シーン6:図書室との出会い
王立魔導図書室は、想像よりも無口な建物だった。
石造りの外壁は装飾が少なく、
権威を誇るというより、
長くここに在ることだけを目的にした形をしている。
馬車を降りた瞬間、
音が一段、落ちた。
人の気配はある。
だが、主張しない。
行き交う声も足音も、どこか遠慮がちだった。
扉を押すと、
空気が変わる。
ひんやりとして、乾いていて、
紙とインクと、わずかに埃の混じった匂い。
(……本の匂い)
それだけで、呼吸が深くなる。
中は広い。
天井は高く、光は控えめ。
書架は整然としているが、過剰に整えられてはいない。
人は、少ない。
数えるほどしかいない。
誰も急いでいない。
誰も話していない。
時計の音すら、ここでは意味を持たないようだった。
(……時間が、止まっているみたい)
そう感じた瞬間、
胸の奥で、何かがほどけた。
転生してから、ずっとあった違和感。
世界が少し近すぎる感覚。
自分に向けられる期待や役割の圧。
それらが、
この空間では、届かない。
理由は分からない。
魔法でも、結界でもない。
ただ、
ここでは誰も彼女を急がせない。
書架の間を歩く。
背表紙を目で追う。
古い魔導理論。
未整理の写本。
書名だけでは内容が分からない本。
(……いい)
評価は短かった。
完璧ではない。
理解できないものも多いだろう。
時間も、集中力も、必要になる。
それでも――
ここには、
読む理由がある。
足を止め、
一冊の本に手を伸ばす。
その重みが、心地よい。
その瞬間、
はっきりとした感情が湧いた。
安堵。
転生してから、初めての、
迷いのない肯定だった。
(……ここなら、しばらく生きられる)
それは決意でも、覚悟でもない。
生存宣言ですらなかった。
ただ、
今日を過ごせる場所を見つけた、という実感。
レイスは、深く息を吸い、
ゆっくりと吐いた。
誰かと距離を取ろう、と思ったわけではない。
世界を拒もうとしたわけでもない。
けれど――
この空間は、
自然と世界との距離を作ってくれる。
その感覚を、
彼女はまだ言葉にできない。
魔法も使っていない。
結界も、張っていない。
ただ、
「ここにいる」という選択だけで、
十分だった。
本を開く。
ページをめくる音が、
静かな図書室に溶けていく。
世界は、外側にあった。




