第2章 理の伝授 (イメージの魔法と精霊眼)
「俺の力は、呪文を唱えることじゃない。頭の中で、その現象がなぜ起きるのか、どういう構造になっているのかを完璧に『イメージ』することだ。幸い、俺の『解析鑑定』があれば、あんたの体内の魔力特性も、力の流し方も手に取るようにわかる」
ウォルゼインは立ち上がり、彼女の隣に並んだ。
「あんたの『精霊眼』はまだ眠っているが、その器にある魔力は膨大だ。その力を『女王』としてではなく、自分の身を守る『武器』として変換する方法を教える。前世の世界には、科学という理屈があった。火が燃える仕組み、物が凍る理由、重力が働く法則……それらを知識として流し込めば、あんたの魔法の概念は一変するはずだ」
彼は右手をそっと差し出した。
「国を取り戻すにしても、南の砦へ行くにしても、あんたが自分自身の力で立ち上がる必要がある。……俺が前世で読んだ物語じゃ、ヒロインはただ守られるだけじゃなかった。あんたなら、できる気がするんだ」
アリシアは、差し出されたウォルゼインの手を見つめた。異世界から来たというこの男は、食事を与え、傷を癒しただけでなく、今度は彼女に「自立するための力」を与えようとしている。それは、亡国の絶望に沈んでいた彼女にとって、どんな魔法よりも輝いて見えた。
「……イメージ、ね。あなたの頭の中にある『理屈』とやら、私にも見せてくれるのかしら?」
「ああ。まずは簡単なやつからいこう」
ウォルゼインは彼女の手に触れ、自分の「解析鑑定」と「テレキネシス」を介して、魔力のパスを繋いだ。
『スキル「教育・概念伝達」を取得しました』
脳内の声が響く。ウォルゼインは、自身の記憶にある「酸素と燃焼の連鎖反応」のイメージを、ダイレクトにアリシアの意識へと流し込み始めた。
平原の夜は深まり、見上げる空には前世の記憶にはない未知の星々が瞬いていた。ウォルゼインは、焚き火のそばでまだ緊張を解ききれずにいるアリシアに向かって、静かに右手をかざした。
「まずは、体を休める場所が必要だな」
彼が地面に向けて意識を集中させると、土魔法の力が大地の粒子を激しく組み替えていく。ゴゴゴと地響きが鳴り、何もない平原に二棟の質実剛健な土造りの建屋が、まるで地面から生えてくるかのように姿を現した。
『スキル「建築魔法」を取得しました』
脳内のアナウンスを聞き流しながら、ウォルゼインは建屋の中に入り、さらに細部の調整に取り掛かった。土魔法で寝台の枠組みを作り上げるが、そのままでは硬い土の塊に過ぎない。そこで彼は「テレキネシス」と「土魔法」を複合させ、ベッドの表面にあたる泥の密度を極限まで下げ、空気を孕ませるようにイメージした。
(泥を、低反発のウレタンフォームのように柔らかく……)
指先で触れると、土とは思えないほどしっとりと沈み込む極上の柔らかさが完成した。しかし、泥のままでは服が汚れてしまう。ウォルゼインは「水魔法」と「物理障壁」の概念を応用し、ベッドの表面に魔力の極薄皮膜を張った。
「これで汚れる心配はない。シルクよりも滑らかな肌触りのはずだ」
仕上げにアイテムボックスから、フォレストウルフの毛皮を加工した温かい毛布を取り出し、それぞれの寝台に整えた。殺風景な土の家は、ウォルゼインの「イメージ」によって、王宮の寝室にも引けを取らない快適な休息所へと変貌を遂げた。
作業を終えたウォルゼインは外へ出ると、呆然と二つの建屋を見つめていたアリシアに声をかけた。
「アリシア。今日は死線を越え、重傷を負い、さらに俺の突飛な話まで聞かされた。精神的な疲労も限界のはずだ。……修行は明日からだ。今夜はゆっくり休め」
アリシアは、完成したばかりの建屋とウォルゼインを交互に見つめ、小さく頷いた。彼女の瞳からは、先ほどまでの「亡国の女王」としての張り詰めた糸が、ようやく緩んだように見えた。
「……ありがとう、ウォルゼイン。あなたに会わなければ、私は今頃……。おやすみなさい、不思議な冒険者さん」
