シーン10:世界の新しい状態の自覚
変化は、
事件としては起きなかった。
誰かが叫んだわけでも、
世界が書き換わったわけでもない。
ただ、
人々は気づき始めていた。
議論が、
長くなる。
以前なら、
数分で終わっていた話題が、
終わらない。
「正しいのは、どちらか」という問いが、
自然に避けられる。
代わりに、
こう言われるようになる。
「どこまでなら、許せるか」
「どれを選んだら、後悔が少ないか」
「今は、決めなくてもいいのではないか」
断定が、
減っていく。
声を張り上げる者が、
少なくなる。
意見はある。
主張もある。
だが、
それが唯一だとは、
誰も言わない。
学院の廊下では、
噂が分岐する。
同じ出来事が、
英雄譚として語られ、
失策としても語られ、
ただの偶然としても残る。
それらは、
競い合わない。
並んで、
存在している。
誰かが言った。
「物語みたいに、
最初から決まってたわけじゃなかったんだな」
否定する者はいない。
肯定する者もいない。
ただ、
沈黙の中で、
皆がそれを受け取る。
世界は、
もう選ばせない。
誰が主人公か。
何が正解か。
どこへ向かうべきか。
それを、
世界自身が決めることを、
やめた。
残されたのは、
選択ではなく、
問いだ。
答えは、
急がなくていい。
決めなくても、
進める。
その事実を、
人々は初めて、
疑わずに受け入れ始めていた。
世界は、
静かに変わった。
音もなく、
宣言もなく。
ただ、
物語を強要しない状態へと――
移行しただけだった。




