シーン3:落下 ― “一冊だけ”が結界を通過する
音がした。
乾いた音ではない。
軽くもない。
本が落ちた音だ。
レイスは、
すぐに顔を上げなかった。
反射的に身構えることもない。
図書室の床に、
一冊の本が伏せて落ちている。
厚みがある。
装丁は、古い。
結界が張られているこの場所で、
物が突然現れることは、
本来ありえない。
それでも――
弾かれた感触がない。
結界特有の、
「触れた瞬間にずれる」あの抵抗が、
一切なかった。
代わりにあったのは、
ほんの一瞬の揺らぎ。
水面に、
小石が触れた程度の。
レイスは、
ようやく立ち上がり、
本に近づく。
(……落ちた?)
驚きは、ない。
だが、
違和感は、確かにある。
人ではない。
誰かが投げ込んだわけでもない。
魔力の意図も、
感情の痕跡も、
感じられない。
ただ、
そこに来てしまった。
結界は、
何も拒まなかった。
拒む理由が、
存在しなかったからだ。
意図がない。
敵意もない。
干渉しようとする意思もない。
だから――
通過した。
レイスは、
本を拾い上げる。
重みが、
現実を主張する。
結界は、
破れていない。
だが、
何かが――
確かに、
内側に入ってきた。




