第5章 新星の誕生 (聖都の建築と教育の義務)
帝都ギルバニアの支配構造が瓦解し、灰燼に帰した皇宮の跡地。アリシアは「新星ローゼライト王国」の女王として、数百万の帝都民を見下ろす高台に立った。九人の使徒たちが、その背後で圧倒的な魔力の波動を放ち、帝都全域を威圧している。
「帝都の民よ、聞きなさい。ギルバニア帝国は今、この時を以て消滅した。今日からあなたたちは、私の国、ローゼライト王国の民となる。略奪も、身分による差別も、私がすべて禁ずるわ」
アリシアの声は、風の精霊の加護によって街の隅々まで響き渡った。怯え、戸惑う民たちに対し、彼女は即座に統治の再編を開始した。
「ただし、この国を蝕んだ腐敗は一滴も残さない。――ミラ、グスタフ。始めなさい」
アリシアの号令と共に、帝都の全公務員、官僚、騎士たちが広場へと集められた。数千人に及ぶ彼らに対し、アリシアはウォルゼインの指導で極限まで高めた「深層鑑定」を一斉に展開した。
「精霊眼、全域展開。魂の『色』を暴きなさい」
広場を巨大な魔法陣の光が覆う。アリシアの視界には、役人たちの本性が鮮明に浮かび上がった。
賄賂にまみれ、弱者を踏みにじった「邪悪」の魂を持つ者は、どす黒い霧を纏っている。逆に、帝国の圧政に苦しみながらも、誠実に職務を全うしようとした者の魂は、清廉な白や青の輝きを放っていた。
「黒き魂を持つ者、前に出なさい。あなたたちに、この国の未来を担う資格はない」
「邪悪」と判定された数百名の悪徳公務員たちは、即座に「九人の使徒」によって捕縛された。彼らには皇帝一族と同様、十回のヒール・ループによる「罪の自覚」の試練が与えられ、全財産を没収の上、再教育刑へと処された。
一方で、清廉な「白」の魂を持つと判定された官僚たちには、アリシアは自ら歩み寄り、その手を取った。
「あなたたちの誠実さを、私は信じる。今日からローゼライト王国の公務員として、民のためにその知恵を使いなさい。給与は保証し、身の安全も私が守るわ」
鑑定という絶対的な指標による公正な裁きに、帝都の民たちは戦慄し、やがて熱狂的な歓喜の声を上げた。不正が消え、誠実さが報われる世界の訪れを確信したからだ。
「ウォルゼイン、これで組織の根幹は整ったわ。次は……この汚れた街を、私たちの国に相応しい姿に作り変えたいの」
「いいよ、アリシア。君のイメージで、この場所に『絶望』ではなく『希望』の礎を築こう」
ウォルゼインが隣で微笑む。その穏やかな視線に、アリシアは一瞬だけ女王の仮面を緩め、恋する乙女の熱を瞳に宿した。
「ええ。私たちの、新しい家を作りましょう」
アリシアは再び右手を掲げた。五万個のインゴットと、帝都から没収した膨大な資源が、彼女の魔力によって「真の王国」へと再構成されようとしていた。
旧ギルバニア帝国の帝都を覆っていた負の遺産は、アリシアの「ピュリフィケーション」によって完全に浄化された。跡地に残ったのは、広大な平原と、彼女が解体した無数の魔導兵器からなる鈍い輝きのインゴットの山だ。
「ここが、私たちの新しい始まりの場所よ」
アリシアは決然と告げると、南の「灰色の砦」に残っていた全人員――騎士、歩兵、そして五百名の避難民たちを呼び寄せた。彼らはエルザの導きによる大規模な「レビテーション」と「ウィンド・フライ」で空を渡り、希望の光が差す新天地へと次々に舞い降りた。
「ウォルゼイン、皆が安心して眠れる場所を……。砦で作ったあの集合住宅を超える、真の都を創りたいの」
「いいよ、アリシア。君の持つ膨大なインゴットと魔力、そして皆への愛があれば、それは一夜にして成るだろう」
ウォルゼインの穏やかな全幅の信頼を受け、アリシアは全魔力を解放した。彼女を中心に、全属性の精霊たちが竜巻のように渦巻く。
「錬金極致――『聖都ローゼライト・クリエイト』!」
地響きと共に、白亜の石材と魔導鋼が組み合わさった美しい街並みが、大地から競り上がるようにして姿を現した。広々とした大通り、清潔な公衆浴場、全戸に魔導式の調理場を備えた最新の集合住宅。そして中央には、威圧ではなく守護を象徴する「琥珀の王宮」がそびえ立つ。
砦から来た民も、帝都に残っていた民も、その壮麗な光景に手を取り合って涙した。
そしてその夜、新生ローゼライト王国の「建国祭」が盛大に幕を開けた。
