光っている
「楽しいね。」
そう言って微笑む、あの笑顔の輝き。
闇の天使ではなく。光輝く天使の姿。




