シーン6:群衆視点 ― 空気が止まる
観客席は、
満ちていた。
人の数も、
視線も、
期待も。
ざわめきが、
最初はあった。
小さな声。
衣擦れ。
息を整える音。
だが、
それが少しずつ、減っていく。
誰かが、
始めるのを待っている。
王太子か。
告発者か。
あるいは、誰か別の存在か。
期待は、
まだ消えていない。
今日、何かが起きる。
それだけは、
皆が信じている。
だが――
始まらない。
時間だけが、進む。
ざわめきが、
沈黙に変わる。
不安ではない。
恐怖でもない。
ただ、
戸惑いが、共有されている。
(……誰が、始める?)
視線が、
行き場を失う。
前にある剣は、
抜かれない。
証言台は、
沈黙したままだ。
群衆は、
気づき始める。
圧力は、確かにある。
期待も、義務感も、ある。
それなのに――
流れが、来ない。
水が、
堰き止められているわけではない。
そもそも、
流れが生成されていない。
「始める人がいない」
誰かが、
そう思った。
声には出さない。
だが、
感覚として共有される。
世界的な異常は、
爆発ではなく、
停止として現れた。
群衆は、
待ち続ける。
何かが起きるはずだと、
信じたまま。
だが、
何も起きない。
空気が、
完全に止まった。




