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理を極めた俺、異世界で女王を最強に育てたら国ごと無双してしまった  作者: 慈架太子


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第8章 畜産と豊穣 (聖者ペーターと果樹園の雫)

王宮の調理研究室は、もはや一つの聖域と化していた。ウォルゼインのさらなる助言により、王国の「旨味革命」はついに最終段階へと突入する。


「ミレーヌ、ハナ、そしてリネット。君たち三人の力を貸してほしい。オークの胸肉を使い、海のないこの国で『節』を作るんだ」


ウォルゼインの指示は緻密だった。まず、ベネディクトが仕留めたオークの中でも、特に身の引き締まった胸肉を厳選。それをハナが用意した特殊な香草と共に茹で上げ、リネットが管理する乾燥室で燻し、アリシアの「時間加速」によって数ヶ月分の熟成を一瞬で完了させた。


こうして完成した「オーク節」を薄く削り、熱を加えれば、動物性の旨味成分**「イノシン酸」**が爆発的に抽出される。ミレーヌは、これまでに確立した植物性の「グルタミン酸(砂糖黍)」、キノコ由来の「グアニル酸」を、このイノシン酸と完璧な比率で融合させた。


「……信じられませんわ。三つの旨味が合わさった瞬間、味が『立体』となって脳を支配します。これは、神々の飲み物ですわね」


ミレーヌは、はち切れんばかりの胸元を昂揚に震わせ、究極の出汁をベースにした正統派**『オークかつ丼』**十七人前の調理に取り掛かった。


黄金色に輝く三合一さんごういちの出汁が、ハナの玉ねぎを透き通るまで煮込んでいく。そこに、サクサクに揚げられたオークカツが投入され、瞬く間に三重の旨味を吸い込んでいく。仕上げに、濃厚な魔導卵が天の川のように回し入れられた。


大食堂には、十七人の精鋭が集結していた。アリシア、ウォルゼイン、十人の使徒、そして五人の神職人。彼らの前に、湯気を立てる至高の丼が並ぶ。


「――っ! これは……言葉にならん!」

ベネディクトが最初の一口で絶叫した。

「喉を通る瞬間の余韻が、いつまでも消えん! 身体中の魔力回路が、この旨味に共鳴して歌い出しているようだ!」


カトリーナは、あまりの美味しさに目尻に涙を浮かべながら、優雅に、しかし猛烈な勢いで箸を動かした。

「グルタミン酸、グアニル酸、そしてイノシン酸……。この『旨味の三位一体』は、我が王国の揺るぎない国力そのものですわ。この出汁があれば、世界中の金をローゼライトに集めてみせます」


アリシアは、出汁の染みた米を一口頬張り、隣に座るウォルゼインの手をそっと握りしめた。

「……ウォルゼイン。私、今この瞬間、この国に生まれて、あなたに出会えて、本当に良かったって……心から思うわ。この味は、私たちが共に歩んできた証ね」


かつては嫉妬に明け暮れた女王の瞳は、今や全知の賢者への深い信頼と、民と仲間を慈しむ慈愛に満ちている。ミレーヌの技術、ハナの農力、そしてウォルゼインの知恵。それらが見事に調和した十七杯の丼は、単なる食事を超え、王国の「和」を完成させる儀式となった。


食後、十七人の顔には、かつてないほどの充足感と、明日への活力が漲っていた。


「さあ、皆! この『三位一体の旨味』をローゼライトの標準となし、世界をその美味しさで震撼させなさい!」


アリシアの力強い宣言と共に、食の帝国・ローゼライトは、新たな黄金時代へと突き進んでいく。




王宮の大食堂に漂う「三位一体」の出汁の香りは、単に胃袋を満たすだけではなく、そこに集う女性たちの心までも蕩かせていた。


五人の神職人――カトリーナ、ミレーヌ、ハナ、リネット、そしてソフィ。彼女たちは当初、若き女王アリシアが自分たちに向ける、剥き出しの嫉妬や牽制をどこか愉しんでいた節があった。大陸屈指の美貌と才能を誇る彼女たちにとって、愛に揺れるアリシアを少しだけからかい、困らせることは、多忙な公務の中の「余興」のようなものだったのだ。