広場にはアリシアが錬金術で一括創造した、数万個の冷却魔導ジョッキと銀の皿が並ぶ。アイテムボックスから取り出された極上の肉が豪快に焼かれ、エールの樽が次々と開けられた。
「皆、今日という日を忘れないで! 私たちは絶望を越え、新しい家族になったのよ!」
アリシアが王宮のバルコニーから杯を掲げると、地鳴りのような歓声が夜空を揺らした。
宴の喧騒の中、アリシアはそっとバルコニーの奥へと下がり、隣で静かにワインを傾けるウォルゼインの袖を引いた。
「ウォルゼイン……見て。あんなにみんな笑ってる。……私、あなたに出会えて、本当に良かった」
火照った頬は、エールのせいだけではない。アリシアは一人の男への募る恋心を瞳に宿し、女王としての威厳と、恋する乙女の脆さを混ぜ合わせたような不思議な微笑みを彼に向けた。
「君の努力の成果だよ、アリシア。……最高の国だ」
二人の視線の先には、闇を照らす数万の灯火と、明日を信じる民たちの歌声がどこまでも響き渡っていた。
建国祭の喧騒が落ち着き、新生ローゼライト王国が国家としての形を整え始めた頃、アリシアはウォルゼインの助言を受け、王宮の執務室で新たな勅令を書き上げた。
「ウォルゼイン、あなたが言った通りね。魔導技術や法を整備しても、民がそれを理解できなければ、真の自立は望めない。文字を読み、計算ができることは、魔力を操ることと同じくらい大切な力だわ」
「その通りだ、アリシア。知識は誰にも奪われない財産だ。識字率が上がれば、国の生産性も、そして魔法の習得効率も飛躍的に向上する。君の魔力で、この国の未来への礎を築こう」
アリシアは立ち上がり、新都、そして全領土を見渡すバルコニーへと出た。彼女はアイテムボックスに残る大量の魔導インゴットと、浄化した帝都の資材を錬成の糧とする。
「人口一千人につき一校。子供はもちろん、大人も等しく『読み・書き・算術』を学ぶ義務を課すわ。ローゼライトの民は、誰もが無知という闇に取り残されないように」
アリシアが両手を広げ、全域に渡る「広域建築錬金」を発動した。
地響きと共に、居住区の各所に白亜の石造りの校舎が次々と隆起していく。光が差し込む大きな窓、整然と並ぶ魔導式の黒板、そしてアリシアが錬金術で一括生産した数万冊の教科書と筆記用具が、各教室の机に収められていった。
『スキル「知識の殿堂」を発動。全領土に八百の基礎学校を建設完了しました』
校舎が完成すると同時に、アリシアは「概念伝達」の応用で、教育にあたる教師たちの脳内へ、ウォルゼインから伝授された「効率的な学習メソッド」を流し込んだ。
開校の日、アリシアは自ら第一学校の教壇に立った。そこには、戸惑いながらも目を輝かせる子供たちと、仕事の合間に集まった無骨な手を持つ農夫や職人たちが座っていた。
「皆、この国に身分による無知は存在しません。文字を読み、計算を学ぶことで、あなたたちの世界はもっと広がる。自分の意志で考え、明日を切り拓くための力を、ここで手に入れて」
アリシアの言葉に、大人も子供も真剣な眼差しで応えた。
授業が始まると、至る所から文字をなぞる声や、算盤を弾くような音が響き渡る。昨日まで泥にまみれて戦っていた兵士が、不器用な手つきで「平和」という文字を書く。その光景を、ウォルゼインは満足げに見守っていた。
「いい光景だ。これでこの国は、数十年先まで揺るぎない知性を手に入れたね」
「ええ……。ウォルゼイン、あなたが教えてくれたことが、こうして何千人もの未来を照らしているわ。……私も、もっと学びたいの。この国を、もっともっと素敵な場所にするために」
夕暮れ時、学校から帰る子供たちの笑い声が、ローゼライト王国の平和を彩る。女王としての重責を果たしながらも、アリシアの瞳には、愛する師であり、想い人であるウォルゼインへの、深い尊敬と恋心がさらに強く灯っていた。
王国の人口 食料充足率 周辺国の様子
建国祭の熱狂が去り、教育という未来への種を蒔いたアリシアは、王宮の執務室でウォルゼインと共に最新の統治状況を分析していた。彼女の精霊眼と、十人の使徒たちが各地から集めた情報を統合し、新生ローゼライト王国の現状を浮き彫りにしていく。
「ウォルゼイン、私たちの国の実態が見えてきたわ。まず人口だけど、帝都の残留民と砦からの合流組、さらに鉱山から解放した三千人を合わせて、現在約三百万五千人。ギルバニア帝国の中心地をそのまま引き継いだことで、人的資源は極めて豊富よ」
