シーン5:読む ― 結界が“理由ごと揺らぐ”
レイスは、
椅子に戻り、
本を開いた。
警告は、ない。
封印も、仕掛けもない。
文字は、
読みやすい。
最初の数頁は、
導入だった。
難解ではない。
だが、
妙に前提を置かない書き方だ。
魔法とは、
何かを防ぐためのものではない。
レイスは、
そこで一度、読み返す。
否定されているのは、
技術ではない。
発想だ。
魔法とは、
世界に対して
「理由」を定義する行為である。
理由。
因果。
意味。
彼女がこれまで扱ってきた概念ばかりだ。
ページを進める。
遮断とは、
力の拒絶ではない。
理由の拒否である。
ペンを持つ手が、
止まる。
防音。
視線遮断。
存在感希薄化。
因果平坦化。
それらはすべて、
「触れさせない」ための工夫だった。
だが――
なぜ、触れさせないのか。
その理由を、
定義したことはあっただろうか。
理由を拒否し続けた結界は、
やがて
「自分が何を拒んでいるのか」を
忘れる。
その一文を読んだ瞬間、
空気が、わずかに揺れた。
結界が、
軋む。
破れる気配はない。
魔力も、乱れていない。
だが、
安定していた前提が、崩れる。
音は、
依然として届かない。
視線も、
留まらない。
それでも――
結界の輪郭が、
曖昧になる。
「なぜ張っているのか」
その問いが、
初めて浮上した。
結界は、
守るためではなかった。
拒絶するためでもない。
集中したくて。
読みたくて。
干渉されたくなくて。
――それだけだ。
だが、
それは理由だろうか。
定義と呼べるほど、
明確なものだろうか。
レイスは、
本から目を離し、
結界の感触を確かめる。
不安定だ。
だが、危険ではない。
崩壊の兆候も、
暴走の兆しもない。
ただ、
前提が揺らいでいる。
(……困ったわね)
内心で、
そう呟く。
声には出さない。
危機感は、ない。
恐怖も、ない。
あるのは、
論理的な困惑だけだ。
結界は、
破られていない。
だが、
理由ごと、
問い直されてしまった。
この本は、
破壊のために存在していない。
もっと厄介なことを、
している。
理解を、要求している。