しかし、目の前で静かに微笑み、次々と「神の仕業」とも呼ぶべき知恵を体現していくウォルゼインの姿を間近で見続けるうちに、彼女たちの余裕は音を立てて崩れ去っていた。


砂糖黍から純白の旨味を導き出し、魔物の肉を至高の「節」へと変え、それらを組み合わせて世界を塗り替える味を創り出す。その仕草の一つ一つに、一切の迷いがない。無造作に袖を捲り上げ、真剣な眼差しでミレーヌに調合を指示する横顔。あるいは、ハナの育てた米を慈しむように手のひらで転がす優雅な指先。


「……反則ですわ、あんなの」


カトリーナは、手に持った扇で紅潮した顔を隠しながら、小さく溜息をついた。計算高い彼女が、損得勘定を抜きにして一人の男の挙動を追ってしまう。ミレーヌは、自身が完成させたはずのかつ丼の味すら忘れるほど、ウォルゼインの端正な口元が動くたびに、胸の奥が熱く疼くのを感じていた。


ハナは、彼に「美味しいお米をありがとう」と言われた瞬間の手の温もりが忘れられず、リネットとソフィも、彼のために仕立てる服の寸法を測る口実を、どうにかして作れないかということばかりを考えるようになっていた。


もはや、アリシアをからかう余裕などどこにもない。彼女たちは今、アリシアの鋭い視線を背中に感じ、その「正妻の座」の重みを知りつつも、それでも抗えない引力でウォルゼインに目を奪われていた。


「(……いけないわ。陛下があんなに頑張って器を広げようとしているのに……。でも、あの方が語る未来を聞いていると、どうしても……)」


ハナが視線を彷徨わせると、そこには同じように頬を染め、ウォルゼインの一挙手一投足に心を震わせている仲間たちの姿があった。五人は一瞬だけ視線を交わし、互いの胸に芽生えた「本気の恋心」を悟った。


アリシアの器が広がったのは、彼女自身の努力だけではない。五人が「本気」になってしまったことで、遊び半分だった誘惑が、切実な「敬愛」へと進化したからでもあった。


ウォルゼインがふと顔を上げ、「どうかしたかい?」と穏やかに問いかける。その破壊的なまでに無自覚な優しさに、五人の神職人は一斉に肩を跳ねさせ、林檎のように顔を赤くして俯いた。


「な、なんでもありませんわ! 賢者様!」


揃いすぎた返声に、アリシアが「……ちょっと。あんたたち、今の怪しいわよ」とジト目で睨みを利かせる。

食の革命が成し遂げられた王宮の夜。それは、女王と五人の美女による、ウォルゼインを巡る「本気の恋の戦火」が密かに、しかし激しく火を噴いた夜でもあった。



王宮の奥深く、月の光が青白く差し込むサロン。アリシアは、昼間から様子がおかしかった五人の神職人を緊急招集した。テーブルの上には、ミレーヌが淹れた香り高い茶が置かれているが、誰も口をつけようとはしない。


「……はっきり言いなさい。あんたたち、さっきからウォルゼインのことばかり見て。最初は私をからかうつもりだったんでしょ? 余裕たっぷりな顔をしてさ」


アリシアの鋭い問いかけに、五人の間に重苦しい沈黙が流れる。しかし、その沈黙を破ったのは、常に沈着冷静なカトリーナだった。彼女は扇を閉じ、覚悟を決めたようにアリシアの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「……ええ、認めますわ。最初は、嫉妬する陛下が可愛らしくて、少し悪戯を仕掛けるつもりでした。でも……あの方の『神の仕業』を間近で見せられ、この世界を優しさで塗り替えていくあの眼差しに触れて……。計算が、全く立ちませんの。あの方を想うと、胸の奥が焼き切れるように熱いのですわ」


カトリーナの告白を皮切りに、堰を切ったように言葉が溢れ出した。


「私もです!」と、ハナが涙ぐみながら身を乗り出す。「お米を一粒一粒大切に見てくださるあの手……。あの手に触れられた瞬間、私、土のことなんて全部忘れて、あの方のことだけ考えてしまったんです!」


「調理場での、あの厳しいけれど慈愛に満ちた指示……。私、自分の完成させた味よりも、あの方に褒められたい。それだけが、私の料理の原動力になってしまいましたわ」とミレーヌが潤んだ瞳を伏せる。


「あの方の身体の寸法を測るたび、指先が震えて……」「布を纏わせる瞬間、時が止まればいいと願ってしまった……」リネットとソフィも、それぞれの職人としての誇りを恋心へと塗り替えられていたことを認めた。


