シーン4:読む ― 書く側の責任を要求する
レイスは、頁を戻らず、ただ先へと読み進めた。
補遺の文章は、説明を重ねる構造を取っていなかった。
結論に至るための段階も、理解を助けるための配慮も、意図的に削がれている。あるのは、断片的な命題と、それを否定しきれない程度の根拠だけだった。
——魔法とは、効果ではない。
——魔法とは、前提である。
その一文は、注釈もなく、強調もされずに記されていた。
しかし、以降の頁はすべて、その命題を前提として組み立てられている。
火を起こすことが魔法なのではない。
癒すことが魔法なのでもない。
「それが可能である」という前提を、世界に置くこと。
何が起きうるかを定義し、何が想定外でなくなるかを決めてしまうこと。
それ自体が、最も強い介入である——そう書かれていた。
補遺は、そこで一度、筆を止める。
次の頁では、書き手が変わったことが明らかだった。
前提を書いた者は、その後に起きるすべての解釈から自由ではない。
意図しなかった運用。
想定外の拡大解釈。
善意による歪曲。
それらは読み手の側の問題だ、と切り捨てることもできる。
だが、それを可能にした前提を「書いた」という事実は消えない。
——理解は制御できない。
——だが、誤解される余地を残した責任は残る。
その行は、幾人もの筆跡でなぞられていた。
誰かが強めに書き、誰かが書き直し、誰かが消そうとして消しきれなかった痕跡がある。合意ではなく、折り合いとして残された文だった。
レイスは、そこで頁を閉じた。
否定する理由は、見つからなかった。
だが、全面的に頷くこともできない。
魔法を書いた者が、すべてを背負うべきだとは思わない。
世界は、あまりにも多くの解釈を生みすぎる。
どこかで切り離さなければ、書くこと自体が不可能になる。
それでも、この補遺が言おうとしていることは、明確だった。
内心に浮かんだ言葉は、静かで、しかし重かった。
——正しさを書け、とは言っていない。
——でも、逃げるな、と言っている。
書くという行為は、世界に触れないふりをして行えるものではない。
触れた以上、その後に起きる揺れから目を逸らす自由は、完全には与えられない。
宿屋の外では、波の音が一定の間隔で打ち寄せている。
世界は何も要求しない。
だが、この本だけが、書いた側に向かって、沈黙のまま問い続けていた。