アリシアは机の上に、魔力で立体的な人口分布図を投影した。
「次に食料充足率だけど……これが驚異的なの。あなたの指導で作った『魔導肥料』と、私が土精霊と共鳴して耕した直轄農地、さらに全校生徒による効率的な農法が功を奏して、現在の食料充足率は百八十パーセント。自給自足どころか、数年間の籠城にも耐えられる備蓄が、各地の永久食料庫に積み上がっているわ」
「完璧だね、アリシア。飢えの心配がない国は、それだけで他国にとっての驚異であり、同時に最高の憧れになる。……さて、問題は外側の動きだ」
ウォルゼインが地図の端を指差すと、周辺国の情報が赤く点滅した。
ローゼライト王国の急激な建国と、帝都を一晩で解体したという「神罰」にも等しい噂は、瞬く間に大陸全土へ波及していた。
東の商業都市連合「メルカトル」は、経済の崩壊を恐れて戦々恐々としており、既に複数の通商代表団をこちらへ向かわせている。
北の軍事大国「バルシュタイン」は、帝国の崩壊を好機と見て国境付近に軍を増強していたが、アリシアが放った『精霊の審判』の跡地を調査した偵察隊が、その威容に震え上がり、現在は逆に不可侵条約の申し入れを検討しているという。
「西の小国群は、私たちの国を『精霊が降臨した約束の地』として崇め始め、亡命希望者が後を絶たないわ。……でも、南の聖教国『ルミナリア』だけは、私たちの『錬金分解』を神への冒涜だと主張して、異端審問軍の派遣を画策している気配があるわね」
アリシアは冷静に分析を終えると、ふう、と小さく吐息をついて椅子にもたれかかった。女王としての顔を崩し、隣に立つウォルゼインにだけ見せる、年相応の疲れを含んだ微笑みを向ける。
「人口も食料も、今は潤沢。でも、この平和を維持するには、周辺国の『欲』と『恐怖』を上手く制御しなきゃいけない。……ウォルゼイン、あなたは、どう動くべきだと思う?」
彼女の瞳には、師への絶対的な信頼と、その信頼に甘えたいという恋心が淡く混ざり合っていた。
「君ならもう答えは出ているはずだよ。力で従わせるか、恩恵で絆すか。……あるいは、その両方か」
ウォルゼインの穏やかな言葉に、アリシアは力強く頷いた。
ルミナリアを殲滅 民を救済
聖教国「ルミナリア」――神の名を騙り、己の支配にそぐわぬ者を「異端」として焼き払ってきたその傲慢が、ついにローゼライト王国の、そして女王アリシアの逆鱗に触れた。
「神への冒涜? ……本当の神が、民を飢えさせ、恐怖で縛り付けることを望むというの?」
アリシアは断絶の国境線に立ち、九人の精霊使徒を従えて告げた。彼女の瞳は、浄化を司る琥珀色の炎を宿している。
「ウォルゼイン、行きましょう。この国を覆う偽りの信仰を解体し、人々に真の安らぎを与えるために」
「了解だ、アリシア。教義という名の呪縛を、君の理で上書きしてあげるといい」
ウォルゼインの合図と共に、十人の使徒が動いた。彼らは「アクセル」と「ウィンド・フライ」を併用し、聖教国が誇る「神聖障壁」を一瞬で突破。障壁はアリシアの「一括分解」によって、単なる魔力の粒子へと還された。
殲滅は迅速、かつ冷徹に行われた。
迎撃に現れた聖騎士団の魔導装甲は、騎士団長ベネディクトの「剛力」によって文字通り粉砕され、彼らが掲げる聖旗はグスタフの「業火」に焼かれた。しかし、アリシアは命じた。「戦う意志を持つ者のみを討ち、武器を捨てる民には慈悲を与えよ」と。
使徒たちは「生体鑑定」を駆使し、圧政を強いた腐敗した司祭や、略奪に手を染めた狂信者のみを正確に狙い撃ち、分解した。一方で、教会の地下に捕らわれていた異端者たちや、重税に喘ぐ農民たちには、すぐさま「ピュリフィケーション」と「ハイヒール」の光が降り注いだ。
帝都での経験を経て、アリシアの魔力操作は神域に達していた。
聖教国の本拠地である聖都大聖堂に降り立った彼女は、祈りを捧げるふりをして震える大司教を冷たく見下ろした。
「あなたの神は、ここにはいないわ。……ピュリフィケーション・グランド(広域浄化)」
大聖堂を包み込んだ純白の閃光。それは偽りの偶像を砂へと分解し、豪華絢爛な装飾品を数千の「魔導インゴット」へと再構成した。皇帝と同様、邪悪な魂を持つ指導層には、ウォルゼイン直伝の「十回のヒール・ループ」が執行され、彼らの罪がその身に刻まれた。
「皆、顔を上げなさい。今日からあなたたちを縛る『罪』という言葉は消えたわ」
