第一章 「悪役令嬢、社交界に出ない」 シーン1:学院入学 ― 期待される登場
王立魔導学院の入学式は、よく整えられていた。
大理石の床。
高い天井。
音が反響しすぎないよう計算された広さ。
席は、自然に分かれている。
明確な線は引かれていないが、誰も迷わない。
前方――貴族席。
後方――平民席。
その配置に疑問を持つ者はいない。
それが「いつも通り」だからだ。
レイス・フォル・デイオールが席に着くと、
周囲の空気が、わずかに動いた。
視線。
囁き。
評価。
公爵令嬢。
成績優秀。
王太子と同学年。
言葉にされなくても、
彼女が注目される役割であることは共有されている。
――悪役令嬢の初登場。
世界が、そう位置づける瞬間だった。
壇上では、学長が祝辞を述べている。
内容は形式的で、どの年も大差はない。
歴史、誇り、未来、責任。
(……長いわね)
レイスは、内心でそう思った。
視線は壇上ではなく、
手元の配布資料に落ちている。
紙質は上等。
だが、文字組みが少し甘い。
行間が詰まりすぎていて、読みづらい。
(この段落、改行した方がいいのに)
そんなことを考えながら、
文字の配置を目で追う。
周囲では、
話の区切りごとに拍手が起こる。
少し遅れて、また拍手。
(……拍手のタイミングが、毎年同じらしい)
去年も、きっと同じ位置で手が鳴ったのだろう。
内容ではなく、合図に反応している。
そのことが、なぜか妙に印象に残った。
レイスは、拍手をしない。
しないことが問題になるほど、目立ちもしない。
彼女は、ただそこに座っている。
期待を集める立場で、
期待とは別のことを考えながら。
誰かに見られている自覚はある。
だが、それは風景の一部のようなものだ。
今この瞬間、
彼女の関心はただ一つ。
(配布資料、後で読み直そう)
式典が終われば、
学院生活が始まる。
社交も、噂も、
きっと忙しくなるだろう。
それでも――
レイスの中で、優先順位はすでに決まっていた。
世界は、彼女を舞台に立たせた。
だが、
彼女はまだ観客席の構造を見ている。
物語は、
まだ始まっていない。