五人は一斉にアリシアの前で、膝をついた。それは臣下としての礼ではなく、一人の恋する乙女として、先駆者であるアリシアへの敗北宣言であり、同時に「共闘」の願いでもあった。


「陛下、申し訳ございません。私たちは、もうあの方なしでは、この才能すら活かせそうにありませんの」


アリシアは呆然として彼女たちを見下ろしていた。かつての彼女なら、ここで怒り狂っていたかもしれない。しかし、五人の真摯な、そして自分と同じくらい必死な瞳を見て、アリシアの胸にすとんと落ちるものがあった。


「……そう。あんたたちも、あいつの魔法にかかっちゃったのね」


アリシアは溜息をつき、自分も彼女たちの隣に座り込んだ。


「正直、ムカつくわ。でも……わかる。だって、あんなにすごくて、優しくて、無自覚に女心をかき乱す男、世界中探したっていやしないもの。私だって、毎日が戦いなんだから」


アリシアは五人を見回し、少しだけ悪戯っぽく笑った。


「いいわ。まとめてかかってきなさい! 私が正妻なのは譲らないけれど、あんたたち五人の力を合わせて、あいつをもっと驚かせてやるわよ。……六人で、あの『分からず屋の賢者』を、ローゼライトの愛で包囲してやるんだから!」


「「「「「はい、陛下!!」」」」」


王宮の夜に、六人の恋する乙女たちの決意が響いた。

それは、一人の賢者を巡る愛の競争の始まりであり、王国の繁栄が「愛」という名の最強のガソリンを得た瞬間でもあった。六人の乙女たちが放つ情熱は、オークかつ丼の熱気をも超え、ローゼライト王国をさらなる高みへと押し上げていく。



六人の乙女たちが一致団結したことで、ローゼライト王国はかつてない熱量に包まれた。アリシアを筆頭に、カトリーナ、ミレーヌ、ハナ、リネット、ソフィが知恵と情熱を絞り出し、ウォルゼインへの愛と驚きを形にするための「建国記念大祭」が始動した。


その噂は、またたく間に国境を越え、周辺諸国を戦慄と羨望の渦に叩き込んだ。


「何だと……? ローゼライトが『全土に料理と服を配る』だと!?」


北の軍事大国バルシュタインの王は、密偵からの報告に椅子から立ち上がった。かつての帝都を飲み込んだ「恐怖の国」は、今や「世界の美食と流行の発信地」へと変貌を遂げていた。国境沿いには、ミレーヌが監修し卒業生たちが振る舞う「三位一体出汁のオークかつ丼」の香りが漂い、それだけでバルシュタインの兵士たちの戦意は霧散した。


「あんなに旨そうな匂いがする国と戦えるか! むしろ亡命してあの丼を食わせろ!」


東の商業都市連合メルカトルでは、カトリーナが仕掛けた「建国記念通貨」と、リネット・ソフィが手がける「限定正装」を求めて商人が殺到し、経済の基軸が完全にローゼライトへと移行していた。ハナが供給する「奇跡の米」は、近隣諸国の飢餓を救う「聖なる種」として崇められ、アリシアの名は「冷酷な魔女」から「慈愛の豊穣女神」へと書き換えられていった。


そして大祭当日。

王都は「知・食・美・富」の全てが結晶化した、まさに地上に現れた天国だった。

ハナの米とミレーヌの三種旨味出汁による「黄金のかつ丼」が全土で振る舞われ、リネットとソフィが考案した、着るだけで魔力が整うという「虹色の祭礼服」が民を彩る。カトリーナが用意した世界中の珍品が並ぶ市場は、富の奔流となって国を潤した。


「ウォルゼイン、見て。これが私たちの、あんたへの答えよ!」


アリシアは、六人を代表してウォルゼインの隣に立った。彼女の瞳はかつての嫉妬で濁ることなく、共に国を創る仲間への信頼と、一人の男への燃えるような恋心で輝いている。


ウォルゼインは、王宮のバルコニーから見下ろすそのあまりに美しく、豊かな景色に目を細めた。周辺国の王たちが「もはや勝てぬ」と悟り、貢物を持って列をなしている光景すら、この祭りの華の一部に過ぎない。


