シーン5:即行動(悪役令嬢らしくない)
予定表は、過不足なく整えられていた。
刺繍の稽古。
舞踏の練習。
お茶会の招待状。
どれも、貴族令嬢としては正しい。
間違いはない。
「こちらが今月のご予定になります、レイス様」
侍女は丁寧に説明する。
声の調子からして、これが日常なのだと分かる。
(……なるほど)
レイスは、一つひとつを確認した。
確認はする。
だが、評価は別だ。
刺繍は、完成品が残る。
舞踏は、評価が曖昧。
お茶会は、消費される。
どれも、読み終えたあとに残るものがない。
「全部、後にして」
言葉は、簡潔だった。
侍女が瞬きをする。
一瞬、聞き間違いかどうかを確認するような間。
「……すべて、ですか?」
「ええ」
否定も、補足もない。
当然の選択として頷く。
「まずは、図書室に行きたいの」
王立魔導図書室。
その名を出すと、侍女の表情に困惑が浮かんだ。
「ですが、社交界への顔出しは――」
「必要になったら行くわ」
必要になったら。
その基準が、すでに違っている。
侍女は言葉を探したが、
やがて、小さく頭を下げた。
「……承知いたしました」
止めない。
説得もしない。
それが、この家のやり方なのだろう。
(助かるわ)
レイスは、内心でそう思った。
翌日の準備は、静かに進んだ。
派手な衣装は用意されない。
宝石も、最小限。
代わりに、
動きやすい外套と、筆記具。
(正しい)
翌朝、馬車は王立区画へ向かった。
社交界とは逆方向だ。
窓の外を流れる街並みは、
華やかでも、特別でもない。
それでも、
レイスの意識は前にあった。
今日、
本がある場所へ行く。
それだけで、十分だった。
この日から、
レイス・フォル・デイオールは
社交界の中心から、静かに距離を取り始める。
誰かと衝突したわけでもない。
拒絶したわけでもない。
ただ――
優先順位を、最初から明確にしただけだった。