瓦礫の山となった教会の前で、アリシアは呆然と立ち尽くす民たちに告げた。彼女はアイテムボックスから、ローゼライト王国で生産された温かいスープと、清潔な洗体タオルを次々と取り出させた。
『聖教国ルミナリアの解体完了。全領土をローゼライト王国へ編入。救済対象者、約二百万人を把握』
脳内の声が響く。聖教国の民たちは、自分たちを「異端」として殺すのではなく、温かい食事と清潔な布、そして癒やしを与えてくれる「新たな女王」の姿に、真の奇跡を見た。
「アリシア様……。あなたは、本当の救世主だ……」
膝をつき、祈るように感謝を捧げる民たち。アリシアはそれを受け入れながら、隣に立つウォルゼインの服の裾を、誰にも気づかれないようにそっと握りしめた。
「……ウォルゼイン。これで、みんなの涙が止まるかしら」
「ああ。君が新しい神話を作ったんだ、アリシア」
殲滅の後の静寂の中、アリシアは一人の乙女として、自分を導いてくれた男の温もりを確かめるように寄り添った。
聖教国「ルミナリア」の国境線。アリシアは、背後に控える九人の精霊使徒と、案内役としての任務を終え合流したエルザの計十人を見渡した。
「エルザ、三千人の避難は完璧だったわ。ここからは、神の名を騙り民を苦しめる偽りの聖都を解体する。十人全員、一兵も残さず殲滅しなさい」
「御意に、アリシア様。我が『理』のすべてを以て、汚れた教義ごと塵へ還しましょう」
エルザを含む十人の使徒が、アリシアの号令と共に一斉に「ウィンド・フライ」で飛翔した。ウォルゼインはアリシアの隣で、その圧倒的な進軍を静かに見守る。
「十人の精霊使徒、出撃……。アリシア、今の彼らは君の意志そのものだ。慈悲をかける必要はないよ」
「ええ。民を虐げた報い、その身で味わってもらうわ」
使徒たちは「アクセル」を極限まで解放し、聖教国の誇る「神聖障壁」を紙細工のように突き破った。迎撃に出た聖騎士団に対し、十人は一切の容赦をしない。騎士団長ベネディクトが「土」の剛力で大地を砕き、魔導士グスタフが「全属性崩壊魔法」で空を焼き、副長カイルが「風」の刃で敵の武装を瞬時に解体していく。
案内から戻ったエルザも、その「錬金分解」の精度を遺剰なく発揮した。彼女が指を差せば、聖教国の象徴たる豪華な装飾や武器が、即座に輝く魔導インゴットへと姿を変えていく。十人の使徒は「生体鑑定」を共有し、圧政の主導者である高位司祭たちを正確に捕縛。一方で、恐怖に震える民たちには目もくれず、ただ障害となる戦力のみを文字通り「殲滅」していった。
アリシアとウォルゼインが、十人の使徒によって完全に制圧された大聖堂の広場に降り立ったとき、そこには罪の「鑑定」を終えた指導層が、絶望の表情で跪かされていた。
「神の名を騙り、民を虐げた罪……その重さを、一瞬の死で逃れられると思わないことね」
アリシアの琥珀色の瞳が、大司教と枢機卿たちを冷たく射抜く。
「十人の使徒たち。我が『理』を以て、執行しなさい。――ヒール・ループ、百回」
アリシアの冷酷なまでの命令に、十人の使徒が同時に掌を向けた。
闇の精霊による神経の直接破壊と、光の精霊による強制的な肉体再生。絶叫が上がるたびに「ハイヒール」がその肉体を完璧な状態へと引き戻し、再び激痛のどん底へと突き落とす。
一回、五十回……回数を重ねるごとに、罪人たちの精神は摩耗し、ただ救いを求めて無様に地を這う肉の塊へと変わっていった。死なせてほしいという懇願さえ、再生の光によってかき消される。百回に及ぶループが完了したとき、そこにいたのは、もはや自分たちが何者であったかも思い出せないほどに完全に砕け散った「廃人」の群れだった。
「さあ、清らかな風を。……ピュリフィケーション・全域展開」
アリシアが手をかざすと、広場に「広域治癒」の柔らかな光が降り注ぎ、飢えと傷に苦しんでいた民たちの身体が瞬時に癒えていく。同時に、十人の使徒が「錬金」を駆使し、数千人分の熱いスープと、清潔なタオル、そして「洗体タオル」を次々と練成し、一人ひとりに手渡していった。
『旧ルミナリア領、完全制圧。邪悪な指導層の処罰、および全民衆の救済を完了しました』
脳内の声が響く中、アリシアは隣に立つウォルゼインの袖を、誰にも見られないようにギュッと握りしめた。
「……ウォルゼイン。これで、この国も救われたわね。……私、間違っていないわよね?」
