シーン2:結界消失 ― 世界が一瞬、遅れる
結界は、
すぐには消えなかった。
形を失う前に、
まず、薄れる。
水面に張った膜が、
自然に広がっていくように。
音が、
戻ってくる。
だが、
即座ではない。
遠くの足音が、
一拍遅れて届く。
存在していたはずの音が、
距離を思い出すまで、
時間がかかっている。
視線も、
同じだった。
人の気配が、
そこにある。
だが、
目が合うまでに、
間がある。
重なるべき視線が、
位置を探して、
ようやく接続される。
因果も、
滑らかではない。
偶然が、
起きないわけではない。
ただ――
遅れる。
廊下で、
人が角を曲がる。
衝突は、
起きる。
だが、
一拍後だ。
理由も、
意味も、
後から追いつく。
世界は、
動いている。
止まってはいない。
それでも、
どこか、もたついている。
(……慣れすぎていたのね)
レイスは、
その違和感を受け取る。
結界が、
世界を止めていたのではない。
世界が、
結界のある状態に
最適化されていた。
だから今――
元に戻るのに、
時間がかかっている。
世界は、
深く息を吸い直す。
まだ、
安定していない。
だが、
崩れてもいない。
一瞬の遅れは、
異常ではない。
それは、
再学習の兆候だった。
世界は、
結界に慣れすぎていた。
そして今、
その癖を、
ゆっくりと解き始めている。