彼女は吸い込まれるように自分の建屋へと入っていった。ウォルゼインはもう一棟の自分の家に入ると、自作のベッドに身を沈めた。泥とは思えない柔らかさが、転生初日の激動に疲れた身体を優しく包み込む。
(明日は、彼女の『精霊眼』をどう導くか。そして、俺自身がこの世界でどう動くか……)
ウォルゼインは「索敵」をパッシブ状態で維持し、周囲の警戒を解かぬまま、静かに意識を微睡みへと沈めていった。
水平線の彼方から昇り始めた太陽が、平原を黄金色に染め上げていく。ウォルゼインは、土魔法で作った建屋の窓から差し込む光で目を覚ました。昨夜の激動が嘘のように、泥のベッドの寝心地は完璧で、身体には前世の記憶と今の生命力が漲っている。
「さて、まずは腹ごしらえだな」
ウォルゼインは外へ出ると、昨夜の竈にパイロキネシスで再び火を灯した。アイテムボックスからフォレストウルフの残りの肉を取り出し、熱した石板の上に乗せる。ジュー、という小気味よい音と共に、香ばしい肉の匂いが冷たい朝の空気に広がっていく。
朝の乾いた喉を潤すため、彼は水魔法をイメージした。単なる水ではなく、一度沸騰させてから適温まで下げた「白湯」だ。さらに土魔法で、指に馴染む形の湯呑みを二つ作り出す。透明な湯気が立ち上る白湯を湯呑みに満たし終えた頃、隣の建屋からゆっくりとアリシアが姿を現した。
「……おはよう、ウォルゼイン。信じられないほど深く眠れたわ。あんなに柔らかい土なんて……」
まだ少し眠気の残る目をこする彼女に、ウォルゼインは手際よく朝の準備を整えていく。
「おはよう、アリシア。まずは顔を洗ってさっぱりしろ。はい、これ」
彼は土魔法で滑らかな曲線を持つ洗面器を作り出し、そこに水魔法と温度調整のイメージを組み合わせて、人肌程度の「ぬるま湯」をたっぷりと張った。さらに、うがい用のコップも添えて彼女に手渡す。
アリシアは差し出された温かな湯に驚きながらも、どこか懐かしそうに目を細めた。
「洗顔用のぬるま湯まで……。王宮にいた頃も、侍女たちがこうして用意してくれていたわ。まさか冒険者に、しかも魔法でこれほど手厚くもてなされるなんてね」
彼女が顔を洗い、冷たい朝の空気でシャキッとしたのを見計らって、ウォルゼインは焼き上がった肉と白湯をテーブルに並べた。朝食はシンプルだが、浄化された最高級のジビエだ。
「さあ、朝飯だ。白湯を飲んで胃を温めてから食べろ。飯が終わったら、約束通り修行を始めるぞ」
アリシアは湯呑みを手に取り、温かい白湯を一口含んだ。染み渡るような温かさに、彼女の表情からまた一つ強張りが消えていく。
「ええ。準備はできているわ。あなたの言う『イメージ』の魔法……私にどこまでできるかわからないけれど、この瞳の秘密も、国を取り戻すための力も、すべて受け止める覚悟よ」
ウォルゼインは満足そうに頷き、自身も白湯を啜った。彼の「解析鑑定」は、朝日に照らされた彼女の瞳の奥で、昨日よりも確実に「精霊眼」の魔力が活性化し始めているのを捉えていた。
朝食を終え、平原に立ち込めていた霧が晴れ渡る頃、ウォルゼインはアリシアに向き合った。
「さて、修行開始だ。まずは基本中の基本、昨日俺がやった『念動』を覚えてもらう。理屈さえ分かれば、これほど便利なものはないからな」
ウォルゼインは足元に転がっていた、拳ほどの大きさの石を指差した。
「まずは、その石を浮かせて飛ばしてみろ。……ああ、呪文を唱えようとしなくていい。意識を集中させる方向を変えるんだ」
アリシアは戸惑いながらも、教えられた通りに石をじっと見つめた。彼女はこの世界の常識に従い、体内にある魔力を練り上げ、それを「物理的な力」として放出するための魔法式を頭の中で組み立てようとする。しかし、石はピクリとも動かない。
「……だめだわ、ウォルゼイン。媒介となる杖も、発動のための術式もなしに、ただ念じるだけで物質を動かすなんて、この世界の魔法体系には存在しない。やっぱり、私には無理なんじゃ……」
「だから、この世界の常識は捨てろと言っただろ」
