エピローグ
世界は、彼女を主人公にしなかった。
それは断罪でも、救済でもない。
ただ、選ばれなかったというだけのことだ。
――――
どこかの町。
名も記録されない街道沿いの宿。
あるいは、風の通る港町の外れ。
レイスは本を読んでいる。
特別な書物ではない。
禁書でも、理論書でもない。
誰かが途中まで読んで、閉じたままにした本だ。
頁をめくる音は小さい。
周囲の会話は、意味を持たない雑音として流れていく。
視線は交差するが、留まらない。
結界は張られていない。
音は届く。
人の気配も、偶然も、普通に存在している。
それでも、世界は彼女に干渉しない。
追跡は起きない。
役割は付与されない。
彼女を中心に、因果が集まることもない。
だが――
張ろうと思えば、いつでも張れる。
拒絶のためではない。
逃げるためでもない。
距離を選ぶための技術として、
彼女の中に、静かに残っている。
世界は、少しずつ彼女を忘れつつある。
名前を聞かれない。
過去を問われない。
彼女が何をしたかを、誰も語らない。
それでいい。
世界はもう、
誰かを主人公に据えなくても進める。
正解を一つに絞らなくても、揺れながら生きていける。
物語は、終わった。
筋書きは解体され、
役割は分散され、
始まるはずだった断罪も、救済も、発生しなかった。
だが――
読書は、終わらない。
理解しなくてもいい本がある。
読まれないまま存在する頁がある。
意味を持たないまま、棚に戻される言葉がある。
レイスは、それを読む。
世界を動かすためではなく、
物語を始めるためでもなく。
ただ、
読むという行為そのものが続いていく。
主人公のいない世界で。
正解の定まらない未来に向かって。
本は、閉じられない。




