第三章 「世界は、偶然を押し付けてくる」 シーン1:偶然が“来なくなった”違和感
学院の朝は、静かだった。
いや、
正確には――
静かすぎた。
廊下を歩いても、
誰ともぶつからない。
曲がり角で足を止める必要もなく、
呼び止められることもない。
温室は、いつも通り光に満ちている。
花は咲いている。
だが、
そこに立ち止まる人がいない。
以前は、
誰かが必ずいた場所だ。
図書室の前も同じだ。
入口は開いているのに、
人の流れが、自然と避けている。
(……快適ね)
レイスは、素直にそう思った。
静かで、
邪魔がなくて、
読書に集中できる。
結界の調整も、
問題なく機能している。
偶然の遭遇が、
完全に消えたわけではない。
教室では、隣に人が座る。
講義後、廊下ですれ違う。
ただ――
偏りがない。
特定の人物が、
何度も現れることがない。
同じ顔を、
一日に何度も見ることがない。
(……)
歩きながら、
レイスは小さく首を傾げた。
以前は、
「多すぎる」と感じていた。
今は、
「少なすぎる」とまでは思わない。
けれど――
均されている。
そんな感覚が、
足元に薄く広がる。
(……静かすぎるわね)
内心で、
ぽつりと呟く。
不安ではない。
危機感もない。
ただ、
世界が一段、
ゆっくりになった。
動いてはいる。
止まってはいない。
けれど、
進んでいる感じがしない。
レイスは、
図書室の扉を開く。
中は、いつもと変わらない。
静かで、
落ち着いている。
それが、
少しだけ、引っかかった。
便利だ。
快適だ。
それでも、
学院全体が、
思考の途中で止まっているような気がした。
この違和感が、
まだ名前を持たないことを、
彼女は気に留めない。




