第六章 「結界を解いたあと、世界が揺れる」シーン1:結界を「解く」のではなく「維持しない」
王立魔導図書室は、
いつもより静かだった。
いや、
正確には――
静けさが、整っていた。
結界が、
再安定している。
揺らぎは収まり、
音も、視線も、因果も、
以前と同じ挙動に戻っている。
レイスは、
その感触を確かめる。
張り直そうと思えば、
できる。
再構築も、
最適化も、
今なら容易だった。
だが――
彼女は、何もしない。
ペンを置き、
本を閉じる。
(壊す必要はないわね)
解除魔法を使う理由は、
どこにもない。
敵対しているわけではない。
誤りを正す必要もない。
(維持し続ける理由も、
もうないけど)
結界は、
防衛のために張ったものではなかった。
集中のため。
距離のため。
押し付けを受け取らないため。
そして今、
それらはすでに果たされた。
レイスは、
魔力の流れを絞る。
術式を解くのではない。
供給を、止める。
糸を切るのではなく、
手を離す。
結界は、
すぐには消えない。
慣性のように、
しばらく形を保つ。
それでいい。
これは、
逃避ではない。
犠牲でもない。
世界を放り出す選択でも、
責任放棄でもない。
ただ――
観測者に戻るだけだ。
レイスは、
椅子に座り直し、
本を開く。
世界がどう動くかは、
もう知っている。
そして、
それを正す気がないことも。
ページをめくる音が、
静かに響いた。
第六章は、
ここから始まる。
世界が、
一つであることをやめる場所から。




