第八章 「旅と、同行者と、結界の変質」 シーン1:旅路の安定 ― 結界が壊れない世界
王都の外縁を抜けると、道は自然に細くなった。
舗装の名残と土の感触が混ざり合い、往来は減らないのに、音だけが薄くなる。レイスはその中を、荷も連れも持たずに歩いていた。
不思議なほど、何も起きない。
かつてなら、視線が絡んだはずの場所で、誰も振り向かない。
歩調が重なれば衝突が生まれたはずの狭さでも、身体はわずかにずれて、触れ合わずに通り過ぎる。
偶然と呼ばれていたものが、発生の直前で静かに解体されていく感覚だけが残る。
結界は、ない。
張っていないし、意識すらしていない。
それでも、過剰な干渉は起きなかった。
商人の列は混雑している。旅人も、帰郷する者もいる。
足音は重なり、視線は交差する。
だが、そこに意味が宿らない。
「見られた」という感触も、「選ばれた」という違和感もない。
ただ、同じ空間を共有しているという事実だけが、淡く残る。
レイスは歩きながら、自分の周囲を観測する癖を、意識的に手放していた。
因果の流れを読むことも、起点を探すこともしていない。
それでも、世界は崩れない。
胸の奥で、静かな認識が形になる。
――避けているわけじゃない。
人を遠ざけてもいない。
拒絶も、防衛もしていない。
――世界が、距離を守っている。
それは命令ではなく、合意でもなく、ましてや調整でもない。
世界そのものが、かつてより少しだけ学んだ振る舞いだった。
近づきすぎない。
意味を押し付けない。
物語に仕立て上げない。
第六章で起きた揺れは、ここに残っている。
正解を一つに戻さなかった結果が、こうして機能している。
レイスは足を止めない。
何かが始まる予感も、終わる兆しもないまま、道は続く。
結界がなくても、世界は荒れない。
それを確かめるように、彼女はただ、歩き続けていた。