「ああ。君は悪を断ち、未来を選び取ったんだ。誇っていい、アリシア」
ウォルゼインの静かな全肯定に、アリシアは一瞬だけ乙女の柔らかな微笑みを浮かべ、再び女王として新領民たちへ向き直った。
旧ルミナリア領を完全に制圧し、浄化したアリシアは、その地を「第2ローゼライト王国」と命名し、本国と併せた壮大な国家運営に乗り出した。執務室でウォルゼインと共に投影された魔導地図を見つめ、彼女は現状を冷静に分析する。
「ウォルゼイン、第2ローゼライト王国の調査が終わったわ。人口は約二百二十万人。長年の圧政と飢えで衰弱していたけれど、私たちの治癒と食糧支援で急速に回復しているわ。食料充足率は、旧体制下の備蓄を解放し、十人の使徒が即座に農地を浄化したことで、現在は百二十パーセントを確保。本国からの支援を含めれば、冬を越すには十分すぎるほどよ」
周辺諸国の様子は、もはや恐怖を通り越し、神格化に近い畏怖へと変わっていた。帝都に続き、大陸最大級の宗教国家を一瞬で殲滅したローゼライトの武力と、その直後に行われる圧倒的な救済。東の商業都市連合「メルカトル」は、もはや外交ではなく「朝貢」の準備を進めており、北の軍事大国「バルシュタイン」も国境から全軍を撤退させ、平身低頭な修好を求めてきている。
「でも、本当の国造りはこれからね。第2ローゼライトの民に、神に縋るのではなく、自分の頭で考える力を与えなさい」
アリシアの号令で、再び「広域建築錬金」が発動した。第2ローゼライト全域に、人口一千人につき一校の**「基礎学校」**が次々と隆起する。大人も子供も義務教育とし、読み書き算術を徹底させることで、偽りの教義に代わる「真実を知る力」を授けていった。
同時に、本国であるローゼライト王国では、さらに高度な国家の心臓部として**「各種専門学校」**が設立された。
アリシアが錬金術で一括創造した巨大なキャンパスには、最新の調理器具を備えた「料理人養成学校」、公正な鑑定眼を養う「役人学校」、魔導インゴットを加工する「職人学校」、そして高度な再生魔法と医学を統合した「医療従事者学校」が並ぶ。
「本国で高度な専門知識を学んだ卒業生を、第2ローゼライトへ派遣して発展を加速させる……。これで二つの国は、一つの巨大な歯車として回り始めるわ」
『スキル「国家教育システム」を確立。専門職養成数、月間一万人を突破しました』
脳内の声が報告する中、アリシアは窓の外に広がる、希望に満ちた新都の景色を眺めた。隣に立つウォルゼインの手に、自分の手をそっと重ねる。
「ウォルゼイン、私、あなたが教えてくれた『知識』こそが、世界で一番強い魔法だと思うの。……これからも、私の隣で新しい世界を教えてくれる?」
琥珀色の瞳に、女王としての誇りと、一人の女性としての切実な恋心を宿して彼女は微笑んだ。ウォルゼインはその手を優しく握り返し、彼女の選んだ未来を静かに肯定した。
新生ローゼライト王国の王宮。アリシアは、窓の外に広がる白亜の街並みを眺めながら、さらなる国力の基盤――「経済」と「食文化」の改革に乗り出した。
「ウォルゼイン、お腹が満たされるだけでは、人は真の意味で豊かにはなれないわ。心まで満たす『味』の探求……これこそが、民の幸福と文化の成熟に繋がるのね」
アリシアの考えに、ウォルゼインは深く頷いた。
「その通りだ。食は万国共通の言語であり、最強の娯楽でもある。それに、優れた調味料は保存性や健康にも直結するからね。君の錬金術と、この大陸の英知を結集させてみよう」
まずアリシアは、東の商業都市連合「メルカトル」や近隣諸国から、厳しい「深層鑑定」をクリアした清廉で野心溢れる優秀な商会を本国へと誘致した。
「ローゼライト王国で商う権利は、誠実な者にのみ与える。その代わり、この国は世界で最も安全で、最も公正な市場になることを約束するわ」
王国の圧倒的な購買力と安全性に惹かれ、大陸中の富と情報が本国へと集まり始めた。そして、その経済的基盤の上に、アリシアは「国立調理科学研究所」を設立。本国の料理人たちに、ウォルゼインの記憶にある「黄金の調味料」の開発という至上命題を与えた。
「精霊の力と錬金の理を、味の探求に注ぎなさい。――砂糖、塩、酢、醤油、味噌、酒、味醂。この『七つの宝』を、この国で完成させるのよ!」
アリシアは自らラボに立ち、魔導インゴットを触媒にして発酵プロセスを極限まで加速・精密化させる「時間加速の理」を料理人たちに伝授した。