「……驚いたよ。僕が教えた種が、これほどまでに鮮やかな大輪の花を咲かせるとは。アリシア、君たちは本当に……僕の想像をはるかに超える最高のパートナーだ」


その「パートナー」という言葉に、背後に控えていた五人の神職人たちも一斉に頬を染め、熱い吐息を漏らした。彼女たちは知っている。この大祭の真の目的は、ウォルゼインに「この国に、この女たちに、一生寄り添いたい」と思わせるための、壮大な愛の包囲網であることを。


周辺国がローゼライトの圧倒的な「文化の力」にひれ伏す中、六人の乙女たちは、賢者ウォルゼインが呆然とするほどの「驚き」と「愛」を、次々とその胸に叩き込んでいくのであった。



建国記念大祭の熱狂も冷めやらぬ中、次なる国策を定める定例会議の席で、農業顧問のハナが意を決したように手を挙げた。


「陛下、賢者様。お米や香辛料の生産は軌道に乗りましたが、真の『食の帝国』を目指すなら、今のオーク肉に頼る体制だけでは不十分です。私は、本格的な**『養鶏』『養豚』そして『酪農』**を国策として導入すべきだと具申します!」


その瞬間、ウォルゼインの目が鋭く、かつ爛々と輝いた。

「……素晴らしい提案だ、ハナ。オーク肉は確かに活力を与えるが、日常の食卓に彩りと栄養を添えるのは、やはり卵、乳製品、そして繊細な肉質の家畜たちだ。特にマヨネーズやかつ丼のクオリティを底上げするには、専用の品種が必要不可欠だ」


ウォルゼインの食に対する異常なまでの熱意に、アリシアをはじめとする他の五人は一斉に身構えた。

(……またなの!?)

(……今度は一体、どんな『超絶美人の酪農家』が現れるっていうのよ!)


カトリーナは扇を強く握りしめ、ミレーヌは包丁を磨く手を止め、ソフィとリネットは「またライバルが増えるのか」と、既に戦闘態勢に入っている。アリシアに至っては、「ハナ、あんたの推薦する人なら、どうせまた……」と、半ば諦めと警戒が入り混じった溜息を漏らした。


「それで、ハナ。その大事業を任せられる専門家は、もう見つけてあるのかい?」


ウォルゼインの問いに、ハナは満面の笑みで頷き、扉の向こうに声をかけた。

「はい! 幼馴染で、動物たちの心を知り尽くした最高の飼育員です。入ってきて、ピーター!」


重厚な扉が開き、六人の乙女たちの視線が一点に集中する。

現れたのは――。


「あ、あの……お初にお目に掛かりますだ。ピーターと申します。動物たちの世話なら、誰にも負けないつもりでがす……」


そこに立っていたのは、つぎはぎだらけのオーバーオールを纏い、藁の匂いをぷんぷんさせた、実にかさついた髪の**「純朴だけど冴えない青年」**だった。


「…………えっ?」


アリシアが拍子抜けしたような声を上げた。カトリーナは扇を落としそうになり、ミレーヌは目を細めて彼を三度見した。どこからどう見ても、これまで現れた「超美人の天才職人」たちとは正反対の、飾り気のない、少しおどおどした田舎の青年である。


しかし、ウォルゼインだけは違った。彼は椅子から立ち上がると、ピーターの手を力強く握りしめた。


「ピーター君、待っていたよ! 君のような、泥にまみれて命と向き合える人間こそ、この国の背骨になる。さあ、まずは牛の品種改良と、卵の黄身を濃厚にする魔導飼料の配合について議論しようじゃないか!」


ウォルゼインの瞳は、これまでにないほど澄み渡り、未知の技術への知的好奇心に燃えている。

「……へ、へい! 滅相もねえですだ! 賢者様にそんな風に言っていただけるなんて……一生ついて行きますだ!」


ピーターの純朴な瞳に、ウォルゼインへの深い崇拝が宿った。

その光景を見て、六人の乙女たちは一様に胸を撫で下ろした。

(……良かった。今度は女の子じゃないわ。しかも、なんだかウォルゼイン、あんなに嬉しそうにして……)


しかし、彼女たちはまだ気づいていなかった。この冴えない青年ピーターこそが、後に「ローゼライトの食の基盤」を支える伝説の聖農者となり、ウォルゼインの信頼を最も厚く受ける「最強の右腕候補」の一人になることを。