ウォルゼインはアリシアの背後に回り、彼女の肩に軽く手を置いた。「解析鑑定」を通じて彼女の魔力の流れを把握し、自身の「概念伝達」のスキルを起動させる。
「アリシア、イメージするんだ。石を『動かす』んじゃない。石の下にある空気を固めて押し上げるのか、あるいは石そのものが『上に向かう性質』を持ったと定義するのか。前世の知識で言えば、重力という見えない鎖を一時的に断ち切るイメージだ」
ウォルゼインは、自分の脳内にある「ベクトルの概念」と「重力加速度の逆転」というイメージを、魔力パスを通じてダイレクトにアリシアの意識へと流し込んだ。
「石と自分の境界線を消せ。その石は、あんたの指先と同じだ。指を動かすのに、いちいち呪文は唱えないだろう?」
アリシアの瞳が、わずかに青白く発光し始めた。彼女の脳内に、今まで知ることのなかった「物理の理」が、ウォルゼインの記憶とともに流れ込んでいく。彼女は、目の前の石が単なる物体ではなく、空間の中に配置された一つの「点」であり、それを移動させるのは意識の座標を書き換えるだけのことなのだと、直感的に理解し始めた。
「……見えたわ。石の周りの、空気の層が……」
アリシアがそっと右手をかざす。すると、それまで沈黙を保っていた石が、まるで水中の浮きのようにふわりと浮き上がった。
「浮いた……! 本当に、念じるだけで!」
「いいぞ、そのまま水平に飛ばしてみろ。対象を『加速』させるイメージだ」
アリシアが意識を前方へ向けると、石は空気を切り裂き、鋭い速度で平原の彼方へと飛んでいった。
『スキル「教育」により、対象者が「テレキネシス」を習得しました』
脳内の声を聞きながら、ウォルゼインは満足げに頷いた。アリシアは自分の手を見つめ、驚きと興奮で頬を紅潮させている。
「これなら……剣を振るう隙を突いて、相手の武器を弾いたり、足場を崩したりできる……。ウォルゼイン、あなたの世界の『イメージ』は、なんて合理的で恐ろしいの」
「これが始まりだ。次は、その念動に属性を乗せていくぞ。もっと面白くなる」
修行はまだ始まったばかりだが、亡国の女王の瞳には、昨日までの絶望ではなく、自らの手で運命を切り拓こうとする力強い光が宿っていた。
朝の光が平原をさらに明るく照らし出す中、ウォルゼインは少し離れた場所に立っている一本の枯れ木を指差した。
「次は『サイコキネシス』だ。正直、俺も前世の知識とこの世界の魔力が混ざり合っていて、テレキネシスとの厳密な違いはよくわからん。だが、イメージとしてはこうだ。テレキネシスが『物理的に動かす』ものなら、サイコキネシスは『魔力そのもので干渉し、事象をねじ伏せる』力だ。……さあ、あの木を魔力だけで倒してみろ」
アリシアは再び枯れ木に向き直った。先ほど石を浮かせた感覚を思い出し、今度はより強い魔力を練り上げる。しかし、ただ闇雲に魔力をぶつけようとしても、木は微動だにしない。物理的に押す力とは別の、何か決定的な「イメージ」が欠けているのだ。
「ウォルゼイン、やっぱり重いものは難しいわ。石とは質量が違いすぎる……」
「質量に惑わされるな。アリシア、前世の知識にある『分子構造』をイメージするんだ」
ウォルゼインは再びアリシアの肩に手を置き、「概念伝達」を深めていく。彼の脳内にある物理学の断片が、彼女の意識へと流れ込む。
「木を一つの塊として見るな。それは無数の繊維と細胞が組み合わさって立っているだけだ。サイコキネシスは、その結合に直接魔力で干渉し、引き剥がす力だと思え。……根元の一点に魔力を集中させ、そこにある物質の結合を『切断』し、同時に残りの部分を『重力』に従わせる。倒すんじゃない、立っていられない状態にするんだ」
アリシアの瞳が、昨日よりも鮮やかな青色に輝き始めた。彼女の視界の中で、枯れ木の構造が透けて見えるような感覚に陥る。それは「解析鑑定」の補助を受けたウォルゼインのイメージが、彼女の「精霊眼」の片鱗と共鳴し始めた証だった。
(細胞の結合を解く……重力のベクトルを一方に固定する……!)
