シーン3:破滅フラグより優先されるもの
公爵家についての説明は、整っていた。
歴史。
領地。
影響力。
婚姻関係の候補。
学院卒業後の進路。
どれも、過不足なく用意された情報だった。
「レイス様は将来、王都でのお役目も期待されております」
「社交界へのお披露目は、来季を予定しております」
侍女の声は落ち着いていて、誇りもある。
それが当然の人生なのだと、疑っていない。
(なるほど)
頭の中で、静かに整理する。
生きるための条件としては、悪くない。
立場も、資金も、環境も揃っている。
破滅フラグが立つ前提でも、選択肢は多い。
――多い、はずだった。
視線が、自然と逸れた。
部屋の壁際。
装飾の一部として置かれた、本棚。
歩み寄る。
侍女の説明は、背中で聞き流した。
一段目。
礼儀作法。
系譜書。
宗教的な教本。
二段目。
初級魔法概論。
属性別魔法入門。
貴族子女向けの、分かりやすい編纂書。
三段目。
……空き。
指で背表紙をなぞる。
どれも新品に近く、使用感が薄い。
知識としては不足していない。
むしろ、よく整っている。
(……)
一拍、置いてから、内心で言葉が落ちた。
(……蔵書、少ないわね)
それは嘆きではなく、評価だった。
貴族令嬢としては、十分だ。
むしろ過剰なくらいだろう。
社交に必要な教養も、魔法の基礎も、一通り揃っている。
けれど――
読書家としては、致命的だった。
比較対象が、すでに違う。
彼女の基準は、「困らない」ではない。
「足りるかどうか」でもない。
(……全然、足りない)
胸の奥に、小さな落胆が落ちる。
破滅の未来よりも、
断罪イベントよりも、
ずっと現実的で、ずっと切実な感情だった。
侍女が、少し困ったように言う。
「学院の図書室には、もう少し本がございます」
「王立魔導図書室ほどではありませんが……」
その一言で、気持ちは切り替わった。
(……なるほど)
選択肢が、はっきり見える。
生き残るために何をするか、ではない。
誰に取り入るか、でもない。
どこで、何を読めるか。
それが、最優先事項だった。
破滅フラグは、未来の話だ。
けれど、未読の本は、今そこにあるかどうかが問題になる。
(生き延びても、読むものがなければ意味がない)
その考えに、迷いはなかった。
レイス・フォル・デイオールは、
生存を軽視しているわけではない。
ただ――
生きる理由の順位が、最初から違っていただけだ。