「よし、ハナ、ピーター。今日から王宮の裏山を広大な牧場にするわよ! 私の魔力で、最高の牧草を一気に生やしてあげるから!」


アリシアは、ライバルが男だったことへの安心感から、かつてないほど気前よく魔力の提供を申し出た。こうして、ローゼライト王国は「畜産革命」という新たな章へと突入していくのであった。



王宮の裏山に広がる広大な牧草地。そこに、つぎはぎの服を纏った青年ペーターの穏やかな声が響き渡っていた。


「……いいかい、皆。君たちの流す乳も、産み落とす卵も、この国を救う聖なる雫になるんだ。誇りを持って、健やかに育ってほしいんだよ」


ペーターは、ただの「冴えない青年」ではなかった。彼は、太古の精霊使いの血を引き、あらゆる動物たちと意思を通わせる「獣の対話者」だったのである。


ウォルゼインは、ペーターのこの稀稀なる才能にいち早く気づき、彼に王国の畜産全般を委ねた。ウォルゼインが理論を説き、アリシアが豊かな環境を魔法で整え、そしてペーターが動物たちに「ことわり」を説く。この三位一体の体制が、ローゼライト王国の畜産に革命をもたらした。


「ペーター君、牛たちに伝えてくれ。彼らの提供してくれる牛乳は、子供たちの骨を強くし、ミレーヌの作る料理を天上の味へと変える。その対価として、僕たちは最高の寝床と、病なき一生を約束すると」


ウォルゼインの言葉を受け、ペーターは牛の群れのリーダーである巨大な雄牛の角にそっと手を触れる。ペーターを通じてウォルゼインの誠実な意志が伝わると、牛たちは一斉に力強く鳴き声を上げ、その瞳には慈愛に満ちた知性が宿った。


「陛下、賢者様。鶏たちも納得してくれましただ。自分たちの命の一部である卵を、王国の宝として捧げると。その代わり……毎日、ハナさんの育てた極上の穀物を食べたいと言ってやす」


「ええ、もちろんよ! 望むだけの最高級の餌を用意してあげるわ!」


アリシアは、ペーターの純粋な心に感銘を受け、惜しみなく魔力を大地に注ぎ込んだ。

ペーターが牧場を歩けば、家畜たちは彼を慕って集まり、自ら進んで毛を差し出し、乳を分け与える。彼らにとってペーターは、自分たちの声を王に届けてくれる聖者であり、過酷な自然から守ってくれる導き手であった。


「産業動物」という、本来ならば消費されるだけの存在が、ペーターの介在によって「共に王国を創る同志」へと昇華されたのだ。彼らがストレスなく、誇りを持って提供する乳や肉は、これまでの常識を覆すほどの魔力と旨味を帯びていた。


「すごいわ……。ペーターが来てから、動物たちの表情が全然違う。これなら、ミレーヌの作る『かつ丼』も、さらに次の次元に行けるわね」


アリシアは、動物たちと戯れるペーターの姿を、信頼を込めて見つめた。

かつては「冴えない青年」と侮った六人の乙女たちも、今やペーターの醸し出す聖者のような静謐なオーラに、深い敬意を抱いている。


「賢者様……この国には、本当に無駄な人間など一人もいないのですな」

ベネディクトが感嘆の声を漏らす中、ウォルゼインは満足げに頷いた。


「ああ。ペーター君という『心』が加わったことで、ローゼライトの食文化は真の完成を迎える。さあ、次は彼らの恵みを使って、世界を驚かせる『乳と蜜の奇跡』を形にしよう」


ペーターの祈りにも似た対話によって、ローゼライト王国の牧場は、今日も生命の喜びに満ちた聖なる地として輝き続けている。



王宮の展望テラスで、ウォルゼインは農業顧問のハナを呼び出し、さらなる食の革命に向けた新たな構想を伝えた。


「ハナ、これまでの穀物や野菜に加え、これからは『果物』の生産に力を入れたい。特に、三つの系統を重点的に育ててほしいんだ。レモンやスダチのような柑橘系、芳醇なリンゴ系、そして最高級のブドウ系だ」


その言葉を聞いた瞬間、ハナの瞳が専門家としての熱を帯びて輝いた。

「果物ですね! 賢者様、お任せください。この国の土壌と私の『農力』、そして陛下の魔力があれば、伝説の果樹園を作ってみせます。でも……これらはそのまま食べるだけではありませんよね?」