彼女が鋭く右手を一閃させた。
その瞬間、轟音も立てず、枯れ木の根元がまるで豆腐のようにひしゃげた。魔力の不可視の質量が木の構造そのものを破壊し、そのまま巨木を地面へと叩きつけたのだ。
ズゥゥゥゥンッ!
平原に地響きが走り、枯れ木が無惨に横たわる。
『スキル「教育」により、対象者が「サイコキネシス」を習得しました』
脳内の声が響く。アリシアは自分の両手を見つめ、肩で息をしながら驚愕していた。
「これが……サイコキネシス。魔法の術式を組んで火を出したり風を起こしたりするより、ずっと直接的で……残酷なまでの破壊力だわ」
「そうだな。イメージの力は、この世界の理屈を飛び越える。……でも、アリシア、今の感覚を忘れるな。これはただの破壊じゃない。あんたの意思が世界に直接干渉した結果だ」
ウォルゼインは彼女の成長を確信し、満足げに頷いた。彼女の瞳の奥で眠っていた「精霊眼」が、この理外の修行によって、急速にその覚醒の時を早めていた。
「よし、これで基礎的な干渉力は身についた。次は、これを剣技と組み合わせるか、それともあんたの瞳の力……『精霊』の姿を捉える段階に進むか。どっちがいい?」
アリシアは、倒れた巨木を見つめながら、力強くウォルゼインを見返した。
「……精霊を。私の国を滅ぼし、この瞳を狙う者たちが恐れる『本当の力』を、私は知りたい」
二人の修行は、徐々にこの世界の根幹を揺るがす領域へと足を踏み入れようとしていた。
平原の朝の空気は、倒れた枯れ木の土埃が落ち着くにつれ、再び静寂を取り戻していた。ウォルゼインは、アリシアの瞳に宿り始めた確かな光を見つめ、次なる段階へと足を進めた。
「物理的な干渉はもう十分だ。次は、この世界の根幹にある力……精霊を呼び起こす。アリシア、火の精霊『サラマンダー』をイメージしてみろ。ただの火炎魔法じゃない。意思を持ち、形を成す熱そのものを捉えるんだ」
ウォルゼインは「概念伝達」をさらに深く、彼女の精神の奥底へと繋いだ。前世の知識にある「燃焼」の理論――酸素、燃料、そして熱の三要素。しかし、今回はそれに加えて、この世界の「精霊」という不定形の生命を肉付けしていく。
「トカゲの姿を思い描け。だがそれは、鱗ではなく紅蓮の炎を纏い、吐息の一つ一つが周囲の空気を膨張させる熱源だ。あんたの魔力を薪にし、サラマンダーという火の意思に火を灯すイメージだ」
アリシアは目を閉じ、自身の内側に意識を向けた。ウォルゼインの導きにより、彼女の脳内には「酸化反応」という科学的な理解と、「猛る紅蓮の精霊」という幻想的なイメージが鮮やかに融合していく。
「……熱い。私の奥底で、何かが脈打っているわ」
「それを右手に集めろ。手のひらの中で、火の精霊が弾けるのを抑え込むように……一撃の弾丸、『ファイアバレット』として成形するんだ。解き放つ瞬間、その弾丸はただ飛ぶだけじゃない。空間を焼き、標的を貫いた瞬間に爆発的に膨張するイメージを忘れるな」
アリシアの右手が、激しい熱量とともに真っ赤に輝き始めた。陽炎が彼女の周囲で立ち上り、昨夜作ったばかりの土のテーブルが熱気でひび割れるほどの圧力が生まれる。彼女の瞳は、いまや「解析鑑定」の補助なしでも、大気中に漂う微細な火の粒子が、彼女の意思に呼応して集まっていくのを捉えていた。
「いけっ……ファイアバレット!」
アリシアが突き出した掌から、深紅の火弾が放たれた。それは一般的な魔法使いが放つ「ファイアボール」とは一線を画していた。弾丸のように鋭く空気を切り裂き、遥か先にある岩肌へと着弾した。
ズドォォォォンッ!!
