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読書好きの悪役令嬢は、世界の筋書きを読まない  作者: 南蛇井


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シーン6:群衆 ― 忘却という選択

最初に薄れるのは、話題だった。


「そういえば、あの件はどうなったんだ?」

誰かが言いかけて、言葉を切る。

続きを思い出せないわけではない。

思い出す必要が、もうない。


酒場では、別の噂が流れる。

市場では、値段の話が続く。

学院では、次の試験が話題になる。


断罪――という言葉は、使われなくなる。


使わないから、残らない。

残らないから、正確さも失われる。


あの日、確かに人は集まっていた。

大広間は埋まり、空気は張りつめていた。

それだけは、ぼんやり覚えている。


だが、何を裁くはずだったのか。

誰が剣を取るはずだったのか。

誰が悪だったのか。


答えは、誰の中にも定着しない。


「何か起きそうだった気はする」

「でも、起きなかったよな」

「忙しかったしな」


断片的な声が交わされる。

結論は出ない。

出す必要もない。


怒りは残らない。

正義感も、期待も、行き場を失う。

だが、それは失望ではない。


翌日も朝は来る。

仕事はあり、用事は溜まる。

人は生活を続ける。


忘却は、選ばれたというより、自然に起きた。


学びは残らない。

教訓も、物語も、語られない。

「次はこうしよう」という反省もない。


だが、縛りも残らない。


誰かを憎み続ける理由も、

誰かを裁く使命感も、

持ち続けなくていい。


群衆は、理解しなかった。

構造も、理由も、変化の意味も。


それでも彼らは、解放されている。


物語を覚えていないということは、

物語に従わなくていい、ということだった。


人々は今日を生き、

昨日を曖昧にし、

特別でない明日へ進んでいく。


誰も英雄にならず、

誰も悪役にならない。


ただ、生活が続く。

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