シーン6:レイスの逡巡 ― 書かないという選択肢
レイスは、ページの端に残された余白を見つめていた。
罫線はない。
書き足すことを前提とした紙でもない。
それでも、その空白は明確に「残されて」いる。
選択肢は、はっきりしていた。
書かない。
本を閉じ、元の棚に戻す。
読んだことすら、なかったことにする。
それは、許されている。
世界は何も言わない。
誰も咎めないし、失われる因果もない。
——だからこそ、成立する選択肢だった。
だが、補遺は沈黙していなかった。
声を上げるわけでも、答えを要求するわけでもない。
ただ、空白として存在している。
未記入であること自体が、問いになっている。
「書け」とは言わない。
「だが、考えたか」とだけ、残している。
レイスは指先で、紙の端を軽くなぞった。
書くことは、介入ではない。
この一文で、世界は揺れない。
因果は発火せず、修正核も反応しない。
それは、もう確認している。
それでも——責任は生じる。
書いた前提は、誰かに読まれる。
誤解される可能性も、切り取られる可能性も、否定できない。
そして、それを「想定して書いた」という事実だけは、残る。
レイスは目を閉じた。
「世界を動かすつもりはない」
それは、今も変わらない。
彼女は正解を提示する役割を降りた。
誰かを導く意志も、物語を進める責任も、もう引き受けない。
だが——
「でも、これは……無視するのも違う」
空白は、彼女に介入を求めているわけではない。
逃避を許していないだけだ。
書かない自由はある。
だが、考えた末に書かないのと、
考えること自体を拒むのは、同じではない。
レイスは再び目を開け、余白を見下ろした。
世界は沈黙している。
介入の兆しは、どこにもない。
だからこそ、この選択は——
完全に、彼女自身のものだった。