爆発の衝撃が平原を震わせた。岩肌は一瞬で溶岩のように赤く溶け出し、周囲の草地は一瞬にして炭化する。
『スキル「教育」により、対象者が「ファイアバレット」を習得しました』
脳内の声が響く。アリシアは自身の右手から立ち上る煙を見つめ、驚愕に震えていた。
「これが、私の魔力……? いえ、私が精霊に働きかけた結果なのね。今まで私が知っていた魔法が、いかに表面的なものだったか思い知らされたわ」
「いい筋だ、アリシア。あんたの『精霊眼』が、精霊の核を的確に捉え始めている。今のイメージ力なら、火だけじゃない。他の精霊とも対話ができるはずだ」
ウォルゼインは満足げに頷き、次なる修行を見据えた。彼女の中に眠る「女王の力」は、異世界の知識という触媒を得て、想像を絶する速度で開花しようとしていた。
「さて、火の扱いは覚えた。次は、その火を消し飛ばすほどの冷気……水の精霊を呼ぶか。それとも、精霊眼を完全開眼させるための瞑想に入るか。どっちにする?」
アリシアは汗を拭い、高揚した面持ちでウォルゼインを見つめ返した。
平原を貫いた水弾の鋭い余韻が消えぬ間に、ウォルゼインはさらに追い討ちをかけるように命じた。
「火、水ときたら次は風だ。風の精霊『シルフィード』をイメージしてみろ。アリシア、風は目に見えないが、この世界を絶え間なく流れる巨大なエネルギーの奔流だ。優しく頬を撫でるそよ風も、極限まで圧縮し加速させれば、あらゆるものを断ち切る不可視の刃になる」
ウォルゼインは「概念伝達」を通じて、前世の記憶にある「大気圧」や「真空」、そして「衝撃波」の概念を彼女の精神へ流し込んだ。
「ただ空気を震わせるんじゃない。精霊シルフィードの姿――形を持たず、光よりも速く駆け抜け、自由奔放でありながら荒れ狂えば山をも削り取る大気の化身を思い描け。その魔力を、超高圧に凝縮された空気の塊……真空の弾丸へと変換するんだ。イメージは、音速を超えて大気を切り裂く『ウィンドバレット』だ」
アリシアは深く息を吸い込み、周囲を漂う「透明な力」に意識を向けた。火や水のように質量を感じさせるものとは違い、風を捉えるのは困難を極める。しかし、ウォルゼインの導きと彼女の「精霊眼」が共鳴し、それまでは何もなかった空間に、無数の微細な精霊たちが乱舞する輝きを捉え始めた。
「……感じるわ。空気は空っぽじゃない。こんなにも激しく、力強く脈動しているのね」
「それを右手に巻き付けろ。掌の中で空気を渦巻かせ、中心に絶対的な真空を作り出すんだ。撃ち出す瞬間、周囲の大気を巻き込みながら加速し、標的を粉砕するイメージを持て」
アリシアの周囲で突風が巻き起こり、銀髪が激しくなびいた。彼女の右手の周囲では、空気が目に見えるほどの歪み(シュリーレン)を生じさせ、キィィィンという鼓膜を刺すような風切り音が鳴り響く。掌の中に凝縮された風の弾丸は、今にも解き放たれようと荒れ狂っていた。
「いけっ……ウィンドバレット!」
アリシアが掌を突き出した瞬間、空気が爆ぜた。
放たれたのは、目に見えない死の咆哮だった。火のような爆炎も、水のような飛沫もない。ただ、彼女の手から標的の岩石までの一直線上の空気が「消失」したかのような衝撃波が走り、次の瞬間、巨大な岩石が内側から弾け飛ぶように粉々に砕け散った。
凄まじい風圧が周囲の草をなぎ倒し、遅れて雷鳴のような轟音が平原を支配する。
『スキル「教育」により、対象者が「ウィンドバレット」を習得しました』
