シーン9:第二章の締め ― 便利さと違和感
図書室は、静かだった。
音は、ない。
正確には――
届いていない。
レイスは、いつもの席で本を開いている。
周囲の気配は薄く、
視線も、思考の外にある。
集中は、完璧だった。
文字を追う速度。
理解の深さ。
注釈を書く手の迷いのなさ。
どれも、
今までで一番いい。
(……楽)
内心で、素直にそう思う。
話しかけられない。
邪魔されない。
思考が途切れない。
目的は、達成されている。
「話しかけられないのは、楽」
それが、第二章の結論だった。
ページをめくる音だけが、
静かに落ちる。
――そのとき。
「返却期限、延ばしますか」
声がした。
レイスは顔を上げる。
司書フェルマが、
カウンター越しではなく、
すぐ近くに立っていた。
いつも通りの距離。
いつも通りの声。
遮断は、働いていない。
「……お願いします」
レイスは、少しだけ間を置いて答えた。
フェルマは頷き、
手続きを進める。
視線も、言葉も、
何一つ途切れない。
(……通るのね)
不思議だが、
不快ではない。
フェルマは、
こちらを「見る」けれど、
評価しない。
理解しようともしない。
踏み込もうともしない。
ただ、
必要なことだけを、正確に行う。
結界は、
それを遮断しなかった。
(……拒まない存在)
その言葉が、
自然に浮かぶ。
理解を押し付けない。
物語を始めようとしない。
そういう存在には、
結界は反応しないらしい。
フェルマが立ち去ると、
再び、静けさが戻る。
完璧な集中。
けれど――
小さな違和感が、残った。
(……選んでいる)
結界が、
無差別ではない。
遮断するものと、
通すものを、
分け始めている。
それは、
設計した覚えのない挙動だった。
便利だ。
だが、
制御は完全ではない。
レイスは、しおりを挟んで本を閉じた。
今日の読書は、
ここまで。
第二章は、
静かに終わる。
だが、
世界との境界は、
すでに「線」ではなく、
選別機構になりつつあった。
彼女が、
それを望んでいないにもかかわらず。




