シーン2:放浪書商イオとの遭遇 ― 因果にならない出会い
街道沿いに設えられた仮設市は、恒久的な名前を持たない。
人が集まり、並べ、売り、去る。その繰り返しの中で、出来事は痕跡を残さず流れていく。
レイスは露店の列を歩いていて、ふと一箇所で足を緩めた。
布の上に無造作に積まれた書物。その前に腰を下ろし、ページを繰っている男がいる。
年齢は測りづらい。旅装だが、どこか書庫の匂いが混じっていた。
男は顔を上げない。呼び止めもしない。客として認識している様子すらない。
それでも、レイスは立ち止まった。
一冊の本が、視界の端で揺れている。
装丁は地味で、題名も曖昧だ。だが、ページの開き方が、どこか馴染んでいる。
同時だった。
レイスが手を伸ばし、男もまた、その本に指をかける。
どちらも譲らず、だが力も入れない。
一瞬の沈黙のあと、男がようやく視線を上げた。
「……それ、売り物?」
レイスの声は確認に近かった。
男は本を手放し、肩をすくめる。
「読まれなかった本です」
説明とも、返答とも言い切れない言葉だった。
レイスはページを数枚めくり、内容を確かめるでもなく、閉じる。
「値段は?」
男は少し考え、秤も帳簿も見ずに答える。
「重さ分だけ」
貨幣の単位は示されない。
重さが何に換算されるのかも、定義されない。
だが、その曖昧さは破綻を生まなかった。
レイスは鞄から小袋を取り出し、適当な額を置く。
男は数えず、そのまま受け取った。
過不足を確認する行為は、どちらの側にも存在しない。
「……書商?」
名乗りでも質問でもない言葉を、レイスは落とす。
男は首を横に振り、わずかに肯定も混ぜる。
「放浪してます。イオです」
それだけ言って、再び別の本を手に取る。
レイスも名を告げない。
名乗られなかったことを、不自然だと感じる空気もない。
ここでは、名前は必要条件ではなかった。
世界修正核は、この瞬間を拾わない。
因果の集中も、分岐の生成も起きない。
「出会い」というラベルは付与されず、物語的接続は発生しない。
それでも、取引は成立し、会話は交わされ、時間は共有された。
レイスは本を抱えたまま、露店の脇に腰を下ろす。
イオも、特に理由を示さず、そのまま隣に座る。
運命性は否定されたままだ。
意味づけも、伏線もない。
だが、関係は始まっている。
正解ルートに組み込まれない同行者。
イベント化されない接触。
それでも、二人の間には、何も排除されていない余白が残っていた。