「……これが風の力。見えないからこそ、防ぐことも逃げることもできない。そして、あまりにも速いわ……」
アリシアは自分の手を見つめ、驚愕と高揚に震えていた。彼女の瞳は、放たれた弾丸が空気の摩擦を一切受けず、むしろ周囲の風を味方につけて加速していく様を完璧に視認していた。
「素晴らしいぞ、アリシア。三つの属性をこれほどの短時間でモノにするとはな。あんたの『精霊眼』が、精霊たちの本質を理解し始めてる証拠だ」
ウォルゼインは満足げに頷いた。彼の「解析鑑定」は、彼女の魔力特性が劇的に進化し、もはや一国の騎士団を一人で制圧できるほどの出力に達していることを示していた。
「さて、基礎属性の最後は土だ。土の精霊ノームを呼び、鉄壁の守りと大地の重みを学ぶか。それとも、これら三つの属性を組み合わせて、実戦形式の組み手に入るか。どうする?」
アリシアは砕け散った岩の破片を見つめ、決意を秘めた瞳でウォルゼインに向き直った。
平原を覆っていた土埃が沈む間もなく、ウォルゼインはさらに厳しくアリシアを促した。
「火、水、風ときた。基礎の最後は土だ。土の精霊『ノーム』をイメージしろ。アリシア、土はすべての生命を支える母体であり、同時に逃げ場のない圧倒的な質量だ。一見動かないように見えて、その内側には大陸を動かすほどの強大な圧力を秘めている」
ウォルゼインは「概念伝達」を通じ、前世の記憶にある「密度」や「硬度」、そして「運動エネルギー」の法則を彼女の脳裏に焼き付けた。
「土をただの泥だと思うな。それは無数の鉱物が凝縮された塊だ。まずは大地の精霊ノームの姿――寡黙で力強く、揺るぎない意思を持つ大地の翁を思い描け。魔力を注ぎ込み、地中の成分を瞬時に組み替え、ダイヤモンドにも匹敵する硬度を持つ弾丸へと変換するんだ」
アリシアは深く腰を落とし、足下の地面……すなわち大地の鼓動に意識を沈めた。精霊眼が捉える世界では、地表のすぐ下で無数の土の精霊たちが、複雑な幾何学模様を描きながら脈動していた。
「……重い。でも、とても温かくて……確かな手応えを感じるわ」
「いいぞ。まずは一点に魔力を集中させ、地中の鉱物と岩石を凝縮しろ。それを『石』の礫として放つのが『ストーンバレット』。そして、より細かな土の粒子を超高密度に圧縮し、着弾時に砂礫となって内部を削り取るのが『ソイルバレット』だ。二つの質感を使い分けろ!」
アリシアが右手を力強く握り込むと、地表から無数の砂鉄と岩の破片が吸い寄せられ、彼女の掌の中で凄まじい密度へと圧縮されていった。
「いけっ……ストーンバレット!」
彼女が解き放った一撃は、重戦車の主砲のごとき重厚な音を立てて放たれた。巨大な岩の弾丸は、標的の岩肌を粉砕するだけでなく、その向こう側の地面を深く抉り取った。続けて、彼女は左手を突き出す。
「ソイルバレット!」
今度は、見た目こそ砂の塊のようだが、一粒一粒が魔力で鋭利に研ぎ澄まされた「ソイルバレット」が散弾のように放たれた。それは着弾した大岩を「砕く」のではなく、やすりで削り取るように瞬時に消滅させた。
『スキル「教育」により、対象者が「ストーンバレット」「ソイルバレット」を習得しました』
脳内の声が、アリシアのさらなる成長を告げる。
「……信じられない。あんなに重い大地を、自分の手足のように操れるなんて。これが、四つの属性を支配するということなのね」