純白の結晶として精製される**「砂糖」。
海水を分解し、一切の不純物を取り除いた極上の「塩」。
果実や穀物を魔導発酵させ、芳醇な香りを放つ「酢」と「酒」。
そして、大豆と麦、精霊の加護を受けた麹菌を使い、数年の熟成を一晩で成し遂げる錬金発酵によって生み出された、琥珀色の「醤油」、深いコクの「味噌」、そして艶やかな甘みの「味醂」**。
実験室に、かつての大陸には存在しなかった芳醇で食欲をそそる香りが立ち込める。
「……信じられない。これ一滴で、ただの肉料理がこれほどまでに深みを増すなんて!」
完成した調味料を口にした料理人たちが、驚愕に震える。アリシアは、出来上がったばかりの和の調味料を使った料理を小皿に取り、隣で見守るウォルゼインへと差し出した。
「食べてみて、ウォルゼイン。あなたが教えてくれた『懐かしい味』に、少しは近づけたかしら?」
期待に胸を膨らませ、上目遣いで彼を見つめるアリシア。その瞳には、女王としての達成感と、大切な人に認められたいという純粋な乙女の恋心が、鮮やかな醤油の色のように深く、温かく宿っていた。
「ああ、素晴らしいよ、アリシア。この味は、世界を変える力になる」
二人の絆と知識が結実した「味の革命」は、ローゼライト王国の食卓から始まり、やがて全大陸の文化を塗り替えていくことになる。
新星ローゼライト王国の王宮、その謁見の間に、誘致に応じた商会の中でも最大手の代表が姿を現した。
「お初にお目に掛かります、女王陛下。そして……お隣にいらっしゃるのが、噂の賢者様かしら?」
現れたのは、大陸全土にその名を轟かせる「黄金の天秤商会」の代表、カトリーナであった。彼女が一歩踏み出すたび、贅沢なシルクのドレスがその「暴力的なまでの曲線美」を強調するように揺れる。豊かな膨らみを見せつける巨乳、そして歩くたびに存在感を放つ、引き締まりつつも肉感的な巨尻。誰もが目を奪われるセクシーボディを持つ超美人でありながら、その瞳には海千山千の商売人を黙らせてきた「やり手」特有の鋭い光が宿っていた。
カトリーナはあえて深く、胸元が危うい角度になるまで頭を下げると、顔を上げた瞬間にウォルゼインへと艶然たる微笑を向けた。
「我が商会は、女王陛下の覇道に最大限の投資を惜しみません。……もちろん、個人的な『便宜』の方も、賢者様のご期待に添えるよう準備しておりますわ」
その挑発的な言葉と、ウォルゼインを品定めするような視線が放たれた瞬間。
謁見の間の温度が、物理的に数度下がった。
「……随分と自信に満ちた挨拶ね、カトリーナ代表」
アリシアが、冷徹な響きを帯びた声で言葉を被せる。彼女は玉座から立ち上がり、ゆっくりとカトリーナの前へと歩み寄った。昨夜、ウォルゼインの前で赤面していた乙女の面影は微塵もない。そこにいるのは、不敬を許さぬ守護女王の姿だった。
「この国にあなたの商才を求めたのは私よ。そして、私の隣に立つウォルゼインへの『便宜』を判断するのも、この国の法と、私自身だわ。余計な色香で彼の思考を乱そうなんて、無駄な努力はやめておくことね」
アリシアはカトリーナのすぐ目の前で足を止め、その琥珀色の瞳で相手を射抜いた。身長はカトリーナの方がわずかに高いが、アリシアが放つ精霊眼の威圧感は、相手の豊かな胸元さえも凍りつかせるほどの圧力を持っていた。
「私の国で商いをしたいなら、必要なのはその身体ではなく、誠実な帳簿と、民を豊かにする知恵だけよ。それ以外の不純物は……私の『解体魔法』で塵に還してもいいのだけれど?」
「……っ、これは失礼いたしました。女王陛下の御威光、そして『独占欲』の強さを甘く見ていたようですわ」
カトリーナは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐにプロの商人の顔に戻り、今度は慇懃に、だが確実に「アリシアをライバルと認めた」不敵な笑みを浮かべて一歩下がった。
アリシアはフンと鼻を鳴らすと、ウォルゼインの袖をグイと引き寄せ、まるで自分の所有物を誇示するかのように彼の隣へ戻った。
「ウォルゼイン。あんな派手なだけの女に、鼻の下を伸ばしたりしないわよね?」
小声で耳打ちするアリシアの瞳には、女王としての牽制の裏で、抑えきれない嫉妬の
炎がメラメラと燃え盛っていた。
