シーン2:悪役令嬢だと気づく瞬間
朝の支度は、滞りなく進んだ。
侍女は手際がよく、質問も必要最低限だ。
こちらが指示を出さなくても、髪を整え、衣装を選び、自然に会話を挟んでくる。
「本日は学院からの使いが参ります」
「来月の行事についての確認だそうです」
学院。
その言葉に、少しだけ意識が向いた。
「……もう、そんな時期なのね」
自分の口から出た言葉が、やはり自分のものではない気がする。
だが、意味は正確だった。
「はい。レイス様は今年も首席候補と聞いております」
「王太子殿下も、同じ学院に通われますし」
王太子。
その瞬間、頭の中で何かがはっきり音を立てた。
「……殿下、の名前は?」
問いは、ごく自然を装っていた。
「アレイン・リオ・セルヴァ殿下です」
来た。
聞き覚えがある、どころではない。
何度も見た名前だ。
選択肢の横に並び、好感度の増減とともに表示されていた。
アレイン・リオ・セルヴァ。
王太子。
攻略対象。
そこから先は、連鎖的だった。
学院。
平民出身の特待生。
友情イベント。
嫉妬。
誤解。
そして――断罪。
(……ああ)
記憶が、ゲームの形を取って浮かび上がる。
画面、音楽、分岐。
どれも感情より先に、構造として理解できた。
自分の立ち位置も、すぐに分かる。
レイス・フォル・デイオール。
高慢。
妨害役。
最終的に、排除される存在。
(悪役令嬢、ね)
断罪イベントがある。
それは確定事項だ。
普通なら、ここで焦るのだろう。
回避ルートを探し、好感度を調整し、
誰と距離を取るか、誰に近づくかを計算する。
けれど――
「……なるほど」
そう呟いてから、少し間を置いた。
「それで?」
続く言葉は、内心だった。
状況は理解した。
未来も、大まかには見えた。
だが、それだけだ。
心拍数は変わらない。
背中が冷えることもない。
頭の中は、むしろ静かだった。
(断罪される可能性がある、のね)
それは事実だ。
けれど、今すぐの問題ではない。
今すぐ考えるべきことは――
(学院の図書室、どのくらい蔵書があるのかしら)
王立魔導図書室ほどではないにしても、
学生用としては十分なはずだ。
専門書があるかどうかは、実際に見てみないと分からない。
侍女は、こちらの沈黙を不安そうに見ていた。
「レイス様……?」
「いいえ、何でもないわ」
微笑む。
自然にできた。
「学院、楽しみね」
その言葉に、侍女は安堵したように頷いた。
彼女は知らない。
この令嬢が今、
破滅フラグより先に、蔵書を心配していることを。
そして、世界もまだ知らない。
この悪役令嬢が、
回避行動を取らないという選択をしたことを。