アリシアは汗を拭い、高揚した面持ちで自分の手を見つめた。昨日までの彼女は、ただ剣を振り、奇跡を祈るだけの王女だった。しかし今、彼女の周囲には火、水、風、土の精霊たちが、彼女を新たな主と認めたかのように穏やかな光を放って漂っている。
「完璧だ、アリシア。これで基礎はすべて揃った。あんたはもう、この世界の魔法使いの常識を数段飛び越えた場所にいるぞ」
ウォルゼインは満足げに笑い、自作の土の家を指差した。
「基礎が終われば、次は応用だ。この四属性を組み合わせるか、あるいは移動しながらの戦闘を想定した訓練に入るか……。そろそろ、南の『灰色の砦平原を照らす朝日の輝きが増す中、ウォルゼインは仕上げとばかりにアリシアへ語りかけた。
「最後に、あらゆる闇を払い、理を正す根源の力を呼び起こす。光の精霊『ルミナス』をイメージしろ。アリシア、光は単なる輝きじゃない。それは世界を等しく照らす慈愛であり、同時に邪悪を焼き尽くす峻烈な裁きだ」
ウォルゼインは「概念伝達」を通じ、前世の記憶にある「光子の直進性」や「波長による性質の変化」、そして「殺菌と再生」の概念を彼女の精神へ流し込んだ。
「光の精霊ルミナスの姿――神聖な輝きを纏い、黄金の翼を広げた荘厳な乙女を思い描け。あんたの魔力を最も純粋なエネルギーへと昇華し、その用途に合わせて三つの形に変換するんだ。イメージを固定しろ」
アリシアが瞑想するように目を閉じると、彼女の周囲に今までとは比較にならないほどの神聖な魔力が集まり始めた。彼女の銀髪が逆光を浴びたように白銀に輝き、瞳の奥に眠っていた「精霊眼」が眩い黄金の光を放ち、完全な開眼を告げる。
「……暖かい。世界が、黄金の粒子で満たされているのが見えるわ……」
「よし。まずはその光を破壊の熱線へと束ねろ。邪悪を貫き、物質を崩壊させる裁きの弾丸、それが『ホーリーバレット』だ!」
アリシアが指先を向けると、音を置き去りにする速度で純白の閃光が走り、標的の岩を一瞬で蒸発させた。
「次は、その光を柔らかな波長に変えろ。細胞の記憶を呼び覚まし、生命力を活性化させる癒やしの光……『ヒールバレット』!」
彼女が自分自身の左手に向け、柔らかな光の粒を放つ。昨日の戦いで残っていた微かな筋肉痛が、春の陽だまりに溶けるように消え去った。
「最後だ。あらゆる汚れと呪いを分解し、元の清浄な状態へと還元する浄化の輝き。それが『ピュリフィケーションバレット』だ!」
アリシアが解き放った光は、周囲の血生臭い空気や、わずかに残っていた魔物の怨念のような残滓を、一瞬で清冽な大気へと変えてしまった。
『スキル「教育」により、対象者が「ホーリーバレット」「ヒールバレット」「ピュリフィケーションバレット」を習得しました』
「……これが光の多面性。傷つけるだけでなく、癒やし、清めることもできる。ウォルゼイン、この力があれば……私は、失われたものを取り戻せるかもしれない」
アリシアは自分の手から溢れる残光を見つめ、涙を浮かべながら、しかし確かな強さを持って微笑んだ。
「上出来だ。これで五属性すべてを支配下に置いたな。あんたはもう、この世界のどの宮廷魔術師よりも多才で強力な『精霊術師』だ」
ウォルゼインは満足げに頷き、周囲を「索敵」した。
「さて、修行はここまでだ。腹も膨れたし、力も手に入れた。そろそろ『灰色の砦』を目指して出発しようか。……ただ歩くのは芸がない。俺たちの旅に相応しい『移動手段』をイメージで作ってみようと思うんだが、どうだ?」』へ向けて動き出す準備もしなきゃな」