ウォルゼインは満足げに頷き、その知略の一端を明かした。

「その通りだ。柑橘系は、ミレーヌが作った『三位一体の出汁』と合わせ、究極の調味料**『ポン酢』**にする。これが加われば、オークかつ丼はさらにさっぱりと、より深い次元へと進化する」


さらにウォルゼインは、ハナの収穫したリンゴとブドウを使い、王国の文化度を象徴する「酒」の醸造を提案した。リンゴからは黄金色に輝く微炭酸の**『シードル』を、そしてブドウからは、何十年も熟成させて価値を高めることができる『ワイン』**を。


「……素敵ですわ、賢者様!」

背後で聞き耳を立てていたカトリーナが、扇を鳴らして割り込んできた。

「長期熟成が可能なワインは、我が王国の『富』を蓄積する最高の資産になります。シードルは民の祝祭に、ポン酢は世界の家庭の食卓に……。これはまた、莫大な富がローゼライトに流れ込みますわね」


ハナは即座に開墾を開始した。アリシアの「時間加速」の魔力を受け、通常なら数年かかる果樹の成長が、わずか数週間で完了していく。

日当たりの良い斜面には、たわわに実る紫のブドウ。冷涼な高地には、蜜をたっぷりと蓄えた真っ赤なリンゴ。そして、爽やかな風が吹き抜ける丘には、清涼な香りを放つ柑橘の森。


数刻後、ミレーヌの調理室には、絞りたての柑橘の香りが満ちていた。

「……これがポン酢。醤油と出汁の旨味に、この酸味が加わると……。陛下、大変ですわ。かつ丼の衣が、まるで魔法にかかったように軽やかになります!」


完成したポン酢を添えたかつ丼と、シュワリとはじける冷えたシードルが、十七人の精鋭たちに振る舞われた。

「うおぉ……! この酸味、食欲がどこまでも湧いてくるぞ!」

ベネディクトが吼え、使徒たちは未知の清涼感に酔いしれた。


アリシアは、芳醇な香りを放つワインの試作をグラスに注ぎ、ウォルゼインと静かに乾杯した。

「……美味しいわね、ウォルゼイン。お肉も、お米も、お野菜も。そしてこの果実までも。あんたの知恵が、ハナやミレーヌの手を通じて、どんどんこの国を彩っていくわ」


アリシアの瞳には、かつての嫉妬心ではなく、共に歩む喜びと、新たな「理」への誇りが宿っていた。

ハナの果樹園から生まれた雫が、ポン酢となり、酒となり、ローゼライト王国の食卓をより豊かに、より華やかに塗り替えていく。六人の乙女たちは、ウォルゼインが語る「乳と蜜の流れる国」の完成を、確かな予感と共に確信していた。



窓の外では黄金色の木の葉が散り果て、冷気を帯びた風が冬の訪れを告げていた。王宮の広間には、ウォルゼインの呼びかけに応じ、十人の使徒と、王国の誇る五人の乙女、そして聖者ペーターが集結していた。


中央の円卓に鎮座するのは、アリシアの錬金術で設えられた大鍋だ。そこには、ミレーヌが砂糖黍、乾燥キノコ、そしてオーク節から抽出した「三位一体」の究極出汁が、静かに波紋を立てながら煮立っている。


「さあ、皆。今夜は『鍋パーティー』だ。冬を越すための活力を、この鍋で分かち合おう」


ウォルゼインが合図を送ると、ハナが用意した冬野菜の盛り合わせと、ミレーヌが極薄に切り分けた「オーク肉の最高級ロース」が運ばれてきた。


「まずは、この『しゃぶしゃぶ』という食べ方を試してほしい。沸き立つ出汁に肉を潜らせ、色が変わった瞬間が食べ頃だ」


ウォルゼインの手本に従い、アリシアが真っ先に肉を箸で泳がせる。桜色の肉が白く変わった刹那、ハナの柑橘を贅沢に使った「特製ポン酢」にくぐらせ、口へと運んだ。


「――っ! 何これ、信じられない……!」

アリシアの瞳が、驚きと幸福感で潤む。

「かつ丼の力強さとは正反対の、なんて繊細な口溶け……! ポン酢の酸味が出汁の旨味を引き立てて、いくらでも食べられそうだわ!」


その言葉を合図に、宴は爆発的な活気に包まれた。ベネディクトら使徒たちは、巨体に似合わず繊細な箸捌きで肉を平らげていく。ハナの育てた白菜が出汁を吸い、口の中で甘く弾ける。