謁見の間の冷え切った空気の中、アリシアはカトリーナを鋭い視線で射抜いたままだった。しかし、その場の静寂を破ったのは、傍らで静観していたウォルゼインの穏やかな声だった。
「アリシア、感情で判断を曇らせてはいけないよ。彼女の『魂』を、もう一度よく見てごらん」
ウォルゼインの促しに、アリシアはわずかに眉をひそめながらも、極限まで練り上げた「深層鑑定」をカトリーナへと向けた。
すると、その網膜に映し出されたのは、扇情的な外見とは正反対の、透き通るほどに清廉で力強い「黄金の輝き」だった。
カトリーナの魂の深層には、私利私欲など微塵もなかった。そこにあったのは、戦火で親を亡くし、路頭に迷う子供たちを一人でも減らしたいという、切実なまでの慈愛と、流通によって世界から飢えを失くそうとする高潔な意志だった。
「……えっ?」
アリシアは絶句した。カトリーナがその派手な容姿とセクシーな振る舞いを選んでいるのは、男社会の商人の世界で舐められないための武装であり、交渉を有利に進めるための冷徹な「道具」に過ぎなかったのだ。
「陛下、失礼を承知で申し上げますわ。私がこの国に参りましたのは、賢者様の美貌に惹かれたからではありません。陛下が掲げた『識字率の向上』と『食料の充足』……この二つを大陸全土に広めるための『足』になりたいと願ったからです」
カトリーナは姿勢を正し、今度は一切の艶技を捨て、一人の誠実な商人として膝をついた。
「私の体も美貌も、契約を勝ち取るための看板に過ぎません。ですが、私の商会が運ぶ荷に、一点の曇りもございません。民が安く、美味しく、健康な食事を得られる世界を創るためなら、私はこの身を泥に浸すことすら厭わないわ」
その言葉に宿る重みに、アリシアは自らの浅はかな嫉妬と誤解を恥じ、顔を赤らめた。彼女は玉座から降り、カトリーナの手を自ら取って立ち上がらせた。
「……ごめんなさい、カトリーナ。あなたの覚悟を、私は見誤っていたわ。あなたのその美しさは、戦い抜いてきた証なのね」
「ふふ、陛下にそう仰っていただけて光栄ですわ。でも、陛下のあの『嫉妬』も、一人の女性としてとても可愛らしくて、少し羨ましく思いましたけれど?」
カトリーナが悪戯っぽくウインクすると、アリシアはさらに顔を赤くしつつも、晴れやかな笑みを浮かべた。
それからのカトリーナの働きは、まさに獅子奮迅だった。彼女は開発された「七つの調味料」を、自社の流通網を駆使して僻地の村々まで届け、同時に学校の教材を運ぶための物流インフラを整えていった。民の幸せのために、彼女は大陸中を飛び回り、時には自ら炊き出しの現場に立って、その豊満な身体を汗で濡らしながら民と笑い合った。
「ウォルゼイン。彼女を呼んで、本当に良かったわ。彼女は私の、最高の『友』になれそうだわ」
視察の帰り、アリシアは隣を歩くウォルゼインに、心からの信頼を込めて語りかけた。女王として、そして一人の女性として、彼女はまた一つ、真の強さを学んだのだった。
「七つの宝」と称される至高の調味料群――砂糖、塩、酢、醤油、味噌、酒、味醂。この開発に最大級の功績を挙げた国立調理科学研究所の主任研究員を表彰するため、アリシアは王宮の大ホールに全公務員と商会代表を招集した。
「栄えある筆頭料理人、ミレーヌ。前へ」
アリシアの呼びかけに応じ、檀上に上がってきた女性を一目見た瞬間、会場の空気が一変した。カトリーナが「動の美」なら、このミレーヌは「静の毒」とでも呼ぶべきか。白衣を改造したような調理服は、はち切れんばかりの巨乳を包み込み、歩くたびに波打つ巨尻が布地の上からでもその質感を主張している。伏せ気味の睫毛と潤んだ唇はどこか退廃的で、カトリーナをも凌ぐセクシーボディを晒しながらも、その指先は食材の分子さえも見極めるほどに繊細だった。
彼女こそ、数万の味覚を瞬時に判別する「神の舌」を持つ、王国最高の料理人。
「陛下……光栄に存じますわ。ですが、私の舌を満足させたのは、賢者様が示してくださった『未知の理』だけ……」
ミレーヌは跪き、アリシアではなくその隣に立つウォルゼインへと、熱っぽく、湿り気を帯びた視線を送った。
「賢者様……次は、私のこの舌で……あなたの『味』を、一から十まで鑑定させていただけないかしら?」
神の舌を持つ彼女が放った、あまりにも官能的で多義的な言葉。その瞬間、アリシアの背後に凄まじい魔力の渦が巻いた。
