シーン2:偶然でも運命でもない発見
レイスは二階の書棚の前に立ち、視線を横に滑らせていた。
一冊ずつを探すつもりはなかった。分類も秩序もない棚では、目的を持つほど、かえって何も見えなくなる。だから、眺めるだけに留める。背表紙の色、紙の厚み、題字の癖。その程度の情報を、受け取るともなく受け取っていく。
少し離れたところで、イオは椅子に腰掛けていた。荷袋を足元に置き、帳簿のようなものをめくっている。視線は本に向いていない。説明もしない。ここにはこういう本がある、といった案内もない。
勧める気配も、期待もなかった。
その状態が、レイスには自然だった。
この場において、誰かが何かを「選ばせよう」とすること自体が、不釣り合いに思えた。
——違和感は、突然だった。
棚の中程、色褪せた革装丁の背表紙に、わずかな引っかかりを覚える。文字の並びが、視線の流れを止めた。意識するより先に、足が一歩近づいている。
見覚えがあった。
正確には、見覚えがないはずなのに、否定できない感触だった。
知っている、と言うには曖昧で、知らない、と言うには抵抗がある。
レイスはその背表紙を指で押さえ、棚から引き抜いた。
『未読の魔法について・補遺』
題名を、声には出さない。
紙の匂いと、わずかな湿気が立ち上る。装丁は簡素で、目立つ意匠はない。だが、題名だけが、異様に明確だった。
補遺。
つまり、これは続きではない。
本編の外側に置かれ、必要な者だけが辿り着くことを前提にした文書だ。
レイスは、そこで立ち止まった。
世界は、何もしなかった。
足元が軋むこともなく、空気が張り詰めることもない。結界は反応しない。警告も、遮断も、引き戻しも起きない。因果が動く感触すらなかった。
——落とされない。
その認識が、静かに浮かぶ。
もしこの本が、世界にとって「問題」だったなら、別の棚に移されていただろう。誰かの手に渡る前に、紛失という形を取っていたかもしれない。
だが、そうはなっていない。
ここにある。
ただ、それだけだ。
イオは顔を上げなかった。
レイスが何を手に取ったのか、確認する様子もない。
「……」
レイスは本を開かず、表紙を閉じたまま、しばらく持っていた。
そこに意味を見出そうとしなければ、世界もまた、意味を付与しない。
偶然でもない。
運命でもない。
因果として成立しない発見。
だが、存在としては、確かに成立している。
レイスはその本を抱え、棚から一歩離れた。
世界は沈黙したまま、何も修正しなかった。
それは、この本が「物語」ではなく、ただの知識であることを、無言で示しているようだった。