「賢者様、このポン酢は革命ですわ……。脂の甘みが、この酸味で極上の洗練を纏います」

カトリーナがうっとりとシードルを傾ければ、ペーターは動物たちに感謝を捧げながら、「みんな、こんなに美味しくしてもらえて幸せだねぇ」と、純朴な笑みを浮かべて肉を味わう。彼は今や、五人の乙女たちに並び、王国の食を支える欠かせない一人となっていた。


五人の乙女たちは、ウォルゼインの隣を競い合いながらも、今や一つの家族のような絆で結ばれていた。ミレーヌは究極の出汁を提供した自負に胸を張り、リネットとソフィは、鍋の熱気で上気したウォルゼインの横顔を、蕩けるような視線で見つめている。


宴の締めくくりには、ハナの米を鍋に投入し、ペーターの牧場で採れた濃厚な卵で閉じた「雑炊」が振る舞われた。全素材の旨味が凝縮されたその一口に、十七人の英雄たちは言葉を失い、ただただ深く、満たされた溜息を漏らした。


「……ウォルゼイン。私、冬が来るのが楽しみになったわ。こんなに温かくて、美味しい時間が待っているなら」


アリシアは少し火照った頬をウォルゼインの肩に預け、幸せそうに囁いた。外は冷え込みを増していたが、王宮の広間は、三種類の旨味成分と、十七人の絆、そして乙女たちの熱い恋心によって、真夏のような熱気に包まれていた。



王宮の静かな昼下がり、ウォルゼインは調理場の片隅で、ミレーヌが試作した「まかない」を口にし、その衝撃に箸を止めた。


それは、揚げたてのオークカツにたっぷりの大根おろしを乗せ、ハナの柑橘から作った特製ポン酢を回しかけた**『ポン酢かつ丼』**だった。


「……っ!? なんだこれは……最強じゃないか?」


これまでの卵とじかつ丼が「完成された重厚な調和」だとするならば、このポン酢かつ丼は「素材の旨味を酸味で爆発させる閃光」だった。サクサクの衣に染み込むポン酢の清涼感、大根おろしの瑞々しさ、そして三位一体の出汁がオーク肉の脂を極上の旨味へと昇華させている。


ウォルゼインはすぐさま、経営のスペシャリストであるカトリーナを呼び出した。


「カトリーナ、これを見てくれ。まかないで出てきたものだが、僕は戦慄している。このポン酢かつ丼は、これまでのメニューを根底から覆す可能性を秘めているんじゃないか?」


カトリーナは、ウォルゼインが差し出した小皿を優雅に受け取り、その一切れを口に運んだ。瞬間、彼女の鋭い瞳が見開かれ、扇を持つ手が震えた。


「……賢者様。これは、恐ろしいものですわ」


彼女は唇を拭い、経営者としての冷徹な、しかし昂揚した声で続けた。


「これまでの卵とじは、確かに至高ですが、毎日食べるには少々『重い』と感じる層もおりました。ですが、このポン酢かつ丼はどうでしょう。この清涼感、このキレ……。食欲がない夏場でも、胃が疲れた老齢の貴族でも、これなら毎日でも注文しますわ。何より、『三位一体の出汁』と『ハナの柑橘』という、我が国の独占資産を二つも贅沢に使っている……」


カトリーナは不敵に微笑み、ウォルゼインに一歩詰め寄った。


「これは単なる新メニューではありません。既存の『かつ丼市場』を二分する、巨大な経済の柱になりますわ。重厚な『卵とじ』、洗練の『ポン酢』。この二段構えで攻めれば、世界中の胃袋は完全にローゼライトの奴隷ですわよ」


ウォルゼインはその言葉に深く頷いた。

「やはりそう思うか。よし、カトリーナ。これは『まかない』で終わらせるにはあまりに惜しい。卒業生たちの店で、卵とじと並ぶ『二大看板』として大々的に売り出そう」


「ええ、お任せください。キャンペーン名は『太陽と大地の至宝』。世界中の食卓に、この酸味の衝撃を叩き込んで差し上げますわ」


二人が「最強の商機」を確信して見つめ合う中、調理場の影ではミレーヌが「賢者様に認められた……!」と頬を染めて震え、アリシアが「またあんなに仲良さそうにして……!」と少しだけ(しかし以前よりは大人びた態度で)密かに嫉妬の火を燃やしていた。


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