「……ミレーヌ。あなたの功績は認めるけれど、その舌の使い道を勘違いしているんじゃないかしら?」
アリシアが、カトリーナの時以上の冷徹な覇気を纏って、ミレーヌとウォルゼインの間に割り込んだ。一歩も引かぬ女王の威厳。彼女は自らの身体を楯にするようにして、ウォルゼインを隠す。
「彼はこの国の最高助言者であり、私の大切な……パートナーよ。その不遜な舌で鑑定していい存在ではないわ。調味料の開発で得た知識を、不純な妄想に使うというのなら、今すぐその舌を『解体魔法』で浄化してあげてもいいのよ?」
「あら……陛下。そんなに怖い顔をなさっては、お料理の味が落ちてしまいますわ」
ミレーヌは不敵な、それでいてどこか恍惚とした表情でアリシアを見つめ返す。女王の嫉妬さえも、彼女にとっては至高のスパイスであるかのように。
「ウォルゼイン! あんたもあんたよ、どうして私の周りには、こういう……その、主張の激しい女ばかり集まるの!?」
アリシアは表彰式が続いていることも忘れ、顔を真っ赤にしてウォルゼインの腕をぎゅっと抱きしめた。カトリーナという「商のライバル」に加え、今度は「食のライバル」まで現れたことに、彼女の独占欲はもはや臨界点だった。
「勘違いしないで。これは女王としての正当な権限行使なんだから!」
そう言い張りながらも、ミレーヌの巨乳を視界に入れないようウォルゼインの目を手で覆い隠そうとするアリシア。その姿は、統治者としての苛烈さと、初恋を守ろうともがく二十四歳の乙女の可愛らしさが入り混じった、滑稽で愛おしいものだった。
表彰式の後、アリシアはウォルゼインに促され、ミレーヌの作業場である国立調理科学研究所を抜き打ちで視察した。そこで彼女が目にしたのは、先ほどまでの扇情的な姿からは想像もつかない、真摯で過酷な「聖職者」としての料理人の姿だった。
薄暗い研究室の中で、ミレーヌはボロボロになったレシピ帳を片手に、ミリグラム単位の計量と数秒単位の加熱を繰り返していた。その美しい指先は火傷の跡が絶えず、常に食材の香りと熱気に晒されている。彼女が開発した「七つの宝」は、単なる美食のためではなく、保存性を高めて遠方の貧しい村々まで栄養を届けるため、そして何より、絶望の淵にいた民たちが一口食べた瞬間に「生きていて良かった」と思える心の薬を作るためのものだった。
「陛下……視察でございますか。申し訳ありません、今、新しい保存食の熟成テストが佳境でして」
ミレーヌは、乱れた髪を無造作に束ね、額に汗を浮かべながら振り返った。その瞳には、先ほどの挑発的な熱など微塵もなく、ただ「一人でも多くの民を笑顔にしたい」という職人としての純粋な光が宿っていた。
アリシアは再び「深層鑑定」を静かに発動させた。
視界に広がる彼女の魂は、カトリーナと同じく、透き通った誠実さで満たされていた。彼女のセクシーな言動は、過酷な研究生活の中で自分を奮い立たせるためのポーズであり、あるいは他者を煙に巻くことで、自らの繊細すぎる感性を守るための鎧に過ぎなかったのだ。
「……ミレーヌ。私、また思い込みであなたを判断してしまったわ。あなたの『神の舌』は、民の悲しみを味わい、それを希望に変えるためのものだったのね」
アリシアは自らの非を認め、深く頭を下げた。女王が頭を下げる姿に、ミレーヌは驚き、慌ててその手を取った。
「陛下、お顔をお上げください。私はただ、この国に美味しいものを溢れさせたいだけなのです。お腹が空いていると、人は優しくなれませんもの。私が作った味噌や醤油が、いつかこの国の全ての食卓に並ぶこと。それが私の唯一の野望ですわ」
ミレーヌは、照れ隠しのようにいつもの艶然とした微笑を浮かべたが、その瞳にはアリシアへの深い敬愛が滲んでいた。
「わかったわ。ミレーヌ、あなたのその情熱、私が全面的にバックアップするわ。カトリーナが運び、あなたが作り、私が守る。これでローゼライト王国の幸福は揺るぎないものになる」
アリシアはミレーヌの肩を抱き、二人の「戦友」として固い握手を交わした。
隣で見守るウォルゼインが満足そうに頷く中、アリシアはまた一つ、見た目に惑わされない真の王としての度量を身につけた。もちろん、ミレーヌがふとした瞬間にウォルゼインへ送る視線への「監視」は解くつもりはなかったが、それはもはや、信頼し合う仲間同士の愛嬌あるやり取りへと変わっていた。




