シーン6:因果平坦化の実装
因果平坦化は、
新しい魔法ではなかった。
少なくとも、
レイスにとっては。
結界を解体する必要はない。
書き換える箇所も、最小限でいい。
音を遮断する構造。
視線を散らす構造。
認識を後回しにする構造。
それらの接合部に、
ほんの少し、手を加える。
集中する前に、分散させる。
尖る前に、均す。
大きな魔法陣は描かない。
詠唱も不要。
既に張られている結界の、
“癖”を利用する。
レイスは、ノートを閉じ、
静かに魔力を流した。
世界が、
何かに応答した――
という感覚は、ない。
変化は、
数値では測れない。
ただ、
空気が落ち着く。
それだけだ。
翌日。
廊下で、
誰かとすれ違う。
特別なことは起きない。
温室で、
花を見る。
誰も、立ち止まらない。
図書室の前で、
人が行き交う。
集まらない。
(……静か)
偶然は、起きている。
人は、存在している。
だが、
どこにも集中しない。
特定の人物に、
出来事が集まらない。
一日に何度も、
同じ顔と出会わない。
(……快適ね)
それが、
率直な感想だった。
煩わしさはない。
不都合もない。
世界は、
ちゃんと動いている。
止まってはいない。
レイスは、
それ以上、考えなかった。
危機感は、ない。
誰も傷ついていない。
誰も困っていない。
ただ、
静かで、
読みやすい。
結界は、
きれいに機能している。
この時点で、
問題は存在しなかった。
――存在しないように、
見えていた。